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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
名探偵がこの列車に
36/84

5.大間違いだよ

 山を超えた先の駅は、物々しい雰囲気となっていた。

 当然である、あちこちで猛威を振るっていた盗人がついに捕まったのだ。列車から引きずられるように運ばれる盗人は、両手を赤く染めている。いてぇ、いてぇ、と呻く声がした。

「犯人が死ななければ、あとは特に容赦しなくていいって言われたからね、徹底的にやらせてもらった。……おや、不満そうだね? 別にいいじゃないか、どうせ断頭台辺りで首を飛ばす処刑予備軍なんだから、そもそもね、ボクのカティを辱めたんだ、殺さないだけありがたいと思いたまえよ。それとも自分で解決できるとでも? だったらボクの出番はないはずだよね」

 駆けつけた領主の部下とそんな会話を交わしているのは、金髪の少年だ。

 彼が犯人を発見し、彼に引導を渡したのである。

 少年――セドリックが放った銃弾は彼の両手を貫き、腕を貫き、赤く染めた。急所となるだろう場所は外したつもりだが、最悪の場合は肘から下を切り落とす可能性もあるらしい。

 どちらにせよ。

「あの腕はもう二度と元のようには使えないね。日常生活に問題はないだろうけど、仮に出たところでボクには関係ない話さ。だって『それくらいの覚悟もないくせに盗人稼業なんてしていた』彼が悪いんだ。いつまでも甘い汁だけ口に含めると思ったら、実に大間違いだ」

 それに、と彼は続けて。

「領主どのには貸しの『利子』が、数百残っていることを忘れてもらっては困るな。あまりわがままをいうようなら、その利子を返さなくても結構だよ? 二度と何もしないけどね」

 別にボクはそれで構わないよ、とセドリックは言う。

 件の領主の屋敷に行くのに、セドリックの家からは数日かかる、片道で。

正直、年に数回の頻度で頻繁に呼ばれるのでかなり『面倒臭い』のだ。それも心底どうでもいい、しょうもないことばかりで呼ばれるのだから、いい加減鬱憤もたまっている。

 別に構わないのだ。

 魔人や魔女につけた借りを、一つとして返せなくても。

 ただ、彼らを重宝するこの国の貴族社会において、その不義理は許され難い。それが噂にもなれば最後、その一族は礼の一つもできないとみなされ、社交界からつまみ出されるのだ。

 ここの領主は先祖代々セドリックの世話になっているのだが、貸しはそうそう使わないので結構な量がたまっている。おそらく、十人ぐらいなら気まぐれに殺しても揉み消せるだろう。

 まぁ、そんなくだらない無駄な労力など使わないのだが。

「持ちつ持たれつ、ギブアンドテイク。元は豪商が爵位を賜った家柄だ、王族縁者を奥方にもらってすっかり貴族の色彩に染まり果てても、始まりたる商売の基本は忘れないでくれよ」

 謝礼をひったくるように受け取り、セドリックは笑っている。

 傍らに立つカティは、呆れたようにため息を付いた。



   ■  □  ■



 そんな光景を、乗員Aはぼんやりと見ていた。

 おかしい、としか思えない。

 ああして人の注目を浴びていたのは、自分のはずだった。犯人を捕まえて、そして願いを叶えるのは自分のはずだったのに。どうして、こんな現実が続いているのだろうか。

 夢では、ないのか。


「――最低」


 背後から声がする。

 振り返ると、そこには彼女がいた。

 軽蔑しきった眼差しを隠さない彼女が、射抜くように乗員Aを見ていた。

「証拠もないのにあんな立派な子を犯人扱いしたなんて、最低よ。あなたそんなに手柄が欲しかったの? もし犯人が運良く捕まらなかったら、冤罪事件になっていたのよ」

「ち、ちが……なんで、それ」

「みんな知ってるわ、いきなりお客様を犯人扱いして怒鳴りつけたって。見た目だけでお客様を判断するなんてひどすぎるわ。理不尽なことを言われたわけでもないなら尚更よ」

 それは違う、と言いかけるが声が出ない。

 何が違うのか、今となってはわからなかったからだ。

「あなたのことを軽蔑する。そりゃあ、あんなふうに誰かに感謝されるのって、わたしだっていいなって思う。だからって冤罪になるかもしれないのに、誰かを無責任に疑うことなんてできない。ましてや謝礼目当てなんて、そんなの嘘の密告と何が違うの。……さよなら」

 背を向けた彼女は、どこかに去っていく。手には荷物があった。あぁ、そうだ。彼女はこれから別の路線に移ってしまう。あぁ、だからだった。だから急いで、繋がりを持とうと。

 なぜなら一緒に、やつも同じ所にいくから。

 去っていく乗員Bの前に、同じく荷物を持った乗員Cが現れる。

 ぱぁ、と彼女の顔に浮かぶ笑み。

 そして二人は去っていった。乗員Aの前から、去っていった。

 愕然としたままの乗員Aは気づかない。

 赤い瞳が、笑みを形作ったまま、自分を見ていたことには気づかない。自分が掴んだ手がかりのようなものが、別の目的でばら撒かれたトラップであることにも、きっと永遠に。



   ■  □  ■



「どうしてあんなことをしたのですか、セドリック」

 駅舎を出て、カティは言った。

 これから街のホテルに一泊して、別の路線へ乗り換えて帰宅する二人は、事前に予約を入れておいたそのホテルに向かっている最中である。疲れたため、早くそちらで休息したい。

 そう思うカティだが、それより先にはっきりさせたいことがあった。

「あんなこと?」

「すっとぼけないでください。やたら目立つ行動をとったことです。確かに『囮として犯人をおびき出してほしい』と領主様に頼まれていましたが、無関係な人を引っ掻き回せとは言われていません。しかも途中から、不必要に煽ってましたよね。見せつけてましたよね」

「あぁ、あれね……」

 カティが何を訪ねているのかようやく分かったらしい。

 しかしセドリックはカティには背を向けたまま、再びボテルに向かって歩き出す。だが質問への答えと、そして説明はしてくれるようで、カティも黙って彼についていく。

「ちょっとした暇つぶし、かな」

「暇つぶし?」

「何だかきな臭い雰囲気を感じた頃に、監視され始めてね。まぁ、個人に。だからちょっと遊んでみようかと思ったのさ。ああやって目立つ行為をし、意味深に振る舞えば面白いことになるかなって。そもそも捕まる心配もないわけで、あんな露骨なものに引っかかった連中の頭脳の程度が残念だったってことさ。ボクは頼まれたことを、しっかりと順守したはずだよ」

 つまりセドリックは、捕まっても問題ないからこそ、あえて監視者の目に犯人であるかのように映るよう振舞っていたと。つまりは、そういうことらしい。

 確かに彼はこのあたりを収める領主とは知己の関係で、万が一犯人として連行されてもその日のうちに自由になれるぐらいの『コネ』がある。そもそもセドリックは何もしていないのだから証拠もないので、コネの有無にかかわらず対して長く拘束されることはなかったろうが。

 そんな安全装置があるからこその、彼の戯れ。結果的に事件は片付き、彼は一躍ヒーローといったところだ。中身はともかく見目はいいため、人々はこぞって彼を褒め称える。

 その影で、彼の戯れに巻き込まれて傷ついた人間がいるとも知らず。

「それにしても、ああも他者の運命を乱して楽しいのですか」

「勘違いしちゃいけないよ、カティ」

 くすり、とセドリックは笑い。

「確かにボクはあのヒトを煽り立てたけど、それに乗っかったのは向こうさ。というか先に手を出してきたのはあっち。ボクは自分の用事も込みでお付き合いしてさし上げたんだよ。彼が思い描いた『名探偵様』という浅い夢にね。身の程を知らぬ選民思想に囚われ、道を外れたのは向こうの責任だと思わないかい? その結果、普通に彼女に愛想をつかされただけさ」

「ですが」

「ボクがもし彼の想い人だったら、あんな考えなしの脳なしと結婚とか、人生の生ごみにもならないからお断りだね。ましてや傍に、怖がる彼女を守るナイトがいたなら、尚更さ」

 セドリックとカティだけを見ていた男は、きっと気付かなかっただろう。

 盗人が誰かを傷つけるかもしれない、もしそうなったらどうしよう。そんな感じに怯えている彼女を、別の乗務員がそっと支えて励ましていたことを。その乗務員が励ます前、彼女がすがるように男の方を見ていたこと。きっと気づいてもいないだろうし、これからも知らない。

 彼に残されたのは見当違いな思い込みで、折角のチャンスを叩き潰した。

 たった、それだけのこと。

「ですがそういう人間は、逆恨み、というものを使う可能性があります」

「それこそボクには関係ない。明日あの二人が、どこかのバカに殺されても、あるいは男が殺され女が辱められても、拉致や監禁といった行為が行われても。あるいはくだらない勝負に勝手に挑んで敗者となった者が一人か、あるいは誰かと二人でこの世から消えても影響ないさ」

 足を止め、ゆっくり振り返るセドリックは。


「その程度の俗物は、常に殺されるほど生産されているんだからね」


 つぃ、と唇で弧を描き、満面の笑みを浮かべた。

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