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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
賜る安寧の有効期間
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2.意味のない動機

 さて、とセドリックは足を組む。

 適当な給仕係――という扱いにした男性捜査員を手招きで呼びつけ、四人分の飲み物と軽食を準備させて少し。四人で囲んだテーブルに、次々と料理と飲み物が運ばれてくる。

 納得していない様子の捜査員だったが、セドリックは簡単に説得をした。


 ――外部からの接触をそこで取るかもしれない、という可能性はいいのかい?


 その言葉の前に、彼やその同僚、上司はしぶしぶ料理を準備したのである。なお、実際に調理などを行ったのはホテルのスタッフで、彼らはそばでじっくり監視していただけだが。


「あ、お湯はそのままで。わたくしがやりますから、もうお仕事に戻ってくださいまし」


 マルグリットはスタッフに声をかけ、続きの準備をやり始める。

 といってもお茶を淹れたら、それで終わってしまうのだが。

 軽食はふんわりとした柔らかいパンを薄切りにし、そこに具材を挟んだサンドイッチ。具材は何種類かあり、野菜を挟んだもの、肉と野菜を挟んだもの、最後に卵を挟んだものである。

 それからバゲットを薄く切り、軽く炙った上にチーズやら肉やら野菜やらをトッピングしたものもある。なかなかに豪勢なラインナップだ。別にここまでしろとは言っていないのだが。

 さて、とセドリックは早速サンドイッチを手にとって、笑う。


「まずは状況整理といこうじゃないか」

「状況整理、ですか……つまり事件の状態、情報、そういうものを並べる、と」

「ふぉのふぉーふぃ」


 その通り、と口をもごもごさせるセドリック。行儀が悪い、とカティはたしなめ、紅茶が揺れるカップを手にとった。そして、事情聴取の間に見聞きした情報を整理する。

 被害者は貴族の男、名前は忘れた。

 死んだのだから覚えるほどの価値もないだろう、縁も何もないのだし。

 男は今朝、他殺体で発見されている。

 第一発見者はセドリック・フラーチェとカティ・ベルウェット。魔人を名乗る年若い少年とそのパートナーである黒髪の少女だ。この二人が第一容疑者である。はた迷惑なことだが。


「だいたい、僕にそのナントカとかいう貴族を殺す動機はない。カティに手を出されたならともかくとして、あれは商売女の方が好みの男だろうさ。理由? そんなの簡単だよ。部屋がやけに香水臭かった。あれはこの街の女を買った証拠だね。つまり少女が趣味じゃないわけさ」


 そしてセドリックは、ちらりとマルグリットをみて。


「どちらかというと、マルグリットの方が好みに入るんじゃないかな」

「あら、そうですの?」

「一昨日だったかな。冷やかしに来ているのを見かけたよ。あぁ、ボクは物覚えに関してはかなりのモノでね、品がないし作法もなかった。成金貴族はコレだから。程度が低くて困る」

「……それには同意するが、なぜマルグリットが好みだと」

「マルグリットはスタイルがいいよね。細すぎず、適度に肉が付いている。彼があの夜に侍らせていた商売女――だろうと思うよ、胸元をおもいっきり露出していたしね、まぁ、彼女らも結構肉付きのいい身体をしているようだった。彼女と比べることが失礼なほど下品だったが」


 簡潔にするなら、とセドリックは言い。


「あの男、巨乳好きらしいよ。残念ながらボクのカティはぺったんこだからね」


 直後、カティの拳がそのまま後頭部へと叩きこまれた。



   ■  □  ■



 ソファーに沈み込んだセドリックを放置し、残り三人で話を進める。

 男の名前は――知らない、興味が無いのでスルー。ともかく被害者は貴族だ。そしてセドリックが言うように成金、つまり金で爵位を買い付けた元金持ちだ。といってもそれは数代前のことらしく、それゆえに一時は家が傾くという事態に見舞われたのだろうが。


 ――貴族社会は家の格を重視する。成金貴族というものには、それがありませんから。


 貴族の中にもいろいろと『格』がある。それは時として爵位すら超えるものだ。それが伯爵であろうとも、格がなければ、格のある男爵にすら劣るとされる。この場合の格というものは国やら何やらで異なるが、一般的にはどういう家柄の他家と縁戚があるのか、という大昔から続いてきた血の繋がりによるものなのだそうだ。貴族社会とは、面倒なものだと改めて思う。

 成金、と呼ばれている貴族は、それが腹立たしいのだろう。


 どれだけ金があっても、豪華なパーティを催しても。


 何年、何十年、何百年と積み重ねた歴史。

 そしてそれを支える、礎となった血統にはどうやっても勝てない。


 時を買うことはできないし、血筋を買うなんて言うことも難しい問題だ。だからこそ彼らは虚飾を振りかざすように立ち上がり、セドリックのように毛嫌いする層を生み出していく。

 件の被害者も、立て直す際にいろいろと無茶をしたようだった。

 我が子を政略結婚の道具にするのは当然のこと、親類縁者も半ば誘拐するように無理やり縁談を押し付けて結ばせた。貴族に、金持ちに、かたっぱしから一族を『売りつけた』のだ。

 それでいて、味方となったものには手厚い保護をしたという。


 自ら率先して娘を差し出した分家の夫婦は、今や序列が本家の次に並ぶほどだ。もっともその裏では恋人と別れさせられて心を病んだ娘の死という悲劇もあるが、表には出ていない。

 そして自ら差し出さなかったものには、その悲劇を利用してささやくのである。ああして一族全体のために我が身を犠牲にする娘がいるというのに、お前たちは何もしないのか……と。

 そうして一族を縛り上げ、搾り取り、男の一族は繁栄の道に立ったのである。


「仲間には温情と愛を、敵には劇薬と死を。逆らうものは黙らせる。永遠に」

 だからこそ、とセドリックが身体を起こし。


「彼の死によっていろいろな思惑がうごめくのさ。甘い汁を吸っていたものは、その空座と成った場所に座りたがり、ここぞとばかりに逃げ出すものもいるだろう。特に年頃の娘を持っているようなところは、どこでもいいからまっとうな結婚相手を探しまわっているだろうね」

「そんなに焦るものでしょうか」

「なにせ『出荷』する子供を生産するために孤児院から見目のいい娘を引き取り、さんざん産ませたそうだからね。怪しげな呪術やら薬を使って、必ず女児が生まれるようにしたりとか」

「……それは、母体に悪影響があるのでは」

「問題はないさ、どうせ身寄りのない孤児なんだ。遠方から引き取ってくれば地元の誰もしらないし、つまりうっかり死んでしまってもそこら辺に捨ててしまえば、まさかそんな用途で連れて来られた子とは思わないよ。どう考えたって頭がおかしい、完璧な狂人の所業だね」


 くすくす、とセドリックは笑っている。

 しかし、彼はどこでこんな情報を手に入れてきたのだろうか。

 それほど見知った相手ではないというか、むしろ嫌っている類の相手だというのに。嫌いな相手について調べるような趣味はなかったように思うが、これらの情報源はどこなのだろう。


「ずいぶんと狂った下衆だな」

「そうだね、だけどそんな『王国』の玉座がほしい連中もいるのさ。考えてもご覧、年端もいかない少女をかき集め選り好みし、好きなように食い散らかすことができるんだ。ボクには理解できないが、そういうものを好むクズは多い。被害者とやらもそういう下衆というわけさ」

「そうして生まれた子供が育てられ『出荷』される、ということなのですね」

「カティは頭がいいね。その通り。金で爵位がやりとりされるこのご時世、もう貴族令嬢という名前の道具でいいという人もいるんだよ。望むとも望まぬとも、その心が粉々に砕け散っていようとも。子供を生産できるならそれでいいとね。使い捨てでも構わないのさ。彼女らはそのためだけに作られた道具だし、それ以上の価値もなければ役割もないわけなのだから」


 どこかの国の後宮とやらと同じことさ、とセドリックは言う。

 さすがに一国の主が抱え込むものと同じ扱いというのはどうかとカティは思ったが、実質的に同じものであるのは確かだ。王族の血筋を絶やさないため、などの大義名分を持ちながらも結局は好みの女を囲うための仕組み。ただ意識して子を産ませて外にだすか否かの違いだ。

 そして後宮でさえ、王子やら王女やらを他国などに『出荷』する場合もある。

 ……あぁ、やはり同じだと、カティは結論を出した。

 かちゃ、と音を立てて茶器が動く。マルグリットがお茶の準備をしている音だ。テーブルの上に並んでいた軽食はすべて食べつくされて、セドリックは再び捜査員を呼びつけて今度は焼き菓子を要求している。さっきから下世話で酷い、関係者が聞いたら怒り狂ってもおかしくはない冒涜的な会話を続けているというのに、若そうな青年は顔色一つ変えずにそこにいる。

 再び運ばれてきたお湯を茶葉を入れたポットに注ぎつつ、マルグリットは。


「……そうなりますと、恨んでいた人も多いということになりますわ」

「そうだね、この事件に関して動機を考えるのは無意味だ」


 怨恨、財産目当て、どんなパターンも当てはまる。

 数が多すぎて絞り切れないだろう。

 なにせ邪推を重ねれば、男の一族全体が容疑者候補となりうるのだ。当然痛い腹も、痛くない腹も探られ、それによっていくつかの裏の顔も表に出るだろう。

 一族全体がかぶる損害というものは計り知れない。

 だが、彼らにとって最高に都合がいいのは、第一発見者が部外者なことだ。無関係の旅行者二人組というこの土地にとって異物である二人は、土地の権力者の一存でどうとでもなる。

 ましてやその権力者と被害者が親しいのだ。

 簡単な甘言で、ころりと騙され躍らされるのは目に見えている。


「それなりにうまく立ち回らないと、ボクとカティはスケープゴートになるかもね」


 困ったなぁ、と、そうでもないような口調でセドリックはつぶやいた。

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