5.いつか同じ存在に
部屋に戻ってきたセドリックは、いい感じに酔っているようだった。
かてぃー、と舌足らずな声を発したかと思うと、出迎えたカティに抱きついてそのままベッドへと倒れこむ。ぎゅうぎゅう、と腕に収めたドールを抱きしめ、彼は実に満足げだ。
――抱き枕扱いはいつものことですが、押し倒されたのは初めてでしょうか。
ため息を零しつつ、少しだけ熱いその身体を抱きしめ返す。少しだけ重いと感じるが、彼が囁く愛の方がずっと重苦しいので、物理的な重さはあまり気にならなくなっていた。
こういう時、ドールでよかったとカティは思う。
「セドリック……重い、です」
「ボクの愛だよ、カティ」
「精神的にたくさんいただいていますので、物理的な方は遠慮したいです」
「でもね、ボクはカティにいっぱい知ってほしいよ」
笑いながら、セドリックは仰向けになる。
腕の中に納まったカティごと。
カティを腕に抱き、セドリックは上機嫌だ。酔いもあるが、普段から彼はカティを抱きしめているとやたらテンションが高い。そしてすこぶる機嫌が良くなる。
ただ、抱きしめているだけなのに。
カティは思うが、彼にとってはいろいろと意味があるようだ。
「あぁ、そうだ。カティのおせっかいは、たぶんいい方向にいくと思うよ」
「……そうでしょうか」
セドリックが言っているのは、カティとアルヴェールの会話についてだ。さっきまで彼と酒盛りをしていたから、その時に話を聞いたのかもしれない。
だが、彼がそういう風にいうなら、あれは無意味な行いではなかったのだろう。
どういう風になるにせよ、好転するなら幸いだ。
「すぐにはかわらないよ。何せ意地の張り合いは年季が入ってる。そう簡単に、変化できるほど子供でもないからね。でもきっと、二人は昔に向かって歩き出せる」
「そう、ですね。そうだとわたしは嬉しい、と思います」
「ボクも同意見だよ、とはいえ、実にはた迷惑なバカップルだと思わないかい? こうやっておせっかいで焼き払ってもらわないとさ、愛を囁くことさえできないとは。というかアルがヘタレすぎるんだよ。マルグリットほど、純粋な愛を捧ぐ女性をボクは見たことがない」
「純粋……」
「彼女は知っていた。高みの《叡智》を得ても、ただ残り時間が延びるだけだと。更なる高みにある花を、もし……彼女が得る方法に気がついてしまって、そして実行したとしたら?」
笑みを伴い紡がれたセドリックの言葉に、カティは一瞬、言葉を失う。
すべてわかっていて、あえて高みから手を引いた。ココロから愛する人を《叡智》よりさらに上の高みへと連れて行くためだけに、その身を道具と成すために。
「……つまり、彼女はわざと不死人になった、と?」
「彼女ならそれくらいはやるよ。だってアルヴェールを愛しているから。彼女は、ボクと同類なんだよ。愛するものを手に入れるためなら、いかなる犠牲も払う。己さえ供物にできる」
そしてマルグリットは、自分を不死人という『供物』にしたというのか。
けれど、思い当たるふしはある。
あれだけあっさり、己を食らうことを彼に求める彼女ならば。
最初から、すべて計算しつくした上で行動しても――おかしくはない。
そこまでしたのは、愛する人とずっと一緒にいたいという、願いをかなえるため。そして彼女の願いは叶っている。これからもきっと、叶い続けていくのだろう。
「まぁ、誤算だったのは――アルヴェールの気持ち、なんだろう。彼の技術は、彼女のためだけに培われている。口にできない愛の代わりに。見目を整えるのも仕事をするのも。全部彼女が不自由なく暮らせるように。バカだよねぇ、ずっと二人して、声にならない愛を叫んでさ」
くすくす、とセドリックは笑った。
不老を与える夫と、不死を与える妻。
カティには、その関係は実にすばらしいもののように思えた。すばらしい、というより、憧れのようなものを抱かせるというべきか。自分は何も与えられない、だからこその。
そんなことはないよ、と、カティを腕に抱く魔人は言う。
ただ、カティは自分の傍にいるだけでいいと。
「ボクの夢はね、カティと一緒にいることだ」
「……はぁ」
「いつか、ボクはヒトと見紛う音色を手に入れる。それが手に入れば、きっとね」
ふふ、とセドリックはもったいぶるように笑いを零し。
「ヒトの音色をコアに入れることだって、できるんじゃないかなと思う」
「――は?」
「そう。ボクもドールになればいい。でね、互いに互いをメンテナンスしながら、二人で生きていくんだよ。永遠にね。それはすごくすばらしいことだと、幸せなことだとボクは思うよ」
どうせアルもいるだろうから寂しくないね、と。
セドリックはまるで、すでに決まっていることのように未来を語る。いや、そんな未来を自分こそが導くのだと、宣言するかのようだ。相変わらずの自信に、カティに苦笑が浮かぶ。
でも――ヒトがドールになるなんて。
そんなのムリだと誰もが思い、そして彼を哂うだろう。
だが。
「……そうですね。それなら、あなたも一緒にいられますね」
いつか遠い、ずっと遠い未来の世界。
きっとあの魔人と不死人の『夫婦』は変わらず、少し変わった愛の言葉を交わしながら永遠を謳歌しているだろう。ドールであるカティも、きっと同じように存在している。
けれどもし、そこにセドリックがいてくれたならば。
それはきっと何にも勝る、幸せではないか。
セドリックに抱きしめられながら、カティは思っていた。




