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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
名探偵がこの列車に
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0.いると思ったら

 大陸を横断する列車がある。

 男はその職員で、晴れて乗務員となったばかりのAだ。

 同僚はBという一つ年下の女性と、同い年のC。幼なじみという関係の三人は、示し合わせたわけでもないのに同じ鉄道会社に就職し、ほぼ同時期に同じ列車の乗務員となった。三人の仕事は走行する列車の中を行き交い、乗客の細々した要求などの雑用をこなすことである。

 車内販売なども彼らの仕事の一つで、主に女性乗務員が担当だ。では男性は何をするのかというと主に荷物の出し入れといった力仕事で、長距離移動者が多い列車では必須の戦力だ。

 今日も駅で荷物を運び込み、安全も兼ねて各車両をめぐって、Aは最後尾の車両にある乗務員用の控室に戻ってきた。……のだが、何やら慌ただしい、物々しい雰囲気が満ちている。

「何かあったのか?」

 近くを通りかかった知人の乗務員を捕まえると、彼は真っ青になっていた。たまに振動などのせいなのか酔ってしまう者がいるが、それにしたって顔色があまりにも悪すぎる。

 彼は震える声で、小さく。

「実は一等客室で盗難騒ぎが……」

 そんな、最悪な事件の始まりを告げたのである。



   ■  □  ■



 被害者は一等客室という、金持ちや貴族しか使わない特別な車両の乗客だった。一般客室と呼ばれる普通の寝台車には二十数人収容できるが、それと同じスペースをたった二つに分けたホテルの客室のように豪華な部屋だ。それぞれ二人ずつで、この列車には一両しかない。

 もちろん高い客室なので乗る乗客も限られ、今回は貴族のご婦人だ。すでに成人した孫娘がいる年齢らしく、列車を使って離れて暮らしている孫の結婚式に向かっていたという。

 もちろん貴族同士の縁談で、当然着飾るのがある種の礼儀。

 その、着飾るための宝石類を盗まれてしまった、というのが事件の内容らしい。

 警備はもちろん万全で、彼女自身も護衛を室内に入れていた。なのに盗まれてしまって、被害者は半狂乱になっているという。同行していた主治医が鎮静作用のある薬を投与し、今は静かになっているが。しかし事件が解決しなければ、どっちにしろ彼女は再び半狂乱だろう。

 これに頭を抱えているのが、全乗務員のリーダーだ。

 盗難事件は多々あるが、警備が万全であるはずの一等客室で起きたのは初めて。しかも容疑者がまったく浮かばないのだ。幸いなのは次の駅まで、半日ほどかかることだろうか。

 先ほど出発した駅と、その次の駅の間には険しい山脈がある。作られた線路はぐねぐねと蛇行していて、列車はそのため徐行した状態でゆっくりと走行しなければならなかった。


 ――窓から盗んだものを投げ捨て、仲間に回収させるかもしれない。


 そんな可能性もあったが、窓はそれほど開く仕様ではない。それにわざわざ窓を開けるほど暑いわけでもなければ、見るほどの景色もなかった。それそのものが人目にやたらとつく行動であるのに、さらに何かを投げ捨てるなどすれば怪しまれてしまう。かと言って夜間に行うことはできない。なぜなら線路は崖沿いに作られていて、投げ捨てて回収させるには不向きだ。

 よって犯人は次の駅まで、盗んだものと一緒にいることになる。

 タイムリミットはあと半日ほど。

 それまでに犯人を見つけられなければ、我が身の首が飛びかねない。


「手柄がどうとかは言わない、怪しい人物がいればすぐに伝えるように」

 その一言を締めくくりに、緊急乗務員会議は終わった。

 職員Aは、それぞれ仕事に戻る同僚を見送る。彼はこれから仮眠をとって、それから山越えの間の職務に当たる予定だからだ。だがその目は疲れている感じでもなく、何かを抱きギラギラとしている。全員がいなくなって仮眠室に入り、横たわった彼の口元には笑みがあった。

 彼には、実は犯人の目星がついていた。

 ずっと怪しいと思ってきて、ここへ来てそれが確信に至ったのだ。

 それは二等客室にいる、二人組の客。

 この列車は十二両編成で、先頭と最後尾がそれぞれ運転席であったり乗務員の休憩スペースだったりする。客室はそれ以外の十両部分で、そのうちの四つが寝台車だ。ここには件の事件現場となった一等客室も含まれ、最大でも十人ほどしか収容しない二等客室が一両、残りはベッドぐらいしか置かれていない個室を、二階部分まで詰めた三等客室だ。

 残りの六両のうちの五両は普通の座席が並んだ車両で、寝台車に部屋を取らずにここで寝起きする乗客も少なくない。なぜならば寝台車はまず割高で、さらにせいぜい夫婦一組ぐらいしか想定されていないために団体客には不向き。それに庶民に取れるのはせいぜい三等ぐらいなのだが、わざわざ取るほど寝心地がいいかというと乗務員でも言葉を濁す程度である。

 話を戻そう。職員Aが容疑者を見かけたのは、残る車両部分。多くの乗客が利用する食堂車の二階部分だった。ここは基本ビュッフェとなっていて、各々が好きなものを皿に取る。

 窓際の、それなりに景観のいい席。

「いやはや、さすがは大陸横断鉄道だね。そこらのレストランと変わらない味だ」

 そんな感嘆を漏らす少年がいた。

 金髪に赤い瞳の、華奢な黒衣の少年だ。

 少々くたびれたコートを椅子の背もたれにかけ、今は肉料理を口に運んでいる。ナイフやフォークを操るその手つきは慣れたもので、普段からそういうものを使い慣れているのだろう。

 最近では飲食店を中心に庶民の間にも広まりつつあるが、基本的にナイフというものは貴族のための食器だ。そもそも庶民は、ナイフを使って切らなければならないものを食べない。

 魚はフォーク一本で食べられるし、肉は予め切り分けてから大皿に盛られる。そもそも肉自体がなかなか口に入らないが。いずれ庶民も普通に使うだろうが、今は不慣れな人が多い。

 なのでこの食堂車も、ほとんどがフォークだけで食事をしていた。たまにナイフを使っている乗客もいたが、身なりからしてそれなりの生活水準にありそうな人物ばかり。

 そこへきてこの少年は、それなりの身なりではないのに慣れていた。

 それは向かい側に座っている、黒髪の少女も同じ。二人は、というより少年は実に楽しげに食事を平らげると、少女を伴って席を立つ。少女は終始言葉少なく、表情の変化はなかった。

 年若い二人が乗っていても、別に気にはならない。ナイフが扱えるのも、若い世代はそういう珍しいものにすぐ食いつくものだ。そして見栄と自慢もあるのだろう、慣れるのも早い。

 問題は、明らかに収入も決して多くないだろう二人が、さも当然のように二等客室へと姿を消したことだ。偶然、二人が向かうのと同じ方向に用事があって、それで見てしまったのだ。

 二等客室は何らかで巨額の収入を得ている人物が主な客層で、例えば企業の役員や社長などが中心になっている。決して、あんな若い少年少女が使うような部屋ではない。

 貴族や金持ちの家の子だとしても、もっと立派な服装を着るはずだ。当然、鍵がついた扉を使っているので勝手に入り込むことはまず不可能だろうから、あれは彼らの部屋なのだろう。


 ――あやしい。


 二等客室のチケットを買うだけの収入を、あんなにも若い二人が得ているわけがない。とはいえ実際に購入して滞在しているのだろうから、何らかの手段があるのだろう。

 そう、例えば――貴族から宝石を盗み、それを売り払う、とか。

 少女の方は無表情だがとても美しい見目をしていて、好事家が気に入りそうな雰囲気だ。少年の方も負けず劣らずで、こちらはヒマを持て余す女性が気に入りそうに思う。

 Aが描いたシナリオはこうだ。二人はもって生まれたのだろう見目を利用して、まず一等客室を使うような貴族に列車内で近づく。すきを見て宝石を盗み出す。それを怪しまれないようにしっかりと隠し持ち、列車を降りた先で素早く換金。次の獲物を探しに行く。

 完璧だ、と彼は笑った。

 あとはその証拠をつかむだけである。証拠は、できれば確実なものがいい。盗まれたらしい宝石類を、彼らの荷物から取り出すのが最高なのだが、さすがに荷物を改めるのは不可能だ。

 そうなると、第二の犯罪を犯すところを捕まえるべきか。盗まれた宝石は決して量が多いわけではないらしいので、次の犯罪に手を出す可能性は高いといえよう。そこを捕まえれば。

 彼女は――Bは、Cに向けている目をこちらに向けてくれるかもしれない。

 うまく行けばそのままCを出しぬいて、Bの心を手に入れることが叶うかもしれない。いやきっと叶う。そう思った職員Aは、彼らを『監視』し、必ず尻尾をつかむと誓ったのである。

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