1.届けられた手紙
セドリック・フラーチェは、その筋では名を知られた《人形師》の一人だ。
特にコアの調律に長けて、調律師、などと呼ばれることも多い。何十人もの顧客を抱えている彼は、しかし基本的に客を自宅へ呼びつける。理由は出歩くのが面倒だからだ。
依頼を受ければ、すぐさま調律に入りたい。
だが、調律は専用の設備と道具を用いるため、旅の合間に、ということはできないのだ。
顧客ともなればそれを熟知しているので、彼らは文句も言わず直接尋ねたり使いをだしてくる。極稀に現地に赴き仕事もするが、それは出先にちゃんとした設備がある場合のみだ。
遠方からも依頼が来る人形師。
その技術の高さを、カティはその身で感じ、証明している。
しかし、彼とて最初から仕事があったわけではない。
だが調律に使う最低限の設備ですら、揃えるならばかなりの額を叩き出す。
……つまり、彼は仕事の前に金を手に入れなければならなかったわけなのである。
そこでセドリックが行ったのは人形を操り芸を披露する、サーカスなどではよく見られる技術を使った仕事だ。とはいえセドリックのそれは、決して高い技術ではない。今ならば金をとれる程度のものを披露する自信があるが、当時はそれを身につける余裕などなかった。
なので彼は、最低限の技術で魅了できる範囲でなんとかすることにした。
金持ちや貴族を相手に芸を披露して、時には令嬢などもたらしこむ。一線を越えるなどの間違いを起こさない程度に、彼女らをうまく使って資金を出させる。元々見目がよく上流階級で育ったので、彼らが好む言動はよくわかっていた。当然、深入りさせない手管なども。
うまい具合に渡り歩き、金を稼ぎ。
彼はようやく手に入れたのだ。
後にカティという名を与えられる最愛のドールを。
――あぁ、その頃だっただろうか。
彼がついに高嶺に佇む《叡智》を掴み、人間を捨てて《魔人》となったのは。
■ □ ■
「……という具合にボクは頑張ったわけさ」
「最低ですね」
主の遠い過去の下積み時代を、カティは冷たく切り捨てた。
急に思い出話をするから何かと思えば、とんでもない過去の暴露だった。確かにセドリックはやたらめったらモテて、そのしわ寄せがカティに飛んでくることも決して珍しくない。
――まぁ、セドリックの仕事を『買える』のは、富豪か貴族ですし、そういう人とのお付き合いをやめろとはいいませんが。しかしあのやっかみは少々疲れないこともないですね。
しかもセドリックが、カティの反応満たさに煽るから困る。
「大丈夫、ボクの身も心も全部カティのモノだからね」
「はぁ……」
そのフォローに何の意味があるのか不明だが、セドリック本人はとても満足そうなのでほっとくことにする。それにわかってはいるのだ、この生業の初期投資が結構な額になるのは。
ましてやセドリックのように、コアそのものから自作すれば。
その結果、自分が今こうしてここにいて、思考している。と考えると、かつての彼の所業についてあれこれいうことはできない。数百年もしたのだから時効ということでいいだろう。
「そういうわけで、ボクが人形師らしい仕事をしていた、なんて知っている人は、せいぜいアルヴェールとか……まぁ、同業者ぐらいのはずなんだよね。そしてこっちには本職がいるわけだから、わざわざボクに依頼を出すなんてことはしない。調律専門の人形師に、ね」
ぴらぴら、とセドリックが指先で摘んで揺らすのは一通の手紙だ。
他国から運ばれたことを証明するスタンプと切手が鮮やかな、白いシンプルな封筒。宛先は住まいを構える街の、郵便局の私書箱だ。今朝、朝市に出かけたついでにカティが受け取ってきたもので、どうやら昨夜には到着していたものらしい。いつもより早く気づいた。用事がなければ外出しないのはカティも同じで、時には一週間ほどほったらかしになることもある。
これでもいい時代になった、とセドリックは言う。カティもそれに同意だ。横断鉄道ができて物流が安定し、次に人々が求めたのは遠方とのやりとりの手段だった。郵便事業はこれまでもあるにはあったが、せいぜい国内にとどまっていたし、大国限定という感じだった。
庶民が学校に通い読み書きを習う、というものが世界的に普通になっていくタイミングでもあったので、余計に需要が高まったのだろう。
とはいえ一つの国ならばともかく世界規模となると、手を出せる会社はない。
結局、名乗りを上げたのは横断鉄道を管理する会社だった。事業の一端として、貨物と一緒に運んでは、現地に作った事務所に運んで仕分け。そこから従業員が馬などを使い配達する。
セドリックの嬉しい誤算は、自分が住む町に事務所――郵便局が作られたことだ。
各国の王都を筆頭とした《都》ほどではないが、彼が住まいを構えた頃よりはそれなりに発展した町となったので、十数年前に建てられたのだ。百年もしないうちに、列車の駅が来るのではないかとすら言われている。……だが、そうなったら引っ越しも必要かもしれないが。
自分が《魔人》であると知られたくない彼は、いくつかの術でそれを隠していた。
人が増えればほころびが生まれ、そして隠蔽の難易度は上がる。
列車でいろいろ便利にはなったのだが、難しいことだとセドリックは笑った。
「で、その依頼はどうするのですか?」
かちゃり、と音を立てつつ、カティは食後のお茶を用意していた。
彼の本職は調律であり、できるとはいえこの依頼に記された行為――人形を操って芸をさせるというものは、本来なら業務外のことだ。どうやら貴族や富豪を招いた夜会の余興とするらしいのだが、ならば尚更本職に頼む方がいいとカティは思うが、どうなのだろうか。
「ドールそのもののストックは、アテがないこともないけどねぇ……」
セドリックは乗り気なのか、紅茶を飲みつつそんなことを言う。
アテ、というのはおそらくアルヴェールだ。ドールのボディを作る専門家である彼の屋敷ならば、いくつか用立ててもらえるだろう。幸い、彼の自宅は仕事を依頼してきた貴族が暮らしている場所に向かう途中。一度列車を降りなければならないが、早めに出発すれば充分だ。
指定された日時は二週間ほど先。
今から演目を考え、それに必要なだけドールを頼めばいい。
「……ですが随分と物好きな人ですね。セドリックに調律ではない依頼を出すなんて」
「物好きというか……案外、物笑いにするのかもね、このボクを」
セドリックは笑い。
「だとすると、これはケンカを売られたってことになるのかな」
口元を歪めた。




