4.憐憫のない断罪
「じゃあ、次は動機について話そうか」
「まだやるんですか、セドリック。あちらの関係者さんがすごい顔になってますが」
「んー? ボクのことを拘束しているのだから、これは必要経費だと思って黙って聞いていればいいんじゃないかな? 魔人のご高説を直に賜われるなんて、名誉なことだと思うよ?」
その内容が問題なのでは、と思うがカティはもう口にしないでおいた。
だがしかし、動機、というのは確かに気になる。
一応、これまでの流れでは被害者個人への恨みつらみを考えていたのだが、いざよく考えて見れば被害者一人を殺したところで、一族は未だ健在という現実が残されるだけなのだ。
すでに下から搾取していくシステムは、あの一族に根付いている。
むしろ、そのシステムを苗床に育てたのが一族なのだとすれば、そのトップが消えたところで次が出てくるだけなのではないかということだ。どちらがメインかわかったものではない。
「ボクが思うに、こうして一族のトップが殺されたのはこれが初めてではないよ。むしろこれが初めてだったらあいつら人間じゃない。こんなえげつない仕組みをしたシステムの中に組み込まれた人間が、今も昔もまともでいられるなんて、そんなの童話限定の夢物語さ。ドールの音色だってさ、精神衛生上よろしくない環境に置くと、音が歪んだり濁ったり、修正不可能なくらいダメになったりするくらいだよ? それより『モノ』ってことじゃないか」
例えばそれは、跡目争い。
あるいはそれは、相続争い。
金と見栄のために一族から搾取する世界の住民が、それらをしないはずがない。五人のライバルがいるならば、自分以外のみんなを殺せば手に入るすべてを独り占めだ。
いいや殺すだけでは『もったいない』。
どうせ要らないモノなのだから、最大限再利用してやろう。
そうやって、繁栄してきた一族ならば。
「本人が意識しているかしていないかはさておき、いざとなったら上を『処分』してしまえばいいという認識が、少なからず存在しているのではないかな」
その証拠にさ、とセドリックは周囲をぐるりと見回す。
四人がいるのは現場となったホテルのロビーだ。せわしなく動くのは従業員や、操作をしている警察関係者。それと事件を知って不安げにしたり、従業員らに食って掛かる宿泊客。
そこにあるのは焦りと困惑、そして怒り。
――あぁ、なるほど。
セドリックが何を言いたいのか、カティは理解した。
この場所にいるべきものが、見当たらないのだ。
人が死ぬ事件が起きると同時に発生するのは、まず被害者と加害者だ。殺された者、殺した者という『当事者』が出現する。それに続く形で現れるのは警察などの『加害者を追い詰める者』と、愛する家族、愛する伴侶を突如として奪われた悲嘆に暮れる『遺族』。
この物語の登場人物の中で、カティは未だ『遺族』を見ていない。
まさか一人でここに宿泊していた、ということもないだろう。すぐに駆け付けられないような遠方から来たのならば、年齢的にも家族の一人くらいは伴っているはずなのだ。
ならば、被害者遺族はここにいない、ということになる。
そこでカティは、ふとあることを思い出した。
「そういえば先ほど、遺体をどこに安置するのか、引き取り手はどうなっているんだ、と声高に怒鳴っているのが聞こえていましたが、これはつまり『そういうこと』なのでしょうか」
「あら、お可哀想。お金持ちなのに無縁仏というものになってしまわれますの?」
「さすがに無縁とはならないだろうけど、まぁ、腐る前に一族内での方針が決まって拾いに来てくれる人がいたらいいよね。腐り落ちても拾いに来てくれたら、いいよねぇ」
くすくす、と笑うセドリックの声は、さながら『引き取り手なんていないかもしれないけどねぇ』と言うかのようだ。だが現状から判断する限りはその可能性も高い、と思う。
あの怒鳴り声からすると、もしかすると連絡すら取れていないのかもしれない。
いろいろと後ろ暗いところばかりとはいえ、殺された上でのこの扱いには、多少の憐憫も感じる。もっとも殺されたことや放置されていることより、そこにいるいろいろとねじ曲がった感性と趣向を有する魔人の玩具にされていることが、憐憫を抱いた主な要因であるが。
「話を戻そう。ボクが押すのは身内の犯行だ。理由は――その方が面白いから」
「娯楽ですか」
「だってボクには無関係だもの。無関係なゴシップはすべて娯楽さ。世界のどこかで、誰がどんなふうに死のうが爆ぜようが消えようが、無関係な人間からすると創作物と変わらないさ」
「そういうものでしょうか」
「そういうもの、だよカティ」
こくん、とセドリックは紅茶を飲み。
「ちなみに当てずっぽうで身内犯人説を唱えたわけではないよ? こういう時、身内を疑うのはある種の鉄則でもある。ましてや恨みを買っていない身内を探すのが難しい被害者だ。行きずりの強盗でもなきゃ、とりあえず身内、一族から犯人探しをするのは当然だろう」
「推理小説の鉄則ですわね」
楽しそうに微笑むマルグリットに、そのとおり、とセドリックは返す。
「まず、強盗が犯人だとしたら現場があまりにも装飾しすぎだ。要はお金か、換金できるものが手に入ればいいのだから、何も部屋を血の海にするほど執拗に殴って殺す必要は薄い。これがもしアルヴェールみたいな『そこそこ体格の良い若い青年』が相手なら、やり過ぎというくらい攻撃するのも当然だろう、返り討ちになる可能性もあるわけだから。しかしあれはただのジジィさ。カティはもちろんボクやマルグリットでも、簡単に絞め殺せそうな老人だ」
カティも見たよね、と言われ、頷く。
それほどじっくり見たわけではないのだが、確かに被害者の体格はお世辞にもいいとは言いがたいものだった。殺せそうか、と問われるならば可能だと答えるだろう。
その辺りを考えてみると、確かに現場の凄惨さが違う意味で異様なものに見えてくる。
「小柄だし、ひょろひょろにやせ細ってもいた。死んでたからかもしれないけど、顔色もそんなによくないようだったし、成人男性が力いっぱいに一発殴れば、それだけでぽっくり死にそうだったじゃないか。襲った時が初対面でも、血の海を招くことはちょっと考えづらいな」
だから怨恨の線を見ているよ、と言うセドリック。
「怨恨なら第三者の可能性もなくはないけど、場所が場所なだけに身内なんじゃないかなってボクは思うよ。身内ならば滞在先などのスケジュールも把握しているだろうし、この旅行に同行することだってできるかもしれないね。相手に近づくことだって、簡単なはずさ」
「では、その犯人と思われる身内はどこにいった?」
「逃げたのか、一般客に紛れ込んでいるのか……流石にそこまではわからないよ。ボクならそれまでのすべてを捨てて、さっさと遠くへ逃げ出してしまうだろうけどね。まぁボクなら相手の黒い部分をすべて書き出した証拠を使って、断頭台送りにしてやるだろうけど」
そして申し出るのだ。
自分がその首をとばす役目を任されたい、と。
合法的に憎い相手を殺す正当な権利は、その理由にもよるが認められることが多い。
少しでも賢いならば、その方が自分は相手を殺すことができて、相手にはこの上ない屈辱を与えられる最高の手段だと気づくだろう。しかも罪に問われないのだから。
もっとも、この一族ではそんなことは難しい。
一族郎党皆殺しということでもなければ、何かと面倒になるのが目に見えている。いくら自らの手で恨みを晴らすことができるとしても、後の処理を考えると選べない可能性も高い。
だからこそ、自分が犯罪者になることも厭わずに、ということなのだろうか。
「……まぁ、いいさ」
カティが考え込んでいると、ふいにセドリックが天を仰ぐ。
先程までの笑みを消して大きく息を吐き出す彼は、どこかさっきまでの跳ねるような気分が落ち着いた――いや、落ち着くのを通り越して落ち込み、沈んだようにも見える。
「誰が犯人でも、ボクらには関係ない」
その言葉はどこか、自分に言い聞かせる響きをしていた。




