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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第1章〈ユキト〉
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(3)辿りついた場所2

 「…ごめん」確かにそう呟く声を聞いた

 

  闇の底で聞いた

 

  すべてがこの場所で終わり、始まった

 

  君は、誰だ……" "なのか?

  

  ここは……暗い知らない場所だ…

  

  違う!僕は" "なんかじゃない。僕は、僕だ!消えろ、消えろっ!

  

  そうか、"僕"は" "じゃないのか…

  

  でも、" "は" "だった

  

  そんなこと、何を言っているのか分からない……" "なんて知らない、知らない

  

  助けてほしい、"……"を

  

  もう" "には何もない、手も足も目も耳も口も、名前さえも

  

  "……"って何のこと、何を助けたいの?

  

  もう、それしか覚えていない"……"願いを叶えたい

  

  もうこれが最後だから、これが最後の……"僕"が最後の" "なんだ

  

  "蒼"見つけた"僕"

  

  どうか……

 

 

 

 

 


「起きなさい、ユキト!朝よ、ほらほらっ!」

 胸の上にかかった柔らかな重さに意識が覚醒する。

 どうやらいつもの通り、姉さんが僕を起こしているようだ。と言うか体の上で飛び跳ねないで、結構苦しい。

「ね、姉さま、苦しいからどいてよ…」

 胸の上に乗られて起きられるわけない。でも姉さんは僕から退いてくれない。ジトーーっと見つめてくる。こういうときは……。

「姉さま、おはようございます」ついでにへにゃっとした笑顔も添える。

「うん、おはようユキト♪」姉さんはそう笑いかけて、ベッドの脇に置かれていた濡れタオルを差し出してくる。


 うちの姉さん、ナディアはよくお姉さんぶる。いや実際の姉だけどね。じっとしてこちらの様子を窺っているときは、僕に何かさせたいか、言わせたいかだ。

 僕はベッドから起き上がり、顔を拭ってから着替えを済ませる。


 5歳になる少し前から、姉さんと僕は同じ部屋で寝ている。ベッド、タンス、机も二つずつ備え付けられている。まあ、まだ姉さんも9才、僕に至っては5才だ。同じ部屋でも問題無いけどね。

 部屋の中の家具は華美ではないが、使い勝手のいい、質を重視したものを揃えてある。

 屋敷の2階は殆どがベッドルームだ。食堂は1階にあるため姉と一緒に降りる。

 子ども部屋と違い、廊下は作りが異なる。広く光がふんだんに降り注ぐ窓、暖色の壁紙、計算された絵画の配置、毛足の長い赤絨毯など、人に権威を感じさせることを前提として作られた調和が見て取れる。根っからの庶民な僕にとっては、もうちょっとシンプルな方がいいけど。


「おはようございます。お父さま、お母さま」

「おはようございます。お父様!お母様!今日の朝食は何かしら〜」

 食堂にはすでに父さん、お母さまがいた。僕たちが降りてくるのを待っていたようだ。

 いつものように、お父さまはクロスの敷かれた木製の長テーブル端、入り口から一番離れた場所に座っている、恐らくこの世界の上座のようの物だろう。

 母さんはその左隣に座っている。

 後から来た姉さんは、母の隣へ。僕は父の右隣に腰掛けた。料理は給仕の人が持ってきてくれる。

「おはよう、二人とも」

「おはようございます。ユキト、ナディア」

 二人は優雅に微笑む。うーん、今日も後光が見える美形ぶりだぜ。

 4人がテーブルに着くとすぐに給仕さんが料理を持ってきてくれた。もちろん熱々で。


 焼きたてのパンに、野菜のポタージュ、サラダ、ミートパイ、フルーツの盛り合わせ、ゴロゴロ野菜と肉のソテーなどなど、たくさんの料理がテーブルに並べられる。

 相変わらずすごい量だ。別に見栄とかじゃなく本当にこれだけ食べちゃうからな、うちの家族は。

 食事の前は神様にお祈りしなくてはいけない。僕は自分の主義を通して心の中で、「いただきます」と唱えているだけだ。

 お祈りの後は、食事が始まる。

 お父さまは食べ方が綺麗だが食べる量は凄まじい。

 続いて姉さんもすごい。あの小さな体のどこに入るというのだろうか、いつも大人の2人前の量を平らげる。お母さまは普通よりちょっと小食で、僕は全部を1口ずつ食べればお腹膨れてしまう。

 僕は満腹になってしまい、ちびちびと果実のジュースを飲みながら、3人のことをあらためて見る。


 お父さまはアッシュブロンドの髪に、深いブルーの瞳。顔は整っていること、整っていること。

 家族の前では柔和な印象を崩さないが、鍛え抜かれた体、精悍な顔からは隠しようの無い覇気を宿している。


 お母さまはブロンドの髪に、空色の瞳、まだ20代でかなり若い。姉さんと姉妹でもおかしくない童顔。もちろん美人だけど、かわいらしいといった方が正しい。

 父さんと並ぶとそこはかとなく犯罪の臭いが漂ってきそうな、仲のいい夫婦だ。


 姉さんはお父さまとは逆に濃いブロンドの髪、赤い瞳。髪は本物の金属の金色に近い。影の中、暗闇の中では暗く見えてしまうが、光の中ではまぶしいほどの光を放っている。父似でかわいらしさの中に凛とした雰囲気がある。身内贔屓じゃないよ。本当だよ。


 最後に僕の容姿だけど、家族とかけ離れている。

 黒髪、アンバーの瞳。以上。


 一時期はこの家の子では無いのかと思ったけど、僕の容姿は両親の古い血筋からきたものらしい。

 姉さんに聞いても、母のお腹は大きくなっていたし、赤ん坊の姿も覚えていたので、ちゃんとこの家の子どもだと分かりほっとした。

「ユキト、体の調子はどうだい?今日は州都に行く予定になってはいるが……」

「とてもいいです、お父さま。僕も外出が楽しみです。主役は姉様ですけどね」

「うん、私も楽しみ!州都なんて滅多に行けないしね」

「そうね、4人で遠くまで出掛ける機会は、これが初めてね。お父様は仕事だけどね~」

 そう言いながらお母さまはお父さまをチラリと見る。

「う、それを言われると痛いなあ。とにかく食べ終わったら、準備をして出掛けるとしよう。仕事は今日だけで明日は一緒にいられるから」

「本当に?信用なりませんね、ナディア」

「うん、お父様良く約束破るし……」

 姉さんもお父さまにチラリと視線を向ける。

 お父さまはお母さまと姉さんに「攻め」られて、たじたじだ。

 僕は行儀が悪いけど、こっそり退避させて貰う。

 恐らくお父さまは、プレゼントの約束をお母さまと姉さんに取り付けられことだろう。女性との約束は破るべからず……父のおかげで一つ賢くなったな。


 今日はお父さま、お母さま、姉さんといっしょに州都へと出掛ける。と言っても数時間ほどで着く距離だ。

 お父さまはそのまま知古の人間に会い、僕たちは州都にある学園へと向かう。

 姉は学園の初等部1年生として、この春から入学が決まっている。

 今回は姉の学園の下見がてらに、僕にも学園を案内してくれることになっている。その後は泊まりがけでの観光らしい。姉さんの通う学校は全寮制であるため、家族で出かける機会も減るだろうとの配慮からだ。


 僕は体が、かなり弱い。病弱ではなく、弱いのだ。

 弱いために簡単なことで良く体調を崩す。姉さんはそんな僕を良く気遣ってくれている。

 今回のことも姉さんが言い出したことだ。僕が外出できる機会があると積極的に誘いをかけて、両親を説得したりしている。

 構ってくれてうれしい反面、僕が遊びたい盛りの姉さんを束縛してしまっていることが、心苦しい。学園は全寮制なので、羽を伸ばして過ごしていて欲しいと思う。

 

 

 この大陸での移動は主に鉄道が使われている。大都市や州都ならば必ず、鉄道網を設けてあるので、都市間の移動は便利になっている。この連合国の国家事業の一つだ。


 それから特に何も起こることなく家族と共に駅に到着し、州都行きの鉄道に乗り込み出発した。

 少しの間ホーエイの街並みが窓に映っていたが、10分ほどで建物がまばらになってきた。

 鉄道はスピードを上げ、林やトンネルを通り抜けていく。僕はいつも出かけられなかったため、鉄道には初めて乗る。姉さんも滅多に乗れないので結構はしゃいでいる。

 僕の方が落ち着いているのは、今はしゃぐと1日持たないからだ。僕だって初の鉄道旅行に興奮している。

 貴賓車両の個室は僕たち4人しかいない。

 今回の旅行は二人の従者を連れてきており、通路で待機している。あとで2人の名前は確認しておこう。

「ユキト、すごいでしょ!景色がどんどん流れているわよ、ほら!」

 姉さんは僕を膝に乗せて、景色を見やすいようにしてくれる。

 目の前には田園が広がり、地平線まで穀倉地帯が続いている。後方には山の稜線がくっきりと見えている。

「すごいね、姉さま。地平線なんて初めて見たよ」

 そう初めて見たのだ。記憶にない風景、僕は水平線を見たことがある。地平線は初めてだ。

 二人でずっと先まで続く大地に釘付けになった。

 そういえば州都は海に面した街だって誰かが言っていた気がする。もしかしたら海も見に行けるかもしれない。楽しみだ。

 お母さまはそんな僕たちを見てクスクスと笑っている。

「貴方たちは、本当に仲がいいわね。二人とも最近は甘えてくれないし、私も仲間に入れてくれないのかしら」

「おお、父様も仲間に入れて欲しいな~」

「いいよ~。お父様もお母様もこっちの窓から見てみてよ。すごいから!」

 姉さんがそういて、両親は一緒になって窓の外を眺める。穀倉地帯を抜ければ州都はすぐに着くらしい。

 両親は特権階級「氏族」でありながら、それを感じさせない。

 対外的には氏族として振る舞うが、家族のみの場所ではとても気さくな人たちだ。

 

 

 

 やがて、鉄道は州都の駅へと停車した。

 降車して、駅内の様子を眺める。

 やっぱりホーエイの駅よりずっと人が多くて建物も広い。でもこっちの駅のほうが古いかな。

 迷子になること請け合いだ。はぐれたときどうすればいいんだろ。迷子センターなんて無さそうだし。

「ユキトが、迷子になっちゃいそうだから私と、手を繋ぎましょう」

 そう言って姉さんが僕と手を繋ぐ。

 ……姉さん。僕が今考えたのは、姉さんが迷子になりそうだから、どうしようかと考えていたんだよ。これでは土地勘のない僕まで、巻き添えを食いそうだ。

 そう思っているとお父さまが、姉さんの空いている左手を繋いでくれた。お父さまは意外とこういうマメさがある。見習いたい部分だ。紳士というのかな。

「ねえ、ユキト。お母さまとも手を繋がない?」

「お母さま……」

 こちらを、期待して見つめてくるお母さま。

「駅の中で4人が手を繋ぐと、通行の邪魔になりますよ」

 僕も早速お父さまのように紳士っぷりを示してみた。紳士たるもの人のことを考えられないとね。

 お母さまは僕の発言にがっくりしてしまった。「…めての遠出……手を繋……色々な……」何か後ろで言っている気がするが、良く聞こえない。

「お母さま、駅を出たら手を繋いでくれませんか?僕も初めての場所は、とても不安で……」

 僕は上目遣いでお母さまに聞く。というか身長差でそれ以外、無理だかね。

「も、もちろんです!いっしょに色々見て回りましょう。ユキトが好きな飴のお店もちゃんと覚えていますからね」

 お母さまは途端にニコニコし出して、スキップせんがばかりの浮かれようだ。もしかして僕を出汁にして、お母さまもあの飴を狙っているのか。お母さまも飴好きだったとは、意外な共通点だ。なら余分に買って、後でプレゼントしてあげよう。きっと喜ぶだろう。


 そうして雑談をしながら歩いていると、駅の出口まで来た。

 出口からは、多くの人の波と大きな建物が建ち並ぶ街の様子が見えた。

 お父さまは立ち止まり、僕に話しかける。

「ユキトは初めてになるけど、ここが私たちの国、オルリアン州国の州都バルバセクだ」



 州都バルバセク

 この街に来たことにより、僕の穏やかだった日常は、新たな変化を迎えることになる。





 と、語ってしまいたくなるくらいには僕は浮かれていた。



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