3 電波少女に出会った日
楽しんで頂けたら幸いです。
「へい、ラーメンお待ち!」
筋肉質な太い二の腕に分厚い胸板を持つ外国人が、目の前にラーメンを置いた。
ちゃんとあく抜きされたスープにそれを絡ませる麺、分厚いチャーシューは俺の食欲を乱暴に掻きたてる。
スープの香りをかぎ、スープを口に含む。
しっかりとダシを取った鶏がらスープが、舌の上を駆け巡る。
続けて割り箸を、綺麗に半分に割り、スープと言う海から麺を取り出す。口の中に含み、スープとのハーモニーをしっかりと味わう。
「うっめー! 店長のラーメンは、今日も美味いぜ!」
「亮吾、お褒めのお言葉をありがたく貰っておくよ」
ニコリとほほ笑むジョルダ=カンダール――店長を見ながら、俺は食事を続ける。
口に含めるたびに、細胞の一つ一つが喜んでいるように思える。
そう本当に、細胞の一つ一つが喚起に振るえているように思えた。
「それにしてもだ。よくもまあ飽きずにここに来るよな。お前以外に誰も客が来ないのにな」
俺は箸の動きを止めて、店内を見渡す。
確かに店長の言う通り、客は俺以外いない。ボックス席も隣のカウンター席も、どこもかしこも客がいない。
ここまでいないと、逆に笑えてくる。
「しけた店ですね」
「遠慮せずに良く言えるなお前。なんだか涙が出てくるよ」
「もちろん嬉し涙ですよね」
「その逆だ」
という下らないやり取りを終えると俺は、店長の顔を見て言う。
「いやーそれにしても何でですかね?」
このドン・ラーメン店のラーメンはなかなかの出来だ。十分に一流ラーメン店と勝負が出来る美味さだ。
それに値段もお手頃だし、店舗の立地条件もそれほど悪くはない。
だが、最高の条件下にも拘らず何故か店が繁盛しないのだ。もしかしたら、風水的に悪いのかもしれないし、口コミの評判が悪いのかもしれない。
しかし、ここの店のラーメンは一度食べれば毎日来たくなるほどの美味さだ。そんなことで売れないわけがない。
――他に考えられるとすれば、
「店長の所為とか」
「俺のどこが悪いんだ‼」
「ガチムチマッスルな所」
「俺のキャラ設定にケチをつけんな‼」
もちろん冗談なのだが、どうやら店長は本気にしてしまったらしく、買いだめしてあるプロテインをゴミ箱に投入中だ。
投入されていくプロテインを涙目で眺めている。
さすがに可愛そうになってきたので俺は、
「だ、大丈夫ですよ! そのうち客が増えますよ」
「見晴らしの良い所に立ってもう十年たつんだが……」
「……、」
さすがに慰めるための言葉がこれにはない。
――というよりあったら、すごい。
――あったしても、俺はそこまでの人生経験を積んではいないので、その言葉に思い至ることはないだろう。
慰める上手い言葉が見つからなかった俺は、苦く笑い別の言葉を投げかける。。
「ま、まあ、ここに飽きずに通ってくれる常連客がいていいじゃないですか」
最大限の笑みで言う。
すると店長は俺の方に振りかえり、
「そうだな。一人でも固定客がいればマシか」
やっとのことで調子を取り戻した店長に、俺は安堵の息を吐いた。店長は見た目に寄らず、心はガラスのハートだ。
ちょっとした冗談でも真に受けて、店の隅っこで泣き崩れるのだ。毎回フォローする俺はとても疲れる。面倒くさい店長の相手をするくらいなら、携帯画面のフォロワーをした方がよっぽど楽しい。
つーか、俺は店長専用のフォロワーではないのだが。
そんなどうでもいいことを脳裏で考えながら、俺は店長の様子を窺った。店長は鍋の前に立ち明日の仕込みに取り掛かっていた。
完全に意識が鍋の方に向いているので、再度食事に取り掛かり始める。
ちょうど食べ終わった頃、店長が話し掛けてきた。大体の仕込みが終わって後は煮詰めるだけになったのだろう。
俺もスープを飲みほして、店長の話に耳を傾けた。
「今日は何を撮りに行くんだ?」
店長がカウンターから身を乗り出しながら尋ねてきた。何を尋ねてきたのかと言うと、写真の撮影についてだ。
実は俺――山野亮語は写真を撮るのが趣味だ。
本格的に取るようになってからは高校に入ってからで、まだまだ日が浅いが、いつも現像してくれる写真屋のオッチャンからは、「うちではたらかないか?」と言われる程の腕前だ。
それもそのはずだ。
俺にこの世界に踏み込むきっかけをくれ、写真の撮り方を教えてくれたのは、世界で名を馳せた祖父である真淵健二である。何から何まで師匠である祖父から教わったのだ。だから、写真屋のオッチャンにあれくらい言われても不思議じゃない。
だが、じいちゃんは言っていた、
『驕るな。そこで満足していたらいい瞬間を撮ることはできない』
いつもいつも、口が酸っぱくなるほど言っていた。
だから俺は当たり前だと思わず、腕を磨くために毎日写真を撮っている。
ラーメン屋に来ているのは、ここのラーメンが好きなのと、最高の瞬間が訪れるまで耐え凌ぐためのいわゆるエネルギー補給だ。
じいちゃんもここのラーメンを食べて以来いつもここに来ていた。
ちなみにここのラーメン屋のメニューの写真は、じいちゃんが撮ったものだ。世界に名が通っている写真家が撮った写真を使っても、この店の経営は相変わらずだが。
「今日は星座です。この前は春の星座を撮ったんで、今度は夏の星座を撮ろうかと」
俺は愛想よく店長に言葉を返した。
「星座ね。なら、オリオン座が良いぞ」
店長のアドバイスを聞いた俺は、額に手を置きため息をこぼした。店長は意味が分からないと言った風に、首を傾げている。
「店長? オリオン座は冬の星座ですよ」
「そうなのか? 初めて知った」
店長には悪いが、俺は呆れた。
そんなことはだれでも知っているからだ。
「おいおい、みんな知ってるみたいな顔を作るなよ」
「店長、あなたは人の心が読めるんですか?」
「読めたら、客のニーズに合わせてラーメンを作ってるよ」
下らない冗談を言う店長にまたもやため息を吐いて、淡々と話し始める。
「あのですね、そりゃまあみんなが知ってるわけじゃないですけど、冬のオリオン座は有名ですよ。ある黒服を着た宇宙人の外交官が出る映画じゃ、キーワードとして使われたりしているくらいなんですから」
「悪かったな、俺はそんなことは知らないんだよ」
落ち込む店長を見て、さすがに言い過ぎたと思った、
人差し指でこみかみ辺りを掻きながら、慰めの言葉を掛ける。
「まあ、実際は見えないこともないですけどね。明け方の南の方角に見えるらしいですから」
俺の言葉にどうしてそんなこと知ってるんだ、と言いたげに見てくる。俺はお冷を口に含んでから答えた。
「図鑑で読んだことがあるんですよ。それで、夏だと南の方角に見えるって」
なるほど、という風に店長は眼を見開かせた。
珍しく博識な部分を見せることが出来、俺は口の端を持ち上げる。
「だからと言って、にやけるな」
「いいじゃないですか、少しくらい」
「子供に言い負かされている大人の身になって見ろ! すっごいショックなんだぞ!」
目尻に涙を滲ませ、俺に突っかかってくる店長に再び呆れてしまう。つい今しがた『大人』と言っていた割に、アクションがあまりにも『子供』っぽい。まあ、こう言う愛嬌を持っているからこそ気さくに話し掛けることが出来るのだが。
そういえば、ふとあることを思い出す。
初めてここを訪れた日は、恐怖で身を縮ませたものだ。両眼を向けられ時は直感で、狩られる! と感じた。
懐かしい記憶が脳内を駆け巡り、口元に自然な笑みを浮かべる。俺の様子の可笑しさに気が付いた店長は、不安げに眉を顰めて尋ねてくる。
「どうした? 何か悪いもんでも食べたか?」
その問いかけに、ちらっとラーメンを見る。
そして、店長に視線を戻した。
「強いて言うなら、このラーメンでしょうかね」
「……、」
「冗談ですよ」
「笑えない冗談だな」
「笑ってほしくて言ってるわけじゃないですよ。俺の冗談は本当の冗談ですから」
まったく、と呟きながら店長は朗らかに笑う。
「あのう、どうしました?」
「いやべつに、なんていうか嬉しくてな」
意味が理解できずに、小首を傾げた。
脈絡のない話なので、理解はおろか推測も出来ない。
ただひたすらに表情で、説明プリーズ! と訴えかけるしかない。
「悪い悪い、前後の話がなくて」
「使い方違うと思いますよ。前はそうですけど、後はないです。だって、さっきの店長の恥ずかしい発言は、結論ですからね」
店長は恥ずかしげに頬を赤く染めた。筋肉質なおっさんのそんな姿を見ても何も面白くないのだが。
かといってそんな女の子の姿を見ても、対処に困るだけなのでどうしようもない。
「店長、お勘定」
そんなどうでもいいことを考えながら俺は店を後にする。
本当にどうでもよかった。
自分が考えているようなことが起こるとは考えにくかったら。
俺が写真を撮りに向かっている場所は、海岸沿いにある廃校された小学校だ。ちょうど星座を取るにはいい場所なので使っている。それに夜通しの作業なので、寝れる場所があるのはありがたい。
とはいっても行くまでの道のりは結構身体に答えるものだ。どう答えるのかと言うと、砂漠と一緒の様なものである。砂漠は日中焼けるように暑いものの、夜中には一気に火込む。
ここは日本で砂漠ではないが、気温の変温に対処しきれずに寒さを覚えてしまうのは致しかたない。
そんなわけで寒さに震えながら、俺は廃校の小学校までやってきた。
校門の近くに自転車を置き、通り抜けようとするがあいにくと閉まっていて中に入れない。べつにどうと言うことはないのだが、勝手に入ることに罪悪感を覚えるのは人間としての本能だろう。
自由開放してくれればいいのになあ、と思ったがそれはそれで維持費が必要となるので文句は言えない。
「さてと」
校門から少し離れて、助走をつける。そして、俺はハードルの要領で校門を飛び越えよう――としたがやはり引っかかってしまい、グラウンドに顔をうつ。
ひりひりと痛む顔をさすりながら起き上がる。校門の策の方へと振りかえりどうでもいいことを呟く。
「おんし、なかなかやるぜよ」
どこの言葉だ!
つーか、一人でボケとツッコミをしてどうなる。ただ空しくなるだけではないか。
「まあ、いいや。行くか」
策に舌を出し「いーっだ!」と睨みつける。
単なる逆恨みにしかならない。
歩き出し校舎の入り口近くで、俺はある異変に気が付いた。校門の柵から校舎の入口までの間に、何か荷物を運んだ痕跡があるのだ。ここ最近来ていなかったとはいえ、俺以外にここへ訪れるものがいるのだろうか?
気になった俺は、いつも針金でこじ開けている入り口のカギを見た。
「まじか……」
ものの見事に針金で開けている痕跡がある。
まさか、誰か籠城でもしているのだろうか。
俺は慎重な面持ちで戸を開け、ゆっくりと教室を調べていく。まずは近くの教室を調べた。教室の入り口付近から、中を覗き込むように様子を窺ったが誰もいない。
他の教室も回ってみたが、人っ子一人いやしない。
気のせいか、そう思った時だった。
二階の方から声が聞こえた。
「これはだめ」
とても凛とした声だった。
誰もいない学校だからそう思えるのかもしれないが、撃てば響くような声に聞こえる。ただ、声から感情の一切が感じ取れない。
そんなことを思いんがら俺は、自分の脚が自然と二階に向って進んでいることに気が付いた。
足を動かすための原動力が、謎の相手に対する恐怖ではなく好奇心で動いていることに気が付いた。
静寂と化している学校は普段ならば恐れて近づかないはずなのに、幼少の頃に戻ったように好奇心が体を動かしている。
「……子供かよ」
ツッコミを入れたが答える奴はいない。
が、自分が今この状況を楽しんでいることにも気が付かされた。
そういえば、と思い出す。
昔もこうやってじいちゃん忍びこんだことを思い出す。
小学生時代怪談番組にはまっていた俺は、夜の学校とういうものに興味を抱いた。俺のその興味に便乗するかのようにじいちゃんも、一緒になって夜の学校に忍び込んだ。
しかし、あの時は何もなかった。こういう風に誰かの声がするようなことはない。
「ここか……?」
小声で呟き、教室を覗き込む。
すると中には、美少女とでも呼べそうな少女がいた。月の光を浴びた髪は青く輝き、澄んだ瞳は可憐さを表している。
しばらく見入っていた俺だが、少女が俺の視線に気が付いたのか入口の方に振り向いた。このままここに隠れていても良いのだが、居心地が悪い。それに携帯で警察に通報でもされれば、頭を抱えてしまいそうなので俺は中に入ることにした。
「こんばんは。なにしてんの?」
そのまま反問されそうな言葉だが、その時は答えればいいだけだ。
「……、」
謎の少女は黙ったままだ。
口を開くまでの間、失礼だとは思いながらも少女の顔を眺めていた。答え方を考えているようにはとても思えない。かといって、突然の来訪者に驚いているようにも思えない。
不思議な少女が口を開いたのは、一分ぐらい経ってからだ。
それも想像もできない言葉だった。
「宇宙人?」
その日、俺は初めて電波少女に出会った。
読んで頂きありがとうございます。




