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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
或る舞台女優の死因
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1.ひきこもり魔人と忠実なドール

 この世には、その理をさえも支配する叡智を知るモノがある。

 魔人もしくは魔女と呼ばれる、ヒトから逸脱し、ヒトを超えた不老長寿の存在だ。

 ――不老長寿。

 そう、この世に不死というモノは、基本的に存在しない。

 魔人も魔女でさえも、彼らが作り出すドールにさえ、その命の『限界』はきっかりと定められている。ヒトと比べて、三桁から四桁ほど余分に貰えているが、それでも彼らは有限だ。

 すべてはいずれ死に至り、魂は世界を循環して絶えず移ろい続ける。

 この世の中には、永遠などありえない。

 唯一つだけ――高みに至り損ねた《不死人》を除いては。

 今から数百年ほど昔、その高みに至り《叡智》を手にした少年がいた。澄んだ金の髪に赤い瞳を持った、息を呑むほどに美しい容姿を持つ――名前はセドリック・フラーチェという。

 彼は魔人の中でも、かなりの変わり者で有名だった。

 しかし本人は、自分は普通だと言い張っている。

 グラマラスなボディのドールに布切れとしか言いようの無い服を着せ、ご主人様と呼ばせ侍らす変態いう名の自称紳士とボクを一緒にしないでくれ、というのが彼の主張だ。

 彼は――セドリックはただ、愛しているだけだ。

 カティという名前の、自らが作り上げたドールの少女を。

 そんな彼の愛を一身に受けるカティは、基本的にセドリックに従順だ。ひきこもり気質で生活能力皆無の彼に代わり、料理から掃除から添い寝まで、何でもこなしている。 

 だからなのか、彼女は意外と容赦が無い。

 普段は主のやりたい放題ワガママ放題を許しているカティだったが、規則正しい生活だけは厳守させていた。早寝早起きに各食事、そしてサボリがちになる入浴と就寝まで。

 そうしなければ、すぐにセドリックの時間は狂う。カティにしてみれば、昼夜逆転しているうちはまだマシな方だった。だから、何が何でも彼の生活を規則正しくしなければ。

「だからって風呂まで引きずった挙句、水をかけるのはどうかと思うな」

 パンをちぎりながら、セドリックが苦笑する。

 白を基調にしたカティと違って、彼の服は暗い色が目立つ。サイズの合っていない寝巻きのようにだぼっとした服を好み、それでいて足元は丈夫な皮のブーツだ。

 愛用の薄手のコートを椅子の背もたれにかけ、彼はあくびをかみ殺している。

 早寝を強制されているとはいえ寝起きがよいとはいえない彼は、よく風呂場まで運ばれて頭から冷水をぶっかけられている。今朝も、カティが冷水目覚ましの刑を執行したのだ。

 しかし、カティもむやみやたらにそうしているわけではない。

 二人が滞在しているのはそれなりに高級なホテルで、朝と夕に食事が用意される。

 たたき起こしたのは、時間がすぎると食べられなくなるからだ。せっかく用意してもらえるのだから、ありがたく食べなければもったいない。すべてに対して失礼だと、彼女は考える。

 しかも緩く癖のある、繊細な髪を丁寧に乾かしてあげているのだ。

 これほど甲斐甲斐しいドールも、そう多くないとカティは自負している。ましてやカティはほぼ人と変わらない、かなり作りこまれた自我を搭載されていた。

 カティでなかったらもっとひどい目にあっていたか、あるいは見捨てられたか。

「早く起きないのが悪いと思います」

 押し付けられたサラダを押し返しつつ、カティはスープを一口啜る。

 今朝のメニューは焼きたてのパンにスープとサラダと紅茶。最後に出されるデザートはお好みで選べるので、セドリックはフルーツの盛り合わせ、カティはケーキにした。

 こってりとしたコーンスープは、空になったカティのおなかにしみる。

 この言い知れぬ感覚を味わうたび、今のボディでよかったと彼女はしみじみ思った。

 ドールを構成するパーツは、大雑把にするとコアと呼ばれる魂の部分と、それ以外のたった二つに分けることができる。コアやボディにはいろんな種類があり、自作することも可能だ。

 カティの場合、コアはセドリックの自作だが、ボディはそれ専門の知り合いに特注で作ってもらったものを使っている。彼の好みをすべてつっこんだ、いうなら『理想』そのものだ。

 このボディは限りなく人間に近い。

 感触は人間の肌に近く、飲食することも可能だ。

 無論だが、味覚も備わっている。

 それにより、カティ自身の好みというものも、わずかながらに生まれている。どちらかというと甘いものが好きで、同じく甘党のセドリックと取り合いになることも、ごく稀にある。

 昔はどうしても理解できなかった、美食への果て無き欲望。

 味覚を知った今ならば、そこに溺れる気持ちが、わからないでもない。

「カティは、ひどいのか優しいのかわからない」

 あっさりと押し返されたサラダを見て、セドリックが不満そうに言う。

「失礼なことを。わたしは『充分に優しい』ですよ?」

「じゃあ、もう少し優しく起こしてくれたら認めてあげる。そうだな、キスとか。最近ぜんぜんしてくれないじゃないか。キスしてくれれば、ボクは絶対に目を覚ますのになぁ」

「……」

 してもあなたは起きない、と言いかける本能を、カティは理性で抑えた。ここで本当のことを言ってしまったら最後、更なる行為を要求されるに違いない。

 彼は、自らの創作物であるカティに対し、熱烈な愛を語ってくる。

 その愛の結果が、今のボディだ。

 ヒトと同等の機能を持つ、有機的で無機質な身体。

 このタイプのボディは、非常に高価になる。しかも燃費が悪い。食事から続くサイクルに関しては、人間と同じような流れにならざるを得ず、細かいメンテナンスも要求されるからだ。

 何よりも食費だ。セドリックはあまり裕福とは言いがたい。

 新しいボディにより発生している出費は、確実にダメージを与えている。

 確かに食事も料理も楽しいが、ムリにこのボディにする必要はあったのだろうか。

「だって二人暮しなのに一人で食べるの寂しいじゃない。それに、ボクの嫌いなもの食べてもらいたいし、あと好きな子の手料理ってステキ。料理作るなら味見必須でしょ?」

 だから、と笑うセドリックは、もう一度サラダをカティの方へ押し付ける。こうなったらもう彼は絶対にサラダを食べないだろうし、そうするともったいないのでカティは諦めた。

 前からセドリックの偏食は、カティの悩みの種である。

 彼女が彼の好みに合わせて料理できるようになってからは、前よりは食べてくれるようになったのだが、ごく稀にある外出先ではいつも通り。どうにかしないと、健康に悪い。

 いっそ、口移しすれば何でも食べてくれるだろうか。

「それは嬉しいけど……ねぇ、カティ。これから先もずっと、そうしてくれるの?」

 冗談を言うような口調。しかし目が少しも笑っていない。

 あれはむしろ、期待している目だ。いや、要求さえしている。

 カティはゆるく首を横に振って、サラダを完食した。

 セドリックは自らの欲望と欲求に、とても従順に生きている。彼が望むなら、すべてが彼の思うままになるだろう。特にカティについては、何から何まで彼の意のままにできる。

 ある日、目が覚めたら懐妊できるボディにされていても、きっと彼女はついにここまで来てしまったと思うだけで、しかしうろたえたり驚いたりはしないだろう。

 ちなみに現在、そこまで可能なボディはない。

 しかし、行為そのものを『楽しめる』機能がついたボディはある。その特殊機能的にほとんどが娼館か貴族の屋敷にいるそうだが、カティとしては未知の領域過ぎて予測不能だ。

 ふと前を見ると、向かい側に座るセドリックが楽しげに微笑んでいるのが見える。キミのココロの中なんて全部お見通しだよ、と言わんばかりの、実に楽しげな笑みだ。

 彼は夕暮れというよりも鮮血に近い、真紅の瞳をわずかに細めて。

「……試したい?」

「結構です」

 なんだ、と残念そうに呟いて、セドリックはデザートのフルーツを口の中へ。

 カティも食後の紅茶で喉を潤しつつ、ケーキを食べる。ベリー系のフルーツが盛られた甘酸っぱいケーキは、甘ったるくなく食べやすいので、似たものがあれば迷わず注文していた。

「一つ、訊いてもいいでしょうか」

 そして、食事もほとんど終わりかけた時、カティは問いかけた。

「なぜ……ここに」

「わざわざ遊びに来たのかって?」

 えぇ、とカティは答えた。

 彼女はずっと気になっていたのだ。

 研究に使う機材や素材が売られているわけでもなく、カティが知る限りこの町やその近隣に知人が住んでいるわけでもない。そんな場所に自他共に認めるひきこもりが、何ゆえ。

 ここは住んでいる屋敷から海を越えた先にある。暇潰しでこれる距離でもないし、観光地とも言いがたい。何か重要な事情でもない限り、訪れようとは思わない場所だ。

 問われたセドリックは、しばらく悩むようなそぶりを見せた。

 言うべきかどうか、考えているらしい。

 しばらく無言でいた彼は、ふっと笑みを零してカティの目を見つめた。

「……ちょっと確かめたいことがあってさ」

「確かめたい、こと……?」

 彼は、カティの紅茶と共に運ばれてきた、焼きたての茶菓子を指先で摘みながら。

「確かめたいというか会いたいって感じかな。だいぶ前にサヨナラしたんだけど、思い出したらどうしても会いたくってさ。だから、珍しくこうして出てきたってわけ」

 それは、かなり昔の話になるのだという。

 カティがまだ眠っていた――つまり製作中の頃らしい。

 彼が出会った一人の少女。かなり昔の話で、セドリックもごく最近まですっかり忘れていたそうなのだが、ある日見かけたポスターの彼女を見て、もしやと思ったのだという。

「その彼女が何やら有名らしくってね」

 口元をぬぐいながら、彼はとても楽しそうに笑って。

「彼女はどこへ至り何を得たのか。……ボクとしては実に楽しみだよ」

 その笑顔に、わずかに痛む胸は気のせい。

 カティは、そう思いたかった。

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