3.乗員Aと乗員Bと乗員C
乗員Aは引き続き二人の観察をした。観察という名の監視だが。怪しい素振りを見せれば即呼び止めるつもりで、仕事の合間にそれとなく様子をうかがう。孤軍奮闘する彼に、二人がずっと一緒にいるというのはありがたかった。万一の時は、そう……乗員Bに応援を頼もうか。
そうして二人で事件を解決すれば、きっと好感度がグっと上がる。
彼は、乗員Cのことを嫌っているわけではない。
決して嫌いというわけではないが、こと恋愛においては最大のライバルだ。
勉強は向こうに勝ちを譲ったが運動はこちらの勝ちで、それ以外も互いに勝ったり負けたりを繰り返し、今は彼女を巡った争いの真っ最中。これに負けることだけは、許されない。
彼女の心が、向こう側にかたよる前に。
勝負を付けなければならなかった。
負けはしない、決して。
■ □ ■
乗員Aと乗員Bと乗員C。
三人の出身地は、それなりに発展した街だ。
横断鉄道から枝分かれした路線の駅を有するので人の出入りが多く、職人が多く暮らす河口の街として栄えている。資源こそないものの、銀や金といった貴金属の加工に関しては、右に並ぶ場所がないと自負する程度には高い技術を誇っていた。
なので、多くの少年の将来の夢が細工師で、最近は少女らも目指す道になっている。
三人はしかし、外を目指すことにした。
どんなに高い技術も、外に知られなければ意味が無い。
だから外へ出ていける職を求め、列車という職場を得ることになった。
――でも、本当は乗員Aは、外などどうでもよかったのだ。
乗員Bが外に行くというから、同じ道を歩くことにしただけだった。そして乗員Cが彼女と同じ夢を持っていたから、余計に二人と一緒に行くことに固執することになった。鉄道の乗務員になれば、年に数回も故郷に戻ってこないとわかっていたから。
それだけ長い間、二人を二人っきりになどできない。
だがそれでも、数日は悩んだ。両親や兄弟は、彼も職人の道に進むと、そう信じこむように考えていたからだ。本人も乗員Bのことがなければ、父の弟子となり今頃は――。
だが、誰ともなく囁く声が聞こえた。
今動かなければ、お前はいつか必ず地獄をみよう、と。
それは夢として乗員Aに襲いかかる。幸せそうに微笑む、あの頃よりも、今よりも大人びた彼女の姿。傍らには好青年になった彼がいて、職人になった乗員Aにこう頼むのだ。
――今度結婚するから、それに使う飾りや指輪を作ってちょうだい。
ヴェールを飾る装飾髪留め。指で光る永遠の誓い。何が悲しくて想いを寄せる人と、恋敵の門出を祝わなければならないのだと、そう思ってからの彼の行動はとても早かったといえる。
両親を説得し、それらしくもっともな理由をでっち上げ。
そして三人並んで、故郷の外へと出て行ったのだ。
■ □ ■
「――ねぇ、ねぇったら」
耳元で声がする。
身体を起こすと彼女がいた。外はすでに暗く、夜――夜中なのだろう。ここは乗務員用の仮眠室だ。他に数人の乗務員が狭いスペースに横たわり、しばしの休息をとっている。
「あぁ……うん、もう起きないとな」
「あ、そっか。そういえば夜シフトだったっけ」
じゃあちょうど良かったかな、と小さく笑み。
眠そうな目をこする彼女は、どうやらわざわざ起こしてくれたらしい。彼女だって疲れて眠いだろうに。その優しさに感謝し、乗員Aは近くに引っ掛けていた上着を手に立ち上がる。
女性用の仮眠室はここの隣にあるので、彼女も一緒に部屋を出た。
しぃん、と静まった列車内。
かたたん、かたたん、という走行音だけがしている。
「あの」
「ありがとう、ちょっと寝過ごしかけた」
そう、寝過ごしそうになった。自分には重要な役目と目的がある。早くいかなければせっかくのチャンスを逃してしまう恐れがあった。それに彼女は眠そうにしているし、こんなところでどうでもいい話をしていないで、さっさと休んだほうがいいだろう。
「それじゃ、早く寝ろよ」
あ、と何かを言いかけたことに気づくも、そのまま二等客室の方へと向かう。目指すはあの怪しすぎる二人組。羽振りがいいことを隠しもしない、絶対に後ろ暗い裏がある奴ら。
捕まえて、衛兵に叩きだして。
そして彼女に、いいところを見せてやる。




