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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
倒錯的嗜好者の純愛
20/84

1.悪食王の寝室にて

 とある屋敷の前に二つの人影があった。

「んー、まだ寝てるかな」

「現在五時ですから、朝の……まぁ、確実に」

「でもまぁ、仕方ないよねぇ」

 遠いんだから、と影の一つ――金髪の少年セドリックは笑う。

 傍らの少女カティは、小さくため息を零した。



   ■  □  ■



 大陸を横断する汽車に揺られ、一日前後。どこぞの魔女が作り上げた移動手段は、馬車で数日かかる距離を、一日弱で駆け抜けるほどの速度を誇る。二人はそれに乗ってきたのだ。

 セドリックはいつものように、ダボダボとした衣服にゴツ目のブーツ。北の方にある土地なので厚手のコートを羽織り、ついでにマフラーも巻いている。

 カティもいつもよりは厚着だ。もこもことした大き目のストールを巻き、頭には帽子。ちなみにドールの感覚はいつでもオンオフ可能で、別に厚着しなくても切ってしまえば終わりだ。

 だが、セドリックが『見た目が寒い』というので、仕方なく厚着している。


 ――でも、絶対に新しい服のお披露目ですよね。


 アルヴェールを尋ねる、と言い出してすぐに買ってきた新しい服。カティはそれを、セドリックに言われるまま着ているのだが、おそらくは見せ付けたいのだろうと思う。

 特定の誰かというわけではない。

 カティを目にする、ありとあらゆる存在に見せ付けたいのだ。

 ほら、ボクのドールはこんなにも可愛い、と。

 一番自慢したい相手は、屋敷の主だろうとカティは思っている。互いに異性のパートナーが存在しているからか、二人は時々無意味な争いをする。巻き込まれる側はいい迷惑だ。

 ふと数年前の、悪夢がよみがえる。いかに互いのパートナーが美人か、と張り合う二人が勝負の場として選んだのは、偶然にも二人同時に誘われていたある貴族の夜会だった。

 コルセットをぎゅうぎゅうに巻かれ、ドレスを着せられ。周囲からの羨望と嫉妬のまなざしや言動をぶつけられ。あの時は、つくづく自分がドールでよかったとカティは思った。

 その時にいろいろあり、以来セドリックは夜会は断固拒否している。

 華やかな場所にいる彼はとてもステキだったので、そこだけは残念に感じる。

 本人に言うと、調子に乗るから絶対に言わない。

 たとえコアの調律などの過程で、彼に知られていたとしても、だ。直接口にしない限りカティの意思とはとらない、と公言する彼の考えを、最大限に利用させてもらう。

「まぁ、ここに立ってても寒いし、さっさと中に入るか」

 門扉を押し開け、二人は敷地に足を踏み入れる。

 どこかで花が咲いているのか、ふわりと良い香りがした。

 都と呼ばれる大都市の郊外に立つその屋敷には広大な庭があり、いつ誰が来ても美しく咲き誇る花々を眺めることができる。この周辺でもかなり腕がいい庭師が、整えているものだ。

 屋敷の中は、一階部分にありとあらゆる生活スペースが密集し、二階には客間など普段は使う必要のないものが押し込まれている。基本的に、二階にあがらなくてもいい生活だ。

 それは、この屋敷の住民が基本的に二階を使用しないせいだった。二人暮しというのもあるのだが、階段を見れば転げ落ちずにはいられないドジである主の安全を求めた結果である。

「アルー、セドリックさんが遊びに来てあげたよー。だから勝手に入るよー」

 もらっている合鍵で、勝手に屋敷に入る。カティは帽子を脱いで、少し乱れた自身の黒髪をさっと整えた。次にセドリックに近寄り、マフラーを取る。彼の金髪も乱れを直した。

 屋敷の中は静寂に満ちている。

 誰もいないということはないはずだ。セドリックほどではないが、アルヴェールも結構な引きこもり気質なところがあり、仮に出かけている場合は門扉に鍵をかけてそれを伝える。

 となると、やはり時間が時間だから、寝ているのだろう。

「……うーん、とりあえず叩き起こすか」

 早寝早起きは大事だよね、とセドリックは笑う。

 言う自分ができていないのに何を、とカティは思ったが、静かにうなづいた。

 この魔人の頭の中には、人のふり見て我がふり直せ、という古の言葉が存在しない。ゆえにここでクドクドと文句を言ったところで、本人はまるで気にしないし、気に留めもしない。

 荷物を玄関先に放置し、セドリックは屋敷の奥へ向かう。

 何度も訪れている屋敷の内部は、ほとんど把握しきっていた。

 二人はまっすぐ、最短でアルヴェールがいるであろう、というより眠っているだろう寝室の扉の前に立つ。一応、見た目でそれとわかるよう、ここだけ扉の種類が違っていた。

「突撃どーん」

 容赦なく扉を開くセドリック。ノックぐらいすればいいだろうが、半分以上嫌がらせ要素を含む行動ゆえに、そこらへんの気配りなどはあえて無しだった。

 セドリックの作戦としては、おそらくこんなところ。

 まず、眠っているアルヴェールを叩き起こす、あるいは蹴り起こす。その間に、カティがマルグリットを確保。二人とも朝食無しで来ているので、朝ごはんを一緒に作りに行く。

 その間、寝起きが悪いアルヴェールで、セドリックが遊ぶ。


 ――最悪ですね。


 後で遊ばれていたことを知った彼が、どんな反応を見せるのか。想像するだけで、カティとしてはあまり生きた心地がしない。その結果、迷惑をかけるであろうマルグリットも哀れだ。

「……うるさい、誰だ」

 開けられた扉をさぁくぐろう、というところで、先に向こうから誰かがやってくる。

 現れたのは――長身の、ついでに裸の青年だった。

 一応、寝巻きらしきものを羽織ってはいるが、布の下には何もないのはほぼ間違いない。

 長い銀髪は少し乱れ、貴婦人方を魅了してやまない紫色の目はうつろ。

 完璧なほどに、誰がどう見ても彼――アルヴェール・リータは寝起きだった。目の前に誰かが立っているのは認識しているようだが、それが誰かまではまだ把握できていないらしい。

 彼は穴が開くほど、セドリックを見つめ続ける。

「アル、どうしたの?」

 背後からひょっこりと顔を出すのは、儚げな栗色の髪の女性。

 真っ白いシーツで身体を包み、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。彼女は寝ぼけていないようで、来客を見て少しだけ目を見開き、恥らって頬を染めた。

 それを見たセドリックは。

「カティもあんな反応してくれたらなぁ……」

「……」

 ふざけたことを言うので、カティは思いっきりその足を踏みつける。床に崩れ落ち、悶える主を他所に、カティはようやく目が覚めてきたらしいアルヴェールに向き直った。

「おはようございます、アルヴェール」

「……あぁ」

「わたしとセドリックはリビングにいますから、どうぞ身支度を」

「……あぁ」

 長い銀髪を揺らし、寝室へと消えていく後姿。

 扉が閉まる時、中の空気がかすかに廊下へと溢れてくる。

「相変わらずの暴飲暴食だね」

 そこに含まれる鉄錆のような香りに、セドリックは苦笑してみせた。

 立ち上がった彼は、わずかに足を引きずりながらリビングの方へ歩いていく。少しだけ室内が気になったカティだが、覗くわけにもいかないから、おとなしく主を追いかけていった。

「とはいえ、以前よりは少しマシかな」

「そうですか?」

「うん。カティがいなかった頃は、寝室に足とか腕が転がってたから」

「……」

「抱きながら、もぎたてを食べるのが、好きだったみたい」

 それは新鮮ですね、とカティは一言返すだけで精一杯だった。彼女は、マルグリットは不死ではあるが一応まだ人間だ。ドールと違って、痛覚を意識して切るなんて機能はない。

 一応、薬物を使う手もあるが……一度ではすまないから、使えないだろう。

「なぜ彼は、そこまでして悪食を続けるのでしょう」

「ん?」

「不老不死、というのはそこまで魅力的なのでしょうか」

 問いながら、けれどカティの中に答えはある。魅力などわかりきっている。魔人や魔女となってもなお得られない『永遠』は、世界の多くのものが追い求める夢だ。

 間接的にとはいえ、アルヴェールはそれを手に入れている。

 マルグリットという『魔法』で、手にしている。

 不死人に終わりはなく、魔人や魔女には終わりがあった。

 そして、不死人の身体を食らえば、それなりに残り時間が延ばされる。ならば、マルグリットを日々貪っている彼の『残り時間』は、いったいどこまで延長されているのだろうか。

 カティには理解できない。

 そこまでして、生き長らえる意味が。

「ボクだって……永遠をもらえるなら欲しいよ」

「……そうなんですか」

「だって、カティも永遠を生きられるから」

 笑顔で言われ、戸惑う。

 確かにドールもまた、コアを破壊されない限り永遠に存在できる。そして音色は、複製することさえ可能だ。カティは、カティを『作る』存在がいる限り、消えない。

 それは不死といえるのかもしれない。

 問題は、カティが『生きている』存在なのか、というところだが。

 無機物で作られたこの身体を、生者の身体としてもいいのか。

「難しいことは考えないでいいんだよ。ただ、カティは永遠を得ているってことさ」

「けれど、でも」

「不死人は死なない。死ねない。永遠を手にしている。対するボクらには、人間よりは優遇されているとはいえ、それでもいつか必ず終わりがやってくる。……この意味、わかるかい?」

「……えっと」

「ボクはいつか必ず、カティを置いて逝く。ボクは有限だからね」

 だから羨ましいんだよ、と。

 それがいかなる方法であろうとも、永遠を手にしているであろうアルヴェールが、とてもという言葉では表せないほどに羨ましくて。時々、苛立つほどに妬ましいと思ってしまうと。

 セドリックは苦笑して、リビングの扉を開けた。

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