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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
高貴な娘は驕り狂う
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4.轟音に添えられた微笑

 カティは廊下を走っていた。

 中庭で執事と別れてから、彼女はまず自分らにあてがわれた客間に戻り、それからセドリックを探し始めた。途中、メイドを捕まえてセドリックの行方を尋ねるも、彼女らが見かけなかった以上の手がかりにはならない。メルローズの自室にも殴りこんだが空振りに終わった。

 いや、空振り、とは言い切れないかもしれない。

 メイドに頼み込んで入らせてもらったメルローズの部屋は、とても普通だった。

 普通すぎて、違和感しかない。

 ピンク中心のベッド周りと子どもじみたぬいぐるみ。パーティ会場にいた、あの豪奢な姿とは似ても似つかない内装。てっきり彼女には幼い妹がいて、ここはその部屋で、自分はダマされたのかとカティは考えたが、確かセドリックの話ではここの令嬢はメルローズただ一人。


 ――じゃあ、ここは彼女の部屋。


 だが、この違和感はなんだ。無理をして華やかな装いをしていたにしては、服の中身があまりにも華美だった。彼女に合わせて、あのドレスは仕立てられたのだろう。それにあの表情はとても演技ではなかった。執事同様に、どこかセドリックに似ている雰囲気の微笑み。

 この可愛らしい部屋とは、あまりにもかけ離れた印象。

 どういうことか掴みきれず、カティは少し部屋の中を見回して。


 ――ここしばらく使われた形跡が、ない?


 うっすらと窓枠に積もった埃に、気が付いた。仮にも貴族令嬢の部屋。掃除されないなどありえない。膨れ上がる違和感のままに、カティは室内をもっと詳しく見て回った。

 本棚にあるのは子供向けの童話。とても十代後半の、今にも嫁げるほどの年齢の少女が愛読するものではない。ベッドも整えられてはいるが、使われた形跡は皆無だ。

 クローゼットなどには子供服。

 ここは、本当にメルローズの自室なのか。

「すみません」

 部屋を出たカティは通りかかったメイドを捕まえ、質問を浴びせる。あの部屋は本当にメルローズの部屋なのか、尋ねたが本人がいないどころか使われた形跡もない。少し内密に話したいことがあるのだが本人が見当たらないので、どこにいるかわからないだろうか、と。

 後半はでまかせだ。セドリックの受け売りである。

 メイドは少し考えて、もしかしたら、とある部屋のことを教えてくれた。未だ続くパーティから抜けだした時に休憩するための部屋があり、会場にいなければそこにいるという。

 礼を言うと、カティはまず会場へと戻った。普段着なのでこっそり物陰から見るだけに留めたが、あの赤い姿はどこにもない。それどころか、いつの間にかパーティは終わっていた。

 大勢の人が片付けに追われていて、ものが運びだされていく。

 誰かにメルローズの行方を聞こうか、とカティは思案しながら眺めた。だがあるメイドに目を向けた時に、全身が震えるように硬直する。周囲と会話もせず、黙々と作業に従事する二十代ほどの長い髪のメイド。どこかカクカクとしたぎこちない動きは、粗悪なボディを持つドールによく見られる。ろくな自我も与えられない、文字通りの《ドール》だった。

 ここは貴族の屋敷、ドールを労働力にするのは珍しいことではない。

 ないが、たった数体だけを導入するなどありえない。見たところそれらしいメイドは五人にもならないので、これでは逆に邪魔になるだけだ。彼女らは基本的に集団で使われ、広大な屋敷や城などの清掃に使われる。取引もそういう大量購入を前提にされていて、少数となると割高になってしまうことも少なくない。十人足らずでは、どう考えても損しかしないはずだ。


 ――なんでしょう、この異様な焦りは。


 屋敷の主が姿を消して、自身の主も行方知れず。明らかに近年使われたどころか掃除すらされた形跡のない部屋に、不自然なほど数の少ないメイドドール。

 調べても調べても、違和感は募るばかり。

 だがそれよりも遥かに早い速度で高まるのは危機感。

 カティは走った。教えられた部屋に向かって。

 だがその扉が見えた時、轟音が響く。それも数回。

「セドリック!」

 部屋に飛び込んだカティは、それを目にした。



   ■  □  ■



 思い出したくもない。

 触れられるだけで反吐が出る。

 のしかかってくる華奢で軽い肉の塊。

 赤く弧を描く唇。

 ……あぁ、その全てが煩わしい。叩き壊したい。

「消えろ豚め。ボクに触れるな」

 嫌悪と憎悪だけを声に乗せ、引き金を引いた。



   ■  □  ■



 腹に響く轟音が、立て続けに広がる。

 カティが扉を開いた瞬間、最後の音が響いた。

「――セドリック」

「なんだい?」

 ソファーに寝転がっていたらしい彼が、愛用の銃を握ったまま身を起こす。なぜか服がはだけているが、問題はそれではない。身体を起こしながら、彼が足蹴にして転がしたモノ。

 ぐったりとした、メルローズの肉体だった。

 近寄る意味もないほどに、それは確実に絶命していた。

 頭部に数発、それから胸元に一発。あれでもし彼女が死んでいないなら、むしろその方が恐ろしい。だが生々しい穴を晒すそこからは、赤い体液が一向に流れてくる感じがなかった。

 血の匂いすら、しない。

「セドリック、これは」

「ありのままに答えを綴るなら、これはドールだ」

 シャツのボタンをとめつつ、セドリックが言う。その雰囲気は、恐ろしく冷たい。何か不愉快なことがあったのは、カティでなくても察することができるだろう。その原因はおそらくメルローズで、ゆえに彼女は殺された。見ていなくてもわかる、この一件のあらましだ。

 問題は撃ち殺されたそのメルローズが、どうしてドールとなっていたのか。

「種明かしをしようか」

 力のない腕を掴みあげつつ、身体の方を足で踏みつける。そのまま強引に引き上げれば、ぶちぶちと何かが断絶する音が響き、メルローズの腕が肩の関節辺りでちぎれた。

 普通、人間の身体はそこまでもろくはない、たとえ死んでいても。

 死後何日も経って腐敗しているというならともかく、彼女は少なくともついさっきまで生きていた、はずだ。ましてや彼女は若い。その身体がそんなにもろいわけがない。

 しかし引きちぎられた腕の断面を、セドリックが見せてきて。

「おぞましいものさ、これは生身の人間の肉と皮を利用したものだよ」

 彼の言うとおり、その断面はカティにとっては馴染みの深いものだった。鉄で作られた骨と無機質な筋肉。しかもそのどちらもが必要最低限の、おそらくは相当安いパーツだ。筋肉のパーツはただの板状だし、骨などまっすぐな棒だ。あまりの粗悪さに、カティは言葉もない。

 応急処置をするとしても、もう少しマシなものを使うはずだ。

「随分粗悪なものだね。ボクはボディの専門家じゃないが、こんなの屋敷の中にいたメイドとそう変わらない。たとえ仮住まいでも、カティにこんな身体は与えられないな、屈辱的だ」

「いえ、それより人間の肉と皮、とは……」

「文字通りさ。頭髪を含む肉と皮を剥ぎとって、ドールの人工皮膚の代わりに使っているということ。どうやって腐らないようにしているかは知らないし、興味もないね。とりあえずこれはメルローズであってメルローズではない。あの傲慢な人格さえ、本当に彼女のものだったかも怪しいものさ。今となっては確かめようもないし、興味もないからどうでもいいけどね」

 それで、とセドリックは手にしていたものを投げ捨てながら。

「これの理由を説明してもらおうかな、そこの執事くん」

 カティの向こう側、扉の方に視線を向けた。

 振り返ると、そこには無表情の執事が立っている。その視線はまっすぐ、床に倒れているメルローズだったものに向けられ、次にセドリックが千切り、そして投げ捨てた腕に向かった。

 その目に、憎悪はない。感情すらない。

 あえて言うなら。


 ――悲しみ、でしょうか。


 だがそれにしては感情の波が、執事にはなかった。彼には人並みの感情があるのを、先ほど言葉をかわしたカティは知っている。あれからは想像もできないほど、今の彼は無だった。

「おや、自信作だったのかい? だとしたら粗悪だなどと言ってすまないねぇ。ボクが知るかぎりは使い捨てるドールでも使わないようなパーツだったからね、どう言葉を選んでもそうとしか言えなかったんだよ。あと撃ち壊したことも謝罪しよう。がんばって直したまえよ」

 まるで人事のように、相手の神経を逆撫でるセドリック。わざとやっているのはカティにはわかっているのだが、いつ聞いてもこの見え透いた挑発と嫌味はハラハラする。とはいえ彼の手には武器が残っているし、万が一の際も大丈夫だろうとは思うが。

「……お嬢様は、メルローズは最高傑作だった」

 執事が口を開く。

「これほど美しく作り上げたのに、あなたには理解していただけなかったようで残念だ。それとも未完成のお人形と遊ぶ方がお好みなのか。随分ともったいない特殊嗜好だ」

「カティは未完成だからいいんだよ。特殊嗜好? 褒め言葉だね」

 なぜなら、と続け。

「彼女にはヒトと見紛う存在になってもらう。ヒトは常に未完成だ。だから永遠に完成しなくても問題はないんだよ。だって、完成というゴールがない存在へと迫る子なのだから。そんな彼女とボクは生きる。見た目なんていくらでも、どうとでもなること、見苦しくなければボクはそれで構わないと思うね。それにこだわるのは勝手だが、ボクへの侮辱は許しがたい」

「だが、世界は美醜を最大の基準とする。わからないあなたは哀れだ」

「好きなように言いたまえよ」

 ボクはどうでもいい、とセドリックは上着を手にした。そしてカティの手を引いて執事の横を通り過ぎる。五歩ほど進んだところで、セドリックは振り返って。

「バカバカしいからボクはもう帰るよ。ここに長居はしたくないね」

「ですがセドリック、泊まるところは」

「駅の宿泊施設でも使うよ。荷物は余興が終わってすぐに駅に送ったから」

 とにかくここにはいたくない、と駄々をこねるように言うセドリックに、カティは従うことにした。実際、カティも本音を言えばあまりここにいたいとは思わない。

 あの執事のこともあるし、真実を知ってしまったことで居心地は悪くなっている。なぜメルローズがあんなことになっているのか、語らないことも不気味だった。本当はしかるべきところに届け出る方がいいのだろうが、セドリックはこの件に関わる気はないらしい。駅についたところで何もせず眠るだろうし、朝一の列車が来ればそれに乗ってさっさと帰るだろう。

 彼にとっては、どうでもいいのだ。

 この屋敷がどうなろうと、関係がないから。

「ボクが言えたものではないけど」

 セドリックは最後、歩き出すその時に。

「キミが得たものは《叡智》じゃない――それは《狂気》だよ」

 執事を名乗っていた男に、そんな言葉を残して去った。彼は真実を知った二人を追いかけることもなく、ただじっと立ち尽くしている。そして二人は屋敷から消えた。

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