(2.3)幕間.わたしの弟2
青歴616年 晴れ
数日がたち、わたしは周囲の状況を理解出来るようになった。
ユキトの体は回復し、元通りになっていた。
ユキトがケガした日、わたしのマナの制御をしてくれる腕輪の最終調整のために、法術師さまが屋敷に来る予定だった。
その法術師さまの法術による治療でユキトの命は助かった。
本当ならユキトは……。
ユキトは見かけが元通りになっていても、まだまだ完治に時間がかかるらしい。
わたしは……。
(この日記は子どもの字で書かれていた)
青歴616年 くもり
わたしの右腕には色金の腕輪が付いている。わたしの中のマナを吸い取って、身体能力を体に合わせてくれる腕輪。これを身に付けていても誰にも触ることができない。触れるのが怖い。
ユキトはあれから2週間で元気になり、出歩くことが出来るようになっていた。
わたしは部屋に閉じこもり、ユキトと会わないようにした。
(この日記は子どもの字で書かれていた)
青歴616年 晴れ
ユキトはあれからどんどん体力がついていき、以前より元気になったらしい。
今日は初めてピクニックに、あの丘へ行くことになっている。
わたしは断った。
やっぱりまだ怖い。わたしは何が怖いのだろうか。また傷つけてしまうこと?
違うと思う。
わたしはユキトに、お母さまやお父さまに恐れられるのが怖い。
わたしはユキトにあんなことをしたのだ。ユキトが怖くないはずはない。
嫌われている。怖がられている。もしかしたら……にくまれているかもしれない。
ユキトにそんな目で見られるのは耐えられない。
それならずっとこのまま、顔を合わせないようにすればいい。
(この日記は子どもの字で書かれていた。紙はしわくちゃになり、インクの滲みが所々にある)
青歴616年 くもり
昨日ユキトは結局ピクニックに行かなかったらしい。
また体の調子を崩したのだろうか。心配だけど直接は訪ねに行けない。
わたしは部屋に来たお母さまに、話を聞いたが教えてくれなかった。
でもお母さまの顔が暗い感じだったので、本当はとても悪いからわたしに隠しているのではと思った。
わたしはその後も気になっていたが、どうしてもユキトを訪ねる事ができなかった。
心配だからこっそり部屋から抜け出し、ユキトの部屋の前までやってきた。
ドアに耳を当ててみる。部屋からは音が全く聞こえない。
わたしは集中して音を聞こうとしたとき、階段の辺りから「おねえちゃん?」と声が聞こえてきた。
わたしは振り返りユキトの姿を見た瞬間、頭が真っ白になって逃げ出した。
当てもなく、ただがむしゃらに。
息が切れ、肩で呼吸するようになって、ようやく頭が働くようになってから立ち止まり、自分が中庭にいることに気付き、青ざめる。
ここはわたしがユキトに大けがを負わせた場所だ。もうなんの跡もないけど、わたしは寒くもないのに震えて、歯がうるさいくらいカチカチと音を立てた。
わたしはうずくまった。体が自分の体じゃないみたいに動かない。とても寒い。なのに右腕の腕輪は、わたしの体の熱をうばっていくように、熱くなっていく。
ユキトは屋敷の玄関から出てきた。うずくまるわたしをみつけ、息を切らしながらかけよってくる。
わたしはひどい顔になっていたと思う。
体も食べたものが全部出てしまいそうなほど気持ち悪かった。
でもユキトに「こないで!」と叫ぶことが出来た。
怖い、怖い、怖い、わたしの中で何かが暴れだそうとしている。勘違いかもしれない。でも、今ユキトに近づくのは、ユキトに見られるのは、ユキトに触れるのは、怖い。
ユキトはわたしの叫びを聞いて顔をくしゃりとゆがめて立ち止まった。泣きそうなのかもしれない。
わたしはそんなユキトにむかってさらに叫んだ。何度も叫んでのどが痛くて、涙が出てきて。
それでも叫び続けた。こっちに来ちゃだめだから。
でもユキトはこちらに歩み寄ってくる。どんなに叫んでもきょぜつしても止まらず、じっとこちらを見つめて歩いてくる。
ユキトの琥珀の瞳は、しっかりとわたしの目を見つめて歩いてくる。
ユキトが初めて見せる、真剣で真っ直ぐな瞳にわたしは叫ぶことが出来なくなっていた。
ユキトがわたしのそばまで来たとき、反射的に突き飛ばしてしまいそうになったが、あのときのことを思い出し、体が固まる。
そんなわたしをユキトは間近で見つめて、あのときのように、初めて笑ったときのように、へにゃりと笑った。
とてもかわいらしい、気を許した人間に見せる笑顔。わたしはぼうぜんとそれを見ることしかできなかった。ユキトはどうして笑いかけるの?わたしのことが嫌いじゃいの?あんなことをされて怖いんじゃないの?
どうして笑えるの?
ユキトは座り込んでいるわたしの頭に手をまわし、小さな体でわたしを抱きしめてくれた。
手はやさしく私の頭を撫で、あやすように動いている。
お母さまがしてくれるように、泣く子を落ち着かせる様に。ゆっくりと。
わたしはユキトを抱きしめ返すことはできなかった。
ユキトはそんなわたしを泣き止むまで、ずっと抱きしめていてくれた。
(日記は子どもの字で書かれていた。)
青歴616年 晴れ
今日は家族4人でピクニックに来ている。風が気持ちよかった。
草原で寝転がって、お母さまの歌を聴いた。
隣にはユキトがいて、目を閉じて歌に聞き入っている。
わたしはそんなユキトの横顔を見つめて、不思議な思いにとらわれる。
とても小さく、わたしよりずっと体の弱い。
でも……以前とは同じには見えない気がする……。
ユキトが変わったのか、わたしが変わったのか。
やっぱり、よく分からない。ユキトはユキトだ。
ずっと、わたしの弟。これからもずっと………。
(日記は子どもの字で書かれていた。この日記はここまで紙がなくなっている)




