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0.不死人
むせ返るような鉄の香り。
この世界に包まれている時間を、彼女はとても好んだ。痛いほどに貪られた後の、眠気にも似た気だるさも合わさって、頭の中がやたらとクリアーな感覚があるから。
隣には、長い銀色の髪を持つ彼がいる。
少し前まで、衝動のままに彼女を貪った男。普段は名前も呼ばず、時に存在さえ意識から排除した態度を見せながら、こうしている時は決まって彼女を抱きしめていた。
縋るように。
甘えるように。
そのたびに彼女は思う。愛されていると。言葉にならない思いを、死なない身体に叩きつけることで伝えてくれていると。以前ほどの激しさは薄れたけど、思いはなおも強くなる。
ねぇ、と心の中で彼女は最愛の魔人に問いかける。
――もっともっと、わたくしを貪って。
ずっと一緒にいられるように、いくらでもこの身体、この血肉を捧げるから。わたくしを独りにしないでねと、まるで呪いをかけるように『愛』を囁く姿は、御伽噺の魔女のよう。
深い眠りに落ちた彼の体を、彼女はしっかりと抱きしめた。




