第45話 再契約
「おや、誰か来たようです」
翌朝、私達がブルノさんの家で朝食を食べていると、扉のノックされる音が聞こえた。
「あ、おそらくゴフルさんだと思います」
「ゴフル村長ですか? 少々お待ち下さい」
ブルノさんは部屋を出ると、ゴフルさんと共に戻って来た。
「皆様おはようございます。おや、お食事中でしたか。大変失礼いたしました」
「どうぞおかけください。それでゴフル村長、一体どのようなご用件ですか?」
ブルノさんは席に座るとゴフルさんに尋ねた。
「ええ、井戸の件で参りました」
ブルノさんの表情が変わる。
「井戸ですか!? それは昨日無理だと……」
「はい、確かに百五十ケリルを用意することは出来ません」
「それではやはり井戸は……」
「百五十ケリルは用意できませんが、昨夜村人達と相談した結果、五十ケリルなら何とか用意できそうなのです」
「それは……しかし、五十ケリルではあの岩盤を何とかして井戸を掘ってもらうことなど――」
「ええ。ですからこれも村人達と話し合ったのですが、この村には大きな鉱山があります。そこでいかがでしょう。一年間、この村で採れる鉄鉱石の一部を皆様に差し上げます。五十ケリルとその鉄鉱石で改めて依頼を受けていただけないでしょうか」
ゴフルさんはそう言って頭を下げた。
「鉄鉱石……シルヴィ、どう思う?」
鉄鉱石の価値もだが、それ以前に使い道が思い当たらない。
「そうですね……一部というのは具体的にどの程度でしょうか?」
「採掘量の一割を考えております。多少変動はしますが、量にすればおよそ八十トン程です」
「八十トンですか……」
シルヴィが唸る。
「一度諦めはしたものの、村に井戸が欲しいという気持ちは変わりません。無理を言っているのは分かっております。何とか、井戸を掘っていただけないでしょうか」
ゴフルさんはそう言って、さらに深く頭を下げた。
「あの、頭をあげてください。シルヴィ、鉄鉱石がえっと、八十トンだっけ? それってどれくらいなの?」
「全て売るとすれば八十ケリル程ですね」
「麗奈……」
結衣が私の方を見る。
「うん、勿論だよ」
此処まで頼まれて断るわけにはいかない。
「それでは受けていただけるのですか!?」
「はい。ただ、実際に井戸を掘ることが出来るかどうかは分かりません」
「それは承知しております」
「では、朝食を食べ終えたら、掘れるかどうか見に行きます」
「分かりました。よろしくお願いします。ブルノさん、失礼いたしました」
ゴフルさんはもう一度深く頭を下げてから出て行った。
「私からも御礼を言わせてください。本当にありがとうございます」
「いえ、まだ掘れるかどうか決まったわけではありませんので……」
朝食を食べ終えた私達がブルノさんと昨日の広場へ行くと、ゴフルさんが村の人達と待っていた。皆手にはスコップを持っている。
「お待たせしました」
「いえ、本日はよろしくお願いします。まずはこちらを見ていただけますか」
ゴフルさんがそう言って合図をすると、村の人達は広場の窪んでいるところを掘り始めた。そして暫くすると岩肌が見えてくる。
「問題はこの岩盤なのです」
ブルノさんは困ったように私達を見る。
「見ててくれ」
そう言って体格の良い男性がつるはしを勢いよく振り下ろす。岩盤には小さな窪みが出来ただけだった。
「毎日鉱山で鍛えている者でもこれです。この岩盤を何とかしない限り井戸を掘ることは出来ないのですが、何とかなりそうでしょうか?」
「うーん……どう? シルヴィ」
「どれくらいの厚さがあるのか分からないので何とも言えませんが、やってみます。穴から離れていただけますか?」
村の人達が穴から出たのを確認してシルヴィは右手を前に突き出した。
『我が魔力よ、灼熱を秘めし球となれ』
シルヴィの手の前に紅い球が浮かび上がる。
「熱いので気をつけてください」
シルヴィはそう言うと球を岩盤に叩きつけた。目の前が真っ白になる。村に轟音が響き、辺りは熱風に包まれた。穴には煙が立ち込めている。
「いかがでしょうか……」
ゴフルさんが尋ねるとシルヴィは首を横に振った。煙が払われ穴の中が見えるようになると、岩盤は大きく抉られていた。
「おお! これは凄い……」
その様子を見たブルノさんが驚きの声をあげる。
「いえ、駄目です」
「何故ですか? こんなに抉られているのですから……」
ゴフルさんが不思議そうに尋ねた。
「あれだけの魔力を叩き込んで割れないとすると、この岩盤を私の魔力で砕くことは不可能です。せめてひびでも入れば、と思ったのですが……」
シルヴィはがっくりと肩を落とす。
「この前麗奈と戦った時に使った炎の龍を出す魔法は? あれなら砕けるんじゃない?」
結衣が尋ねるとシルヴィは再び首を横に振った。
「確かに焔龍の魔法であれば岩盤を砕くことは出来ると思いますが、それと同時に辺り一面を破壊してしまいます。そうなれば井戸どころでは……」
結衣はその光景を想像したのだろう。乾いた笑みを浮かべている。
「麗奈、何とかならない?」
「どうだろう、何か良い魔法があれば良いんだけど」
「私の出番ですね」
「うん。リニアス、何かないかな?」
「そうですね……単純に壊すだけなら簡単なのですが、それこそ村ごと壊しかねないので……」
「出来れば村は存続させたいけど」
「勿論です。しかし……なかなか良さそうな魔法が思いつきません。力押ししかありませんね」
「力押し?」
「ええ、魔力で勝負しましょう。何か適当な魔法でも麗奈の魔力ならいけるかもしれません」
「適当な魔法……。何か一点に力を集中出来るような魔法があれば良いんだけど」
「一点に……ですか。槍土の魔法でも試してみますか?」
「槍土の魔法って?」
「土の槍を作る魔法です。しっかりと魔力を込めればかなりの硬さになりますよ」
「よし、やってみよう」
「とても簡単な魔法です。手頃な土に手をかざして槍土と詠唱するだけです」
「それだけで良いの?」
「はい。後は魔力を可能な限り先端に集中させてください」
「分かった。やってみるよ」
足元の地面に手をかざす。
『槍土』
土が浮き上がり細長い槍を形作った。
「槍土の魔法ですか!?」
シルヴィが驚いた様子で槍を見ている。
「後は可能な限り魔力を込めるだけです」
私が目を閉じて強く念じると指輪が光を放ち、そして少しずつその輝きが増していった。
「はっ!」
私が片手を強く振り払うと槍は消えたと錯覚させるような速度で岩盤へ飛ぶ。地面が揺れ、鈍く重い地響きが村を包み込んだ。
「おお!」
「何と……」
穴を覗き込んだ村の人達が驚きで声を失っている。
「上手くいったみたいですね」
私が穴の中を見ると岩盤にはいくつもの亀裂が生じていた。
「ここまで亀裂が入れば……麗奈様、後はお任せください」
『我が魔力よ、灼熱を秘めし球となれ』
再びシルヴィが紅い球を出すと村の人達は逃げるようにして穴から離れる。岩盤にぶつけられた球は一気にその力を解放し炸裂した。亀裂の入っていた岩盤は小さな石になっている。
「まさかあの岩盤がこうなるとは……。皆でこの石を運び出しましょう」
ゴフルさんの指示で村の人達が石を穴の外へ出していく。少しすると石はすっかり運び出され粘土の層が表れた。
「水はまだ出ないね」
「さすがにもう少し掘る必要があるかな」
「スコップで掘る?」
「うーん――リニアス、従地の魔法でどうかな?」
結衣がスコップを借りようとすると男性に制された。
「嬢ちゃんにこんな力仕事をさせるわけにはいかねえよ。こういうのは俺たちに任せときな」
「従地の魔法でも可能ですが時間がかかります。流地の魔法がいいのではないでしょうか。土や砂等を魔力の流れと同じように動かすことができる魔法です。大地の精霊に従いしものよ、精霊の力を従えし我が魔力の流れに同調せよ。と、詠唱してください」
「すみません、少し離れていただけますか」
スコップを持って梯子を降りようとしている男性を呼び止める。
『大地の精霊に従いしものよ、精霊の力を従えし我が魔力の流れに同調せよ』
魔力を穴の底から広場へと流すように念じると、魔力の流れに沿ってものすごい勢いで土砂が出てくる。暫くすると広場に巨大な土砂の山が築かれた。最後の方に出てきた土は水分を多く含んでいる。
「どう結衣?」
私が尋ねると、穴の中を覗き込んでいる結衣が首を傾げた。
「暗くてよくわからないよ。何か灯りがあればいいんだけど」
「灯りですか? 少しお待ちください」
『我が魔力よ、火球となれ』
小さな火の球がシルヴィの手に浮かび、穴の中を明るく照らす。
「いかがですか?」
「あっ! 水が見えるよ!」




