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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
牢獄に繋がれた魔人
25/84

0.決別

 格子をはさんで向かい合う二人。

 牢獄に繋がれた黒髪の男。彼をじっと見ている金髪の少年。

「引き取って育ててくださり、ありがとうございます、義父上」

 少年は、赤い瞳を細めて言った。男はわずかに笑みを浮かべて、少年を見ていた。

 二人の関係は、師弟。

 けれど、その前は義理の父子だった。

「一応、お礼を言っておきますよ。あの時は、言えませんでしたから」

 くすり、と少年――稀代の人形師にして若い《魔人》セドリックは笑う。そこには愉悦と嘲りが浮かんでいて、唇からは次々と男が侵し続けた罪が暴かれていく。

 そして男は知ったのだ。己を牢獄に繋ぎとめたのは、かつては一人娘の婿と望み、かつては己の後継者と望み、かつては天才少年という名を欲しいままにしていた、彼だと。


「……なぜ、と、問いたいですか?」


 冷たい格子に指を絡め、必死に少年を見上げる男。

 そこに浮かんでいるのは疑問だった。

「ボクは、セドリック・フラーチェはね――理想の狂信者なんですよ」

 ゆえにそれを冒涜する存在を許さない。

 若い《魔人》は笑い、老いた《罪人》は言葉を失う。

「見た目の『色』が似ていただけの義妹――愛していると嘯きながらボクを奴隷のように扱ったあのあばずれに、仮にも天才と呼ばれたボクが、本気で愛するわけがないでしょう」

 あれより少しでも髪が黒くなければ。

 瞳が金色でなければ。 

 自分は、あの義妹には指一本も触れなかっただろう。金を積まれてもお断りだ。世の中、選ぶ権利というものがあるとセドリックは思う。そういう意味で、義妹だけは断固拒否だった。

 けれど、一つだけ良い点もあった。

 どんなに乱雑に扱っても、義妹は抵抗一つしない。

 誘えば、たやすく足を開いた。

 そこら辺が、実に都合がよかった。

 セドリックは彼女の外見以外の価値は見出さなかったが、相手はいろいろとこちらに価値を見出していたらしい。それに気づいた瞬間、彼の中で今日に至る何かが動き出した。

 そして始まったのは演劇。

 彼女――ヒロインの思うままにふるまう主人公のフリ。

 それは彼女が、義妹が想像を絶するような有様で死ぬまで続いた。

 ある朝、川で発見された彼女は衣類を身につけておらず、全身に痣を浮かばせ、顔は殴られたのか腫れ上がり、美少女と呼ばれていた面影などどこにもなかった。

 その凄惨な姿から、何が起こったのかは火を見るより明らかだというのに、犯人像の手がかりすら満足に掴めないままに、十数年ほど経つ頃には事件は迷宮入りになったという。

 その死は長い時間が流れた今も、地元では美少女の悲劇として語られる。まぁ、デビューして間もない社交界で、絶世の美少女として有名だったから当然だろう。

 ましてや、死に方が死に方だ。

 わかりやすい悲劇として、語られてもおかしくはない。

「あなた方はボクの理想を侮辱した。ボクのすべてである『理想』を踏みにじった」

 そんな方々にはね、と彼はうっすら微笑んで。


「尊厳を根こそぎ奪う『罰』は、実に似合いだと思いませんか?」


 件の少女の義兄だったセドリックが、愉悦に声を震わせて言った言葉。

 その瞬間、呆然としていた男の茶色の瞳に光が戻った。大きく瞳を見開き、格子をがしゃがしゃと揺らして、男は娘に降りかかったおぞましい悲劇を楽しそうに語る少年を見る。

 何度か考えたことがある。己の『実験』を世間に叫んで、ここに繋いだのはこの義理の息子ではないかと、これまでの間に一度も思わなかったといえば嘘になった。

 だがその口ぶりには、父親だけではなく、その娘も含まれている。

 まさか、とつぶやいた男の声に、答えるように。

「――すばらしい名演技、だったでしょう?」

 あの日、義妹の無残すぎる亡骸に縋り、大声で泣いていた彼は笑った。

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