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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
空中庭園に眠る追憶
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4.声に触れて

 亡霊の分際でね、と声が嗤う。

『たかがド田舎の貧乏貴族の分際でね、オヒメサマに懸想した男がいたの。男は夫と平穏に暮らしていたオヒメサマを連れさらい、追いすがる夫を殺し、オヒメサマを自分の妻にしようとしたのよ。殺された夫は傍目にはバケモノだったから、国民も国王夫妻も味方になった』

「で、絶望した王女は死んだ……ですか」

『そうなの』

 かわいそうでしょう、と声が言う。だがカティは何も答えずその方向から視線を外し、再び歩き出した。ねぇ、ねぇってば、と声が追いかけてくるが、それすらも無視する。

 だが、何度目かの『ねぇ』に耐えかねたのか。

「――で、それがどうしたと言うのですか?」

 切り捨てるような言葉をひとつ、発した。

 足を止めたのはいかにも重そうな鉄扉のすぐ前。

 そこに手を当て、カティは振り返る。

「つまりは箱入り娘が恋に恋して熱病に侵され、周囲の迷惑も苦労も心配も考えずに勝手に結婚宣言を出して、それを誰も認めてくれなかったからという理由で子供のように駄々をこねて全部ぶち壊しただけでしょう。お伽話にすれば悲劇悲恋でお涙頂戴といったところです」

 が、と続け。

「現実的に考えれば、考えの足りないモノ知らずの王女のせいで、ひとつの国が滅んだというだけの歴史にすぎません。その他大勢からすると、他人の惚れた腫れたでこのざまなのですからいい迷惑でしょう。だからこそ国は滅んだのではないですか。バカな娘を産み育てた王族を見限って。一度失った信用は、たかだか一人の賢王ではどうにもならない場合もあります」

 そして選ばれた王が賢いともわからない状況を、抑えられなかったならば。

「だから王女の呪詛など子供だましです。いや、彼女は最初から王女の器を持たなかったのでしょうね。優秀な王の資質を持つ男と結婚して添え物になるために、何も教えず伝えず教育せず籠の中で育ててきた。わたしを棚に上げるようですが、彼女こそ『お人形さん』では」

『黙りなさい!』

 ぶわり、と風が踊った。


『何も知らないあなたに――わたくしがしたことを、否定などさせない!』


 カティの前に浮かぶ声。金色の髪を伸ばし、白いドレスを来た姿。だが、よく見ればそのドレスは薄汚れていて、赤茶色の何かが首元を中心にべったりと模様を描いている。

 先ほど気付かなかったのは、向こう側が透けていると勝手に思い込んだせいだろうか。

 怒りを目に宿し、睨みつける彼女にカティは淡々と言葉を返す。

「では、あなたがその亡国の姫君なのですね。それで、あなたまでもが件の勇者と同じく亡霊に成り下がってまで何をしているのか、訪ねてもよろしいでしょうか」

『決まってるじゃない』

 声は、王女だった存在はつぶやき。

『あの男が万が一にも、誰かと心を通わせるなんて許さない。亡霊は亡霊らしく、ずっと一人で孤独にあればいいのよ。わたくしが不幸になった分、苦しんで消滅すればいいのよ! あの男が欲しがるものは全部壊すわ。全部全部、全部全部全部! 跡形なく壊して消してやる!』

 だからよ、という言葉に、カティは此度の騒動の真相を見た。

 その本当の理由はともあれ、この声しか持たぬ亡霊が誘拐被害者を殺めていたのは間違いないだろう。誘拐そのものをしているかどうかはわからないが、この様子だと可能性は薄い。


 ――むしろ、誘拐された子らを誘い出して、といったところでしょうか。


 そこまで考えてみるが、やはり答えには至らない。誘拐そのものを起こしている何者かの情報が全くないのだ。……あの元王女である声は『ユウシャサマ』だというが。


 ――アテにはなりませんね。霊魂というものの存在有無はともかく、彼らの多くが記憶などが欠落しているそうですし。生前の何か一つにしがみついて、それ以外が摩耗するとか。


 正確には死後長い時間が経過した場合だが、彼女もそれに該当する。おそらく彼女の中に残っているのは件の『ユウシャサマ』への恨みつらみのみだ。それだけが彼女を現世に縛る。

「……まぁ、それはどうでもいいです」

 あなたがどういう存在の仕方をしようと、どういう末路を選ぼうと。

 カティはつぶやき、そして。

「わたしとしては、セドリックさえ返していただければそれで問題はないので」

 重い鉄の扉を、ぐっと足を踏ん張るようにして、押し開いた。



   ■  □  ■



 目に痛いほど、鮮やかな色彩が広がっている。

 塔の屋上は庭園になっていた。色とりどりの草花が溢れんばかりに枝葉を伸ばし花弁を広げて、それぞれが持つ香りを放っている。セドリックについて時に『城』に立ち入ったことも何度かあるが、ここまでのものをカティは他に見たことがない。

 もちろん城の庭園も、さすがというべき出来栄えだったと素人でも思うが。


 ――これの比ではありませんでしたね。


 言葉も、動きも忘れていたカティだったが。

 こちらに背を向けて、ぽつんと佇む黒い影に気づく。

「――セドリック」

 と、名前を呼ぶと。

「やぁ、カティ。遅かったね」

 と、彼が振り返って笑った。

 ケガはなく、彼はいつもの様に笑みを浮かべている。

 表情には出さず、カティは安堵の息を漏らした。どうせ、気づかれているだろうが。しかしだからといって表に出すのは、ほんの少しだけ気に入らないというような感情があった。

 所詮、意地からくる無意味なこと。

「で、そちらが例の……このくだらない一件の片棒を担ぐお嬢さん?」

 彼の視線がカティの後ろ、開け放たれたままの扉のその奥を見る。下唇を噛み締め、等の屋上に広がるそれを、苦々しい表情で睨む――かつて王女と呼ばれていた存在がいる場所を。

「そんな顔をするってことは、上まで来たことはなかったわけか」

 で、とセドリックが笑う。

「これをみたご感想は?」

『――感想?』

 笑うように、あるいは泣くように。

 声が震え。

『あるわけないじゃないの、だってここは』

「憎くて憎くてたまらない男が作り上げ、死んだ後もずっととどまっている場所だから?」

 声は返事をしない。セドリックも、それを期待はしていないのだろう。

「ボクらの仕事は誘拐事件の解決でね。つまり亡霊二人を始末することなんだが、まぁ、その前に少し語らせてもらおうか。この塔の主たる男の半生、彼が何をなしてきたのかをね」

 そんなの聞きたくない、とか細く響く声だが、セドリックがそれを無視するのはカティにはわかりきっていた。もしも大声だったとしても彼は、一切聞こえないという態度を崩さない。


 ――それがセドリック・フラーチェという、《魔人》ですから。


 思い、今度は隠しもしないため息をこぼした。

「この塔が建てられた前後の時代は、まだ魔人も魔女も一般的ではなかったそうだよ。一般的ではなく、しかし無視できない力を持つ存在の末路は、せいぜい二つ。祀られるか――殺されるか。この辺を治めていたとある国の選択は、後者だった。そしてその国のお姫様と心を通わせたバケモノは、まさしく不老長寿の魔人そのものだったのさ。かなり力の強い、ね」

『……』

「バケモノはおそらく、当時はまだそうなって間もなかっただろう。なろうと思って至ったわけでもなかったかもしれないね。だからこそ、彼は心から恐れていた自分がバケモノになってしまったことが公になり、家族を害しはしないかと。恐れ怯え、逃げ出そうとしたんだ」

 そして出会ってしまったわけだけど、とセドリックが笑う。

 逃げ出そうとした彼は、しかし直後に王女と知り合ってしまった。一目惚れか、彼は逃げることができなくなった。なぜなら、逃げることは貴族であることを捨てること。

 貴族でなくなってしまえば、もう王女と会うこともできない。

 遠くから姿を見る、ということすら。

「だけど彼にとって王女は光だ。失うことなんてできなかった。彼女と親しくなり、思いを通わせるほどに失い難くなり、身分以上に二人を分かつ我が身を呪い、そして夢を描いた」

 セドリックが腕を広げると、その背後から、彼を連れさらったあの影が現れる。

 影は青年と呼べそうな背格好のヒトのカタチをとって、セドリックの隣に佇んでいた。黒い影のままだったが、その双眸がじっと、カティのすぐ横の空間を見ているのがわかる。

 きっと、そこに声がいるのだろう。

「バケモノは夢を見た。お姫様と大義名分を持って結婚することを。彼にとって光そのものだった彼女に影を落とさないように、誰からも祝福される結婚式を捧げたくて。そして自分自身を利用したんだよ、そのバケモノは。自分自身を使って、ハッピーエンドを作ろうとした」

『ハッピーエンド?』

 声が姿をうっすらと晒す。

 その瞳が、まっすぐにセドリックと――傍らの影を睨んだ。

「あぁ、そうさ。実によくできたシナリオじゃないか」

 睨みも気にせず、彼は笑い。

「バケモノに誘拐されたお姫様を勇者が助けて、そして結婚するなんて」

 胸焼けするほど甘ったるい、使い古された大団円さ。

 ぴくり、と声が震えた。

 聞きたくない、というようにうっすらとした姿が、更に透ける。しかしセドリックは言葉を決して止めなかった。やめて、と微かに漏れた声をねじ伏せ叩き潰し、殺すように。

「そうさ、バケモノと勇者は――同一人物だったんだよ。キミと生きる未来の為に友人らを巻き込んで一芝居売った。あぁ、きっと彼は鮮血に染まり事切れたキミの亡骸をだき、さぞや絶望しただろうね。その後に起こる家族の自害も含め、彼は人生のすべてを破壊された。すべてを失った彼はここで、ただ無為に死を迎えた。遠い日を追憶し追想する、それだけの一生を」

『……』

「ここはキミのための庭だ。キミが好んだ花を植え、いつかここで二人で暮らすため、彼がこっそりと用意していた新居だよ。だから彼は死んでからもここに縛られて、足りないキミの面影を探した。悲しいことに、彼はキミが傍で『復讐』していることにも気づいていなかったけれどね。無理もないさ、キミは姿を隠しているし、いろいろと欠落していたんだから」

『……』

「キミが破滅させたその相手は、キミが誰より望んだ男だった。たったそれだけの――これまたよく使われた『喜劇』というやつだね、ふふ。ボク的には実にバカバカしいオチだけどね」

 引き裂くような、息を吸う音が響く。否定の言葉は出てこなかった。姿を表した声は自分の手をじっと見つめて、過去の記憶を掘り返しているように小さく震えている。

 そしてしばらくして。


『じゃあ』


 声が震えて。

 長い髪を揺らしながら崩れ落ち。


『わたくしがしたことは、なんだったの?』


 泣いた。


「キミがしたことなんて簡単だ」

 セドリックが声の前に立つ。

「大団円に通じる吊り橋を自分でぶった斬り、奈落の底に飛び降りただけの――道化だよ」

 悲劇のヒロインゴッコは楽しかったかい、と。

 その言葉を聞くなり、声は顔を手で覆い隠して震えた。

 影は、それをただじっと見ていたが。

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