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魔人とドールの狂想曲  作者: 若桜モドキ
不死を狩り取る黒影
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0.彼女を愛している

 彼女は、すばらしい女性でした。

 誰よりも優しく、気高く、それでいて気取らない。そんな、絵に描いたような理想的な女性でした。見ていると呼吸さえ奪われそうで、だんだん息苦しくなって、けれど心地よく。

 これはきっと恋なのでしょう。

 彼女に、私は間違いなく恋をしたのです。

 叶う叶わないは、どうでもいい些細な問題でした。私はただ、彼女に焦がれている幸福感に浸っていたかったのです。もちろん叶うのならば、彼女と思いを交わしあいたかった。

 けれどそれは無理だとわかっていました。

 私如きを、彼女が愛するとは思いませんでしたし、私などを視界に入れたら彼女の目が濁ってしまうとさえ思いましたから。だから、遠くからそっと見ているだけでよかったのです。

 仮に彼女が別の誰かと結ばれようと、私には些細な問題でした。

 確かに、彼女が選んだ相手に嫉妬はするでしょう。

 けれど同時に、私は彼女の幸福を祈るでしょう。彼女が幸せなら、隣に立つのが自分以外でも問題なかったのです。そう、すべては彼女のためだけに。彼女の幸福のために。

 なぜならば、私には彼女を幸せにはできないのです。

 そんな自信はなかったのです。

 彼女がもっとも幸せになれる場所は、私の隣ではありません。

 ならば私が出来ることはただ一つ。彼女の幸せを願うこと。祈ること。それを正当な理由もなく破壊しようとする何かから、彼女を守ること。たとえ何を犠牲にしても、やり遂げなけれればいけない使命でした。彼女が笑っていてくれたなら、それだけで私は満足でした。


 あぁ、それなのにどうして?

 どうして彼女は、土の下に眠ってしまったのでしょう。

 どうして?

 なぜ?

 彼女は幸せにならなければいけなかった。彼女は、彼女は。まだ、幸せにはなっていなかったはずなのです。もうすぐ、この世界の誰よりも幸せになるはずだったのです。

 白を纏い、花を手に。

 指輪に誓いを立てて幸せに、なるはずだったのに。

 どうして。

 どうしてどうしてどうして。

 どうして、彼女は殺されなければいけなかったのでしょうか。

 世界の誰よりも幸せになるべき、彼女がどうして。

 あぁ、あぁ。

 なぜ彼女が死ななければ、ならなかったのでしょうか。

 どうして彼女が選ばれてしまったのでしょう。

 ……それは死ぬことではなく、殺されたことでもないのです。

 なぜ彼女のような人が、誰かの欲の犠牲にならなければいけなかったのですか?

 あの人は、何かの犠牲になっていい存在ではなかったのです。何かの犠牲の、その上に立たなければいけない存在だった。間違っても、犠牲の側に立つべき女性ではなかったのに。

 どうして、あの男、いや女は、よりにもよって彼女を。

 あれほどにすばらしい人、あれほどに美しい人、私の最愛の人。

 だからこそ、私は許せない。

 彼女を犠牲にした、その存在を許さない。


 殺さなければ。

 復讐を、しなければ。


 もう物言わぬ躯とかした彼女の代わりに、彼女の代わりに、私が。私がやらねば。彼女と犠牲にした者に、それ相応を超える痛みと後悔と罰を与えなければ、私が私が私がこの手で。

 殺しましょう、殺めましょう。

 罪には罰を返しましょう。

 そして私は、今宵も闇に堕ちたヒトならざる者を狩るのです。彼女をかつて犠牲にした誰かにたどり着くために。そして、彼女のような、私のような存在を生み出さないために。

 そのためならば、どんな犠牲も払いましょう。

 たとえこの身がどうなろうと。

 私はもう、迷うこともためらうことも、後悔することもしないのです。



   ■  □  ■



 今宵も一人、闇に堕ちたひとを見つけました。

 金髪に、黒いドレス。

 背格好はどこにでもいそうな、若い二十代前半の娘。

 ――かわいそうに。

 彼女と、そう年齢の変わらない女性だ。

 救ってあげなければいけない。

 私は背後から近寄る。彼女は気づかない。手を伸ばす。

 ふいに彼女が足を止める。振り返ることでコチラに向いた腹部にナイフを、この作業のためだけに用意をした特別な武器を滑り込ませる。さっくりと、そこに滑り込んでいく。

 えぐるようにまわす、横へなぎ払う。

 よろり、と娘が後ろへ下がる。追いかけながら腹部に手を入れる。中身をかき出し、抵抗する腕を片方切り捨てる。周囲に赤を撒き散らして、今宵も《魔女》は力尽きた。

「――」

 けれど、さすがは魔女だ。最後に彼女はこちらにも、それ相応の手傷を与えた。彼女のそれとは比べ物にならないほど軽いものだったけど、手当て無しにいられるほど浅くもなくて。

 うつろな緑色の瞳が私を見ている。

 噂に聞いた魔人だか魔女だかの瞳の色は、はたして緑だっただろうか。いや、こうして目の前にあるのは緑なのだから、噂の人物の瞳は緑だ。私が、そんなことを間違えるはずがない。

 光はない。――闇も、ない。

 これで彼女は救われた。最後の抵抗は予想外だったけれど、むしろ、今まで抵抗されなかったのが幸運だったのだと思いなおす。この程度で済んでよかった。次は気をつけよう。

 だけど、なぜでしょう。

 彼女に見覚えがあるような気がして、仕方がないのです。


 ――お前は優しすぎる。高嶺に至るべきじゃなかったんだよ。


 そう言って苦笑した青年の声、傍らで微笑む女性。

 そんな思い出が、不意によみがえってしまうのです。そんな知人も友人も、いないはずなのにどうしてでしょうね。思い出すと、なぜか悲しくなるのです。

 理由もなく、涙が溢れてしまうのです。

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