表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
倒錯的嗜好者の純愛
23/84

4.言葉の代わり

 深夜のリビングにて二つの影が揺れる。

 ほのかなランプに照らされる、金髪の少年と、長い銀髪の男。

 二人は、アルヴェール秘蔵の酒を酌み交わしているところだった。彼らのパートナー二人はそれぞれすでに眠っている、はずである。少なくとも、どちらもこの場にはいない。

「相変わらずなんだねぇ、キミは」

 からから、とグラスを鳴らしながら、セドリックは笑う。シンプルなグラスは無色透明のガラスで作られていて、中には卵ほどの大きさの氷が一つ、酒の海に浮かんでいる。

「愛するものを貪るのは、そんなに罪なことかい?」

「……お前」

「ボクは、キミが羨ましい。ボクには、そんなことできない。叶わないから」

 セドリックが、何より大事にしている存在は『生物』ですらない。それは、彼女の身体を作りあえげたアルヴェールなら、わかるはずだ。セドリックが羨ましいと告げる意味を。

「いいじゃないか、血肉をすする愛があっても。そういう奇妙な愛でも」

「……酔ってるのか、お前」

「酔ってない」

 どこがだ、とアルヴェールは、赤い顔をした友人を眺める。

「本人が違うというんだから酔ってない。ボクは下戸じゃないからね。あぁ、それでね。酔ってもいない友人を酔っ払いと決め付けるキミに、一つ頼みがあるんだよ」

「……またか」

「そう、また、だ」

 セドリックはグラスの中身を、一気に飲み干してから。

「カティを頼みたい……ボクがいなくなった、その後」

「いったい、何百年先の話だと思っているんだ」

「魔人といえども、血肉はヒトのままだ。事件事故でぽっくり逝くかもしれないよ?」

「引きこもりの分際でか」

「だって、ボクは不死ではないからね」

 ゆえの願い。

 セドリックという主がいなくなった後の、彼女の安全。そのボディは、もうアルヴェールでなければどうにもできない代物だ。万が一にも壊れた場合、彼以外には直すこともできない。

 だから、彼に託す。

 最愛の彼女を。

 何かを考えるように黙っていたアルヴェールは、グラスの中身をあおる。からん、と液体の失せたグラスの中で、少し溶けて丸くなった氷の塊が音を立てた。

 彼はそれをテーブルに残し、立ち上がった。

「大事なものぐらい、自分で守れ」

 酔っ払いの戯言は忘れてやる、と。

 アルヴェールは彼の金髪をぐしゃぐしゃと撫で、リビングを後にする。

 残されたセドリックは、しばらく不満そうに酒をあおっていたが。

「ったく、素直じゃないヤツに言われたくない」

 ぼそりとつぶやき、少しふらつきながらリビングを出た。目指すのは二階の、彼が寝泊りする客室の一つ。そこにいるはずの愛しいドール。彼が何よりも愛し、守りたいと思う存在。

 早く、その身体を抱きしめたかった。

 抱きしめたく、なった。



   ■  □  ■



 アルヴェールが寝室に戻ると、すでに彼女は眠っていた。

 彼が入る部分をあけて、ベッドの隅っこで少し丸くなっている。昔から、彼女はネコのように身体を丸めて眠ることが多かった。すっかり見慣れた姿に、けれど彼は目を奪われる。

 思わず触れたのは、やわらかい髪だった。

 次に頬に触れ、指の背で撫でる。

 いくら寝入っていても、さすがに触れられれば目が覚めたのだろう。

「……あ、る?」

 うっすらと開かれたまぶたの向こうに、緑色の瞳が覘く。

 どうしたの、とかすれた声。まだ意識がはっきりしていないようだ。普段、寝起きがいい彼女にしては珍しいように、アルヴェールは思う。いつにもまして、今夜の彼女は幼く見えた。

 身体を起こそうとする彼女を、そのままベッドに押し倒す。

 とはいえ、客人もいるし――今夜は、何かをするつもりはなかった。アルヴェールは開いているスペースに入り込むと、未だぼんやりしている彼女を、そのまま腕の中に収める。

 こうして、ただ抱きしめるのもどれくらい振りか。


 ――わたくしを食し、どうか永遠を手に入れてくださいませ。


 彼女はそう言って、己の立場を変えた。最初は抵抗を試みたが、次第に現実を知る。権力も何もないアルヴェールには、彼女を守る術がない。戦うことも、隠すことさえできないのだ。

 唯一の武器は、彼女がもたらす永遠。

 そして決めた――永遠を喰らい、そして彼女の傍にい続けると。

 だから、彼は愛を語ることをやめた。あのドールの少女に告げたように、彼には愛するものを喰らう趣味などない。だから、これは――この腕の中にいるのは、愛する人ではない。

 必死に言い聞かせ、二人の間に線を引き。

 そして二人は、元夫婦という関係すら名ばかりになった、奴隷と主人になった。

 間違っていたとは、思わない。

 実際、アルヴェールの時間は有限だ。何もしなければ、彼女を一人遺してしまう。そうなった後のことを想像すると、やはりこの方法しかなかったのだと何度でも思う。

 きっと彼女だってそれがわかっていて、だから。

 だけど、だけど。

「マルグリット」

 腕の中にいる、彼女が少し身じろいだ。

 薄暗い中、その耳が少しだけ赤く染まっているように見える。

「俺は」

 言いかけて、止まる。何を言えばいいのか、考えていないことに気づいた。愛してる、ずっと一緒にいたい。そんな言葉を、無意識にでも言おうと思ったのだろうか。

 けれど、今更認められるわけもない。認めたら、手にした永遠を投げ捨てそうになる。彼女のためといいながら、守るためといいながら、実際は自分のためかもしれないと。

 もし、そんな本音が胸のうちにあって、それに気づいてしまったら。

「……アル、どうか、しましたの?」

 腕の中から声がする。不安そうに少し揺れた、彼女の声。


 ――愛するものを貪るのは、そんなに罪なことかい?


 理想を追いかける、友の声が耳の奥に浮かぶ。

 彼はきっと、こう言いたかったのだろう。


 ――愛するものを貪れることは、そんなに不幸なことなのかい、と。


 実にヤツらしい。どこか歪な考え方だ。

 だが――それを好ましい、と思う自分もまた、どこか歪なのだろう。

 ではまず、最初の一歩から始めようか。いきなり近づくと、きっと彼女は怖がる。常に穏やかであるように見えて、一番の怖がりなのが彼の――アルヴェールの『妻』になった女性だ。

 まぁ、その分一度決めたことは絶対に曲げない頑固者なのだが。

「いや……ただ、俺は」

 また悩み、やはり言葉にできず。

「ずっと、言いたいことがあったんだが、まだ口にできそうにない」

 だから態度に、示そうと思った。

 身体ならばきっと、頭よりは簡単に言うことを聞く。そして、直接の愛をどうしても告げられないならば、もっと違う言葉にして伝えればいい。彼女に、ちゃんと届くように。

「おやすみ、マリー」

 数百年ぶりに、彼女の名前を――愛称を声にした。

 ぴくり、と腕の中の『妻』が震える。

 泣いているようだ。

 名前は呼んであげられるのに、声にならない『泣かないで』を伝えるために、アルヴェールは彼女の華奢な背中を優しく撫でる。縋るような指先に口付け、さらに強く腕に抱いた。


 抱きしめて、抱きしめられて。

 そして『夫婦』は眠りに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ