1.喪失を知った音色
がたがた、がたがた。
やけに揺れる馬車に乗って数時間。途中に休憩をはさみつつ、セドリックに連れられてやってきたのは修道院のような場所だった。カティは、少なくともそう感じていた。
白い、どこまでも白いきれいな建物。
清潔感にあふれた場所。
高い壁の内側には、きっと教会やらがあるのだろう。敷地の広さは、かなりの規模ではないかと思う。だって壁の果てが見えないのだ。どこまでも続いている、かのようだ。
そんなことはない、わかっているがそう思ってしまう。
どこもかしこも白くて、綺麗だと思う。
修道院だと言われたら信じるし、そうじゃないと言われたら驚く。
大きな都から、ずっとずっと離れた。しかし立派な道が用意されている、そして警護らしき人員が存在している場所。病院というにはあまりに、ここはどこかおかしかった。
だから修道院だと、そう、少なくとも近づくまでは思ったのだが。
「あの、セドリック……ここは何なのですか」
「サナトリウムだよ」
「……さなと、りうむ」
そ、とセドリックがカティの隣に立つ。
どういう意味かは知ってるかい、と問われて、カティは頷き返す。
意味は知っている。ざっくりいうと病気で静養するための場所。なるほど、ならば僻地にあるのは当然で、医療系の物資搬入のために道が整えられているのも当然の話だろう。
どこか修道院のように見えるのも、きっとそのせいだ。
まぁ、カティはサナトリウムというものは、これが初めてなのだが。
「セドリック・フラーチェ様ですか?」
ふと、近くから声がする。
視線を向けた先、黒衣をまとった青年がいた。
セドリックより少し髪が長いというか、結える程度に伸ばした細身の青年。神父を思わせる質素な服を揺らし、彼は二人の前まで歩み出る。カティは、探るように彼を見た。
――変わった色の、髪。
一瞬で、そんな考えた浮かぶ。
まず、目に止まったのは瞳だった。澄んだ青、素直に綺麗だと思った。次に、うっすらと青みのある髪が気になった。灰色に青を混ぜたような、明るさのある青黒い髪だ。
温和そうな形の顔で、青い髪の青年は笑う。
「シオンといいます。このサナトリウムの『案内役』です」
お見知り置きを、一礼する。
毛足の長い髪がさらりと、やはり美しく揺れていた。
■ □ ■
シオン、そう名乗る青い髪の彼はドールだ。
見れば分かった。そんな髪色の青年などいるわけがない。それに、どこかぎこちなさのある動きは、四肢に何かしらの障害があるヒトというよりも、不具合を抱えたドールだ。
足を引きずるようでいて、しかし痛めているような感じではなく。おそらく、関節が悪いのだろうと思う。カティは専門家ではないが、身に覚えがあったので気づいたのだ。
だとすると、どうして彼は身体を直していないのだろうか。
カティのように飲食可能なタイプでもなければ、ボディなどはそう取り替えたりするのは面倒ではない。それが足ならば、ドール自身で取り外して付け替えるぐらいできる。
とはいえ、資金的なことから完全に壊れるまで使い潰す、というのはよくあった。
細々した修理でも、例えば肘から先を取り替え、とかになる場合もあるので、よほど不便でもない限りはある程度までは『我慢』するという方向が一般的である。
加えて、どうやらシオンのボディは相当に型が古い。
修理したくても、そのためのパーツがないのかもしれない。そういえば、昔は今ほど素材も充実しておらず、髪の染色も色落ちしやすいようなものを使っていたらしい。
元は黒だったのかもしれない。
青――というより藍色で強く染めたそれが、時間の経過で抜け落ちて。そして今、美しい色彩を作り上げている。柔らかい光の下に浮かぶ青は、綺麗だと、カティは感じた。
二人は先導するシオンについて、扉をくぐってサナトリウムの中へと入る。
扉の向こうは、外よりはずっと『病院』の色が強かった。白衣を着た、人間であろう意志がせわしなく行き交い、その後ろを――おそらく医療用のドールがついて歩く。
患者は、しかし見当たらない。
それを尋ねると、セドリックはあくび混じりに。
「別にいいんじゃないの?」
軽く、そう答える。
「ボクらは別に医者じゃない。医療系の魔人でもない。ボクらはドールの調律依頼を受けてきているんだ。別にいいじゃないか、ここにどんなものが閉じ込められていても」
閉じ込める、という穏やかではない言葉に、カティは眉をひそめる。
セドリックは笑っていた、シオンの苦笑を前にして。
「……あまり、人に見られたくない人もいるので」
「だろうね。それでドールの保管庫はどこだい? どうせマスターの調律をしたら、ボクの仕事は終わりだろう? とはいえしばらく滞在する予定だから、片手間で良ければキミのメンテナンスもしてあげようか? 息抜き、あるいは暇つぶしではあるけど」
ちゃんとやるよ、と笑う。
シオンは青を丸くするように目を見開き、それから笑った。
優しく、温和さがあふれた笑み。
結局彼は調律を丁寧に辞退したのだが、セドリックはふぅんと笑うだけだった。




