2.理想の少女
何をしているの、と背後から声をかけられる。
セドリック・エクルストンは、ゆっくりと後ろを見た。この屋敷に来て数年。常に背後から現れる義理の妹が、この上なく不機嫌そうに腕を組んだ状態で立っていた。
彼女の名前は、ディアナ・エクルストン。
この屋敷の住民でセドリックを引き取った男の一人娘だ。義兄より二つ年下であるはずの彼女だが、同年代の誰よりも大人びているように見える。……いや、むしろ色香があった。
長い、艶やかな黒い髪。
その向こうには鮮やかな金色の瞳。
未だ身体の起伏は乏しいが、それを補うほどの雰囲気がある。すでに身体は大人の仲間入りを果たしつつあるセドリックの同年代の少女らより、幼さが際立つ義妹の方がオトナだった。
「ねぇ」
と、彼女は部屋に引きこもっていた義兄を見て、その瞳を細めた。
小首をかしげる姿は、実に可憐に見える。
「お兄様、今、何してるの?」
「別に……何もしていないよ、ディアナ」
「嘘ばっかり。何か隠しているんでしょう? 知っているのよ?」
こつ、とディアナは部屋の中に入ってくる。彼女の、ぬいぐるみなどに溢れたかわいらしい部屋と違って、セドリックの自室は本に溢れた書庫か書斎のような部屋だった。
書庫にベッドを置いてある、と言ってもいいくらいだろう。
床には棚に入りきらない本が置かれ、塔を築く。かろうじてモノを書くスペースが確保されているだけの、本が詰みあがった木の机。その上にいる『それ』に、彼女は目を留めた。
そこにあるのは、義妹によく似た容姿のドール。
にぃ、とディアナの笑みが深まる。誰もが息を奪われるほど魅了される、けれどセドリックのすべてを破壊しつくす微笑み。ほんのりと紅を差した唇が、つい、と曲線を描く。
「やぁよ、お兄様。お兄様にはディアナがいるのに」
ぎゅうっと抱きついてくる義妹を、彼は躊躇わず抱きとめた。
躊躇うことなど、できやしないのだから。
両親亡き後、孤児院に行く予定だった彼を引き取ったのはディアナの父。
地元でも有名な名医ヴィクター・エクルストンだった。彼とセドリックの両親は友人関係にあったらしく、天涯孤独となった友人夫妻の子を引き取ったことで彼の株はさらに上がった。
もちろんある程度の打算はあった。セドリックは頭がよく、いずれは娘と結婚させるつもりだった。なぜ、それをセドリックが知っているかというと、本人から直接告げられたからだ。
そして暗にこういわれた。
――あれを、ディアナを妹と思うなと。
幼い彼女を兄として大事にしていたセドリックにとって、それは衝撃だった。確かに妹のように思っている相手と、結婚することは考えられない。ヴィクターは、絶対にこの頭のいい少年を手放したくはなかったのだ。何が何でも、娘と結婚させて『息子』にしたがった。
そう、だから義父は事実を放置している。
学校のない休日の真昼間から、兄の部屋を訪ねては迫る娘を。彼女に流されるまま、肌を重ねている義理の息子を。日によっては、一日中行為に耽っている兄妹を。
そうやって他所に女を作れないように。
彼は、娘さえも使ってセドリックを絡めとっていた。
「お兄様……最近、寂しいの。遊んでくれないもの」
ディアナはにっこりと、背筋が凍るような笑みを浮かべる。首の後ろに腕を回し、ついばむように唇を肌に寄せて音を鳴らす。セドリックは妹の腰に手をまわし、抱き寄せていた。
「そんなのに、浮気、していたの?」
「……あれはただのドールだよ」
「そう。じゃあ捨てて」
「でも……あれは」
「お兄様はあたしが嫌い? ねぇ、あたしが嫌い? あたしなら、あんなお人形と違って何でもして上げられるのに。万が一にできちゃってもね、お父様が何とかしてくれるもの」
「……ディアナ」
「それにできちゃったら、結婚すればいいのよ。お兄様が旦那様。お父様だってそれをお望みなんだから。一応はお薬をくれるの。でもお兄様が望むなら、それをお父様に返すわ。どんな子供が生まれるのかしら。お兄様はかっこいいから、きっとステキな赤ちゃんが生まれるわ」
うふふ、とセドリックをベッドに押し倒し、ディアナは笑っている。
家の外では見せない、この屋敷の中だけで晒される彼女の内面。この笑みと共に、初めて押し倒されたのは半月ほど前になるか。彼が、初めてラブレターなるものをもらった日の夜。
いきなりやってきた妹は、寝起きの兄に馬乗りになった。
薄い寝巻きも脱がないまま、何の準備もしないで強引に身体を繋げられる。何が何やらわからないまま、セドリックは己の上で欲と身体を貪る、妹だった『女』をただ見ていた。
――お兄様は、あたしだけのモノなんだから。
そう言ってディアナは、義兄を貪る。
あの夜から何度も、どこでも、いつでも。
セドリックは知っていた。
そう言ってセドリックを貪るディアナの声を、ヴィクターが聞いていたこと。元々、過剰なくらいにセドリックに惹かれていた彼女を、彼が受け取ったラブレターをネタに唆したこと。
そして、父親の顔をして囁くのだ。
欲しいならば奪えばいい。
そのために、お前は女という性を持って生まれたのだと。
彼女は父親に従順な令嬢だった。
父親が言うままに、欲しいものを奪いにきた。そして奪い続けた。セドリックが心に抱く理想の中にいる『彼女』を否定し、少しでもそれを求めれば半狂乱で泣き喚いた。
そして言うのだ。義理とはいえ妹の身体を抱いておきながら、味わっておきながら、今更逃げ出すなんてひどいと。勘違いさせたお前が悪いと。ほんの少しの罪悪感で、縛り上げて。
そうなると、セドリックにできることは一つしかない。
妹に乞われるままに抱いて、彼女が満足するまで相手をして。
彼女の願いを、叶え続けること。
「……わかったよ、じゃあ、捨てよう」
「お兄様!」
「ボクは、キミを『愛している』からね」
床に落ちた服を拾いながら、セドリックは妹に言う。
彼女はまだベッドの中。けれどその一言を淡々と告げると、発育も進んでいない身体を隠しもしないで、兄に飛びついて甘えてくる。もう一度、朝まで一緒にいましょう、と笑う。
セドリックには、この父娘に抗う手段などなかった。養われている、奴隷なのだ。二人の意のままに動かなければ、わずかな自由さえも奪われるのは、子供でも理解できている。
だからセドリックは笑って、ドールを妹に手渡す。
ここは、彼女の手で処分しないと納得しないと、知っているから。
翌日、ディアナはとても嬉しそうに、そのドールを踏みつけてから川へ捨てた。これで兄様はあたしのものなんだから、と笑う彼女の背を、彼女の義兄は静かに――冷たく見つめる。
この日から、セドリックは仮面を被った。
笑みを浮かべた仮面を付け、義妹に媚びるように生き始めた。以前にもまして、彼は妹の異のままに動くようにして、彼女が望むままに求めるままにその身体を抱いた。
すべては、未だ理想の中に佇んでいる、最愛の少女を守るために。
いつか、この牢獄から飛び立つ日を迎えるために。
――今はただ、この小さなコアを抱いて、夢を見て眠る。




