2.彼も彼女を愛し
とある国に、ヘルミーネという女の子がいました。
ヘルミーネは、おじいさんとふたりで暮らしています。おじいさんは『人形師』で、たくさんのお人形がいました。身体が弱くてお外にいけないヘルミーネのお友達です。
ヘルミーネには、特にお気に入りのお友達がいました。
どちらもとてもかっこいい、年上のお兄さんの姿をしています。
おじいさんが最後に、たったひとり残される孫娘のためだけに作った、彼女にだけ使えるお人形です。だけどヘルミーネにとっては兄であり、親であり、家族であり、そして後に恋人のような存在へとなる、とても大切な。そう、かけがえのない二人でした。
病が悪化し、満足に動けなくなったヘルミーネ。
長い寿命と衰えを知らない身体は、病魔を超える苦しみを彼女に与えました。十年、二十年と時間は過ぎて、ゆっくりとヘルミーネは、逃れようのない死へと向かって歩いていきます。
「あなた達がいるなら、わたしは何も怖くないのよ」
それでも彼女は彼らの手をとって、幸せそうに笑っていました。
■ □ ■
食事の量はあまり多くはない。
元々あまり食べないヘルミーネだったが、今はその頃の半分にやっと届くぐらいだ。硬いものも摂取できず、煮こむなどして溶けるほど柔らかくしたものが中心になっている。
食べられなくなったものも、多い。
例えば、ヘルミーネはこう見えて肉料理が好きだった。特にハンバーグという、ひき肉を平たい楕円に成形したものを焼き上げ、ソースをかけたものが好きだ。元がひき肉なので食べやすそうに見えるが、今のヘルミーネにはそれすら口にすることができないものだ。
「ヘルミーネ、どうぞ」
出来立てのスープをカップに注ぎ、手渡してくるのはニコ。ニコラウス、という名前だがヘルミーネやレオンはニコと呼んでいる。同時期に作られた双子のような関係にるレオンと顔形は似ているが、内面の違いから年月が経つほど差異がでてきていた。レオンは温和で物静かな雰囲気を強くして、反対にニコは明るさと活発さが表によく出てくる。
「ありがとう、ニコ」
いつものように例を言って、ヘルミーネは口を開く。
両手は膝の上だ。
傍らに腰掛けたニコが、さも当然のようにスプーンでスープを掬い、それを彼女の口元に運ぶ。スープは適当に冷やされていて、飲みやすいようになっている。生クリーム仕立てのスープは濃厚でとろりと甘く、ある程度冷やされることを前提にしているので粘度も低い。
「……ん、ニコの料理はいつも美味しいわ」
「お褒めに預かり光栄。……でももっと食べないとダメだよ、ヘルミーネ」
「だけど、もうあまり入らないの」
ごめんね、と苦笑するヘルミーネ。
「それでも少しでも多く食べないと」
ほら、と差し出されるスプーンを、ヘルミーネは少し迷って口に含む。彼女も日々、作られた料理の半分も食べられないことが心苦しいのだ。自分のため、ニコが丁寧に作ってくれていることを知っているからこそとてもつらく、ダメにすることを申し訳なく思ってしまう。
スープもそうだが、それ以外の料理も手のこんだものばかりだ。
あまり固いものが食べられない彼女のため、そして量を食べられないため。
日々の食事は、ニコなりに色々と工夫が施された料理ばかり。甘味が好きなヘルミーネに合わせて甘く煮付けた野菜や、とろとろになるようじっくりゆっくり火を通した卵。
パンは柔らかいものをあえて手作りし、さらに細かくちぎってある。
ここまでさせて、それでもなお残してしまう。
「でも、すごく美味しいの。わたしの楽しみの一つなのよ、ニコの料理は」
「うれしいな。ぼくはレオンと違って、できることがあまり多くはないから。だから、少しでもヘルミーネの心が安らいで、幸せを味わえるならなんだってするよ。任せてね」
そう言って笑うニコを、ヘルミーネは少し悲しげな表情で見る。
ニコ――ニコラウスとレオンは、双子のような関係だ。
そういう意味では、レオンが兄でニコが弟になる。だが、二人はヘルミーネの祖父の晩年の作品で、そしてニコはその祖父が落命した時は仕上げ直前の、未完成状態のままだった。
レオンとヘルミーネが、祖父が遺してくれた資料を使ってどうにかしたのが、今、そこで微笑んでいるニコラウス。ゆえに自分で言うように、ニコにできることは決して多くはない。
例えばあまり長く動き回れないし、繊細な作業――力加減もムリだ。
普通の人間ならそうでもないが、相手は病に倒れたヘルミーネ。彼女の世話は、まるで赤子を扱うように慎重でなければいけなかった。それほどに彼女は脆いのだ。
なのでレオンが担当して、そのかわり料理をニコが受け持つ。
レオンも、それなりに料理は作れるだろう。
だが彼は『ニコの料理にはもはやかなわない』と笑うのみだ。
それが本当にそうなのかは誰にもわからないが、本人らは別に気にはしていない。
レオンが身の回りの世話をして、ニコが毎日の食事を用意して、二人で掃除などの手入れを行いつつヘルミーネを見守っていく。それが彼らの望む、彼らの日常だった。
そして日々の雑務が終わって、ヘルミーネの部屋で三人一緒にいる時。
「いつも、ありがとう」
そういって笑う彼女が、ニコはとても愛しい。




