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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第1章〈ユキト〉
11/114

(2.1)幕間.わたしの弟

 青歴 611年 晴れ

 今日はすごいことがあった。わたしに弟が出来るのだ。お母さまはわたしに「あなたもお姉ちゃんになるのよ」といった。

よく分からなかったけど、すごくいいことみたいだから、わたしはよろこんだ。よろこんでいるうちに、本当にうれしくなった。

 はやく生まれておいで。

(日記は大人の達筆な字で書かれていた。わたしはこの頃まだ字が上手く書けなかったので、お母さまに代筆してもらっていた)


 青歴 612年 雨

 今日は雨降り。

 せっかくお母さまとお腹の中の弟と、いっしょにピクニックだったのに……。仕方ないのでいつものように、お母さまと弟といっしょに屋敷で過ごすことにする。

 お母さまは刺繍をしながら歌を歌っていた。ときどき歌ってくれる、優しい歌だ。歌の名前は、えーと忘れちゃった、今度また教えてね。

 お母さまは歌がとても上手だ。お父さまもお母さまの歌が大好きで、わたしが「お母さまの歌を聴いたよ」というと、とても残念そうな顔をする。

 お父さまがかわいそうなので、お父さまの仕事がない日に、お母さまに歌のおねだりをしよう。お父さまの疲れもとんでいってしまうかも。

(日記は大人の達筆な字で書かれていた。水滴が落ちたのか所々にじんでいる、この日は雨だったせいだろうか)


 青歴 612年 雨

 お母さまに歌のことを聞いてみると、わたしに教えてくれることになった。

 わたしは、がんばって練習をしたけど、お母さまみたいにやさしい歌にならない。

 なかなかうまくいかなくて、わたしは泣き出してしまった。お母さまはわたしが泣き止むまで、抱っこしていてくれた。

 お母さまはわたしを抱っこしながらお話をしてくれた。泣いていて何を話していたのか、あんまり覚えていない。でも、最後にお母さんがお腹を撫でながら「この子に歌を聞かせてあげましょう」と言った。

 わたしはもっとうまくなってからがよかったけど、どうやら弟はわたしが泣く声を聞いて、とても悲しい気持ちになっているそうだ。

 でもわたしが元気に歌えば、きっと元気になるとお母さまが言うので、わたしは音を気にせず元気よく歌った。音を気にせず歌うと、とても気持ちが良くて、どんどん声が出てきた。

 お母さまはわたしの歌に合わせて、音を気にせずに歌っていた。

 わたしの歌で弟が元気になりますように。

(日記は大人の達筆な字で書かれていた。この日の日記もインクが滲んでいる。雨にも困ったものだ)


 青歴612年 晴れ

 お母さまのお腹が大きくなってきた。わたしやお母さまが話しかけるとそれに答えてくれる。もう言葉が分かるなんて、わたしの弟はすごく頭がいい。

 でもお父さまが話しかけても答えたり答えなかったりしている。お父さまはお仕事がいそがしいから弟も覚えられないのかもしれない。

 お父さまは弟の反応によろこんだり、おちこんだりしていた。

(日記は大人の達筆な字で書かれていた)


 青歴612年 晴れ

 今日はお父さまのお仕事がお休み。

 4人でピクニックにいった。

 お父さまとお母さまがよく来ていたという、とても風の気持ちいい丘。

 草原がすごくきれいで、青々しているってお父さまが言っていた。

 みどりなのに青っていうのがおもしろかった。

 今度は弟が生まれてから4人で来たいな。

 わたしが草原の色を教えたら弟も笑ってくれるのかな?

 そう思うと今から楽しみだ。

(日記は大人の達筆な字で書かれていた)


 青歴612年 晴れ

 今日はすっごい、すっごいことがあった。

 弟が生まれた!弟が生まれた!しわくちゃで小っちゃい、わたしでも持ち上げられる本当に小さい弟だ。

 お母さまは「あなたはこれからはお姉ちゃんよ。弟の面倒をちゃんとみるのよ」と言った。お父さまも「しっかりな、お姉ちゃん」と言ってくれた。

 すごく小っちゃい弟はとってもやわらかいし、あたたかかった。

 わたしがいろいろおしえてあげるからね。ユキト。

(日記は大人の達筆な字で書かれていた。この日は雲一つない晴天だったのに、字が滲んでいる。夏だから汗でぬれたのかな?)

 

 青歴612年 くもり

 弟はとてもかわいい。かみは伸びてきて色は黒かった。瞳の色はすごくきれいな蜂蜜みたいな色だった。お母さんは琥珀っていう色だって教えてくれた。体がぷにぷにしていて、たくさんさわっていると、お母さまにしかられてしまった。

 でもお母さまだって、ユキトをずっとだっこしているのに……。

 ユキトはほかの赤ちゃんより、体が弱いからまだ一度もやしきの外に出ていない。

 早く元気になって、いっしょにお外で遊びたいな。

(この日記は大人の達筆な字で書かれていた)


 青歴613年 くもり

 今日は弟の1歳の誕生日だ。しんせきの人や色々な人がお祝いをしに来てくれた。弟はあんまり体が丈夫じゃない。誕生日前も熱が出て、すごく苦しそうだった。声もあんまり出さない。わたしが話しかけても、おなかの中にいたときみたいに答えてくれない。

いつもぽやっとしている。話しかけても何も反応してくれない。わたしはお姉ちゃんなのに……。

 時間のあるときは色んな話をしよう。そうしたらちゃんと、お返事が出来るようになるかもしれない。

(この日記は大人の達筆な字で書かれていた)


 青歴614年 晴れ

 わたしは、6さいになった。ユキトは2さいになった。ユキトはなんとか歩けているけど、あぶなっかしくてすこしあるいただけで、ゆかにぺたんとすわりこんで、またふらっと歩く。おかあさまも、めいどのミリアさんもすごくしんぱいしているけど、みているだけでユキトをてつだったりしない。わたしもてつだっちゃだめっていわれた。ユキトはあんまりしゃべらない。おかあさまやわたしがしゃべりかけても、ときどきちっちゃくへんじをするだけだ。

(この日記は何とか読める子どもの字で書かれていた)


 青歴614年 雨

 ユキトはまたねつを出した。今までよりずっとくるしそうだ。お母さまもないている。

 それからいっしゅうかん、ずっとユキトのねつがひかなかった。おいしゃさまも、もうできることはないといってたすけてくれない。

 なんとかしたくて、苦しそうにしているユキトの手を、わたしはぎゅっとにぎった。わたしは、ごはんもたべずにおふろもはいらずに、がまんした。わたしがくるしくなればユキトがくるしくなくなるかもしれない。だからずっとそばにいた。ユキトのくるしいのがわたしにすこしでもうつって、ユキトがらくになれるように。

(この日記は子どもの字で書かれていた)


 青歴614年 晴れ

 わたしはいつのまにか、おへやのベッドでねていた。さいしょはあたまがボーとしていたけど、ユキトのことをおもいだして、いそいでユキトのへやまで走っていった。

 ユキトのへやにはお母さまとお父さまがいた。

 わたしはユキトのベッドに近づいてユキトを見た。

 いつのように、ぽけっとしたかおをしていた。ユキトは元気になっていた。

 あさ…じゃないからお昼かもしれないけど、ごはんをちびちび食べていた。

 ユキトは、はしってきたわたしを見てびっくりしていた。お母さまもお父さまもおどろいていた。ユキトはわたしのかおをジッと見てみて、へにゃとわらった。

 ユキトがわらった。はじめてわらった。

「おねえちゃん」ユキトはえがおのままそう言った。

 今までユキトはわらったかおなんて、見せたことはない。お姉ちゃんなんて、よんでくれたことはない。わたしはなき出してしまった。りゆうなんてない。ただ、なみだがとまらなかった。

 ユキトのまえでなくのは、これがさいごだ。わたしはお姉ちゃんなんだから。

(この日記は子どもの字で書かれていた。この日はところどころ文字が滲みひどく見づらい日記だ)


 青歴616年 晴れ

 わたしは8才、ユキトは4才になった。弟は相変わらず体が丈夫じゃないけど、やしきの庭には出られるようになっている。前みたいに高熱を出すことはなくなった。

 あれからユキトは良く私になついている。お母さまよりわたしのほうによってくる。というより、お父さまとお母さまに対して、かべがあるように感じる。気のせいかもしれないけど。

 お母さまとしては、ユキトに甘えてもらえなくてさみしいようだ。この年の頃からわたしはお母さまにユキトをあずけて、よく外で遊ぶようになった。いくら姉でもずっと弟のめんどうは見ていられない。

(この日記は子どもの字で書かれていた)


 青歴616年 晴れ

 わたしは体の検査を受けに州都へ行くことになった。ユキトとお母さまはお留守番。

 ユキトはこちらをじっと見つめ、いっしょに行きたいと珍しくわがままを言った。でも、連れて行けないものは連れて行けない。やしきの外に出たことすらないのに、とおでは無理だろう。

 何かおみあげを買ってきてあげるからと、なだめておく。

 州都へ行くためには必ず鉄道を使う。

 わたしが鉄道に乗るのはこれで3度目だ。3度目でも鉄道はあきない。流れる景色は鉄道でしか見ることの出来ない景色だ。


 州都に到着して、色々なところをお父さまと見て回った。商業区というところで、わたしはユキトのおみやげを選んだ。お父さまは、お母さんやユキトのためのプレゼントを買っていた。わたしもおねだりしてプレゼントをもらった。

 州都のホテルで一泊してから、州都の中央区の学園に近い場所に連れてこられた。

 何のしせつかよくは分からなかったけど、わたしの中の「マナ」を計ったりするらしい。

 わたしは8才を過ぎた頃から瞳は赤みを帯びだし、わん力が少しずつ強くなっていた。

 お父さまの説明だと、このままだとどんどん力が強くなって生活に困るから、ちゃんと検査をして、その力を押さえるための道具を作ってもらうらしい。力が強くなると重たいものが持てるから、便利になるんじゃないのかな?

 この日は色々な検査を受けて、また州都に泊まった。

(この日記は子どもの字で書かれていた)


 青歴616年 晴れ

 検査から2週間たった。

 今日は良く晴れていて、絶好のおでかけ日和だ。お母さまにせがんで、外に行きたいと言ったけど、今日は用事があって無理だった。

 ユキトは外出そのものができない。仕方ないので一人でこっそり外に出た。

 別に遠くへ行くつもりはない。草原の見えるところまで行けば帰るつもりだった。

 でも屋敷を出てから道が分からなかった。

 当たり前だ。私は馬車で丘まで行っていたし、馬車の中から外の道を覚えられるほど、外を見てはいなかった。

 どうしようもないので、街の方を散歩してみることにした。こういうのはドキドキして楽しい。色々なものを自由に見て回れて、いつもの付き人といっしょの外出よりも楽しめる。

 すこし歩き疲れてきたので屋敷に帰ることにした。お母さまにばれてしまうのもこわいし……。

 屋敷に戻る道中、変な人たちに通せんぼされた。わたしがいくら言っても道を通してくれない、あげくにつかみかかってきた。わたしは暴れてなんとかその人たちから離れた。

 自分でもびっくりするぐらい力がでてきて、大人の人が簡単に飛んでいった。少し怪我をさせてしまったのが怖くなり、走って屋敷まで戻った。お母さまに怒られるかもしれないけど、ちゃんと言わなきゃ……。

 屋敷の庭にはお母さまはいなくて、ユキトとメイドのミリアが2人で遊んでいた。

 わたしはその姿をみて、心の底から安心した。こんなに怖い思いをしたのは、一人で遊びにいった罰だったんだと思った。

 ユキトもミリアも、わたしが一人で屋敷の外から戻ってきたのに、驚いているのか固まっている。

 ユキトに近付くと「ねえさま、目が真っ赤だよ」と言ってきた。

 最近赤みが出てきた目のことを言っているのだろうか。それはいまさらだ。

 ユキトのしてきを聞き流してユキトを抱っこする。あの変な大人に触られたのが気持ち悪くて、ユキトの柔らかな体を思わず抱きしめた。ああ、やっぱり体を洗ってからの方が良かったかなと思った瞬間。

 ユキトの体は何かの折れる音、ちぎれる音を響かせた。ユキトはたくさんの血を口から吐き出した。

(この日記は子どもの字で書かれていた。ひどく歪んでいて、かろうじて読むことのできる字だ)




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