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After End Story  作者:
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プロローグ

(いいかい、忘れないで



波のような人が押し寄せてくるのを、どこか自分とは関係ないことのように、最初は見ていた。土煙をあげて。大地を揺るがす程の大音響が、間もなくそこに到着する。

人は、それぞれが手に武器を。主に剣や槍、弓矢。杖を構えているのは、きっと魔法が得意な人なんだろう。



(きみの名前は



それらの目的が、すべて自分に向けられることになるのを、騒ぎを目の前にしてもすぐには理解できずにいる。両掌に残った微かなぬくもりが、夢と現の間を曖昧にしていた。

いま、目の前で起こったことは…一体なんだったんだろう。

限りなく永遠に近い、静かな一瞬だった。



(パパとママがつけた、素敵な名前なんだよ



長く、穏やかな吐息を最後に、

父は消えた。


だからそれが、大好きな父の最後の言葉だったんだと思う。










にぎやかな街から少し外れた場所。若葉の色が鮮やかな春の草原から、なだらかな谷を見渡すと、そこに1つの大きな古城が建っていた。

高い外壁がぐるりと囲んでいて、内側は城を中心にひとつの街になっている。

一軒家が建ち並ぶ住宅街の一角、大きめの岩と小さな石をバランス良く配置して作られた平らな道を、3人分の人影が立ち尽くし、やがてそこに小さな人影が加わった。

「ロト、やっぱ誰もいないみたいだよ」

ロトと呼ばれた青年は、その言葉に「そうか」と小さく感想を漏らすと、もう一度よく周りを見渡し、何度目かのため息をついた。

「っかしいなー、確かにここが騒動の中心だったっぽいのに」

腰に片手をあててもう片方で頭をかいていると、すぐ脇にいる、彼よりも少し背の高い女性が少し苛々した様子で言った。

「おかしいな、じゃないわよこんなとこ。誰もなんもないんじゃ情報収集だって出来ないじゃない。気の利いた移動手段もなければ、歩いてあの街に戻るっきゃないのよ!?」

『気の利いた移動手段』の部分にわずかに反応した、その4人の中で一番せの高い男が、女性のことばに小さく「すまん…」と言った。

「仕方ないだろー、おっさんはさっき俺たちを乗せて飛んだばっかなんだから、もうちょっと休まなきゃ」

「じゃトーマスが復活できる時間までどこかでお茶しましょお茶!」

「ルル姉ちゃん、でもここ、誰もいないよ?」

一番背の低い少女が、両手を振り上げて無茶な文句を垂れている女性に恐る恐る告げる。

ルルと呼ばれた女性の肩がふるふる震え出したので、ロトは慌てて「じゃあさ」と話を切り出した。

「とりあえず街の中心に見えた城まで行ってみようぜ!なにか良い手がかりがあるかも知れねえし、ここがどんなところだったかくらいは…なんか残ってんだろっ」

そうして、その場で立ち往生というわけにもいかない雰囲気の一行は、とりあえずこの不気味な程静かな街の中心へ、歩き出すことにした。





「アスラ、どうだ?」

「探してるものの匂いはしないんだけど…城の方から変な声がする」

アスラと呼ばれた小さな少女は鼻をひくひくさせながら言った。

「変な声?」と言おうとしたロトにかぶさるように、ルルが城の入り口を指さして言った。

「ねえ、人がいるわよ。」

そこには、それぞれ手に武器を持った屈強な男が数人立っていた。

中の様子をうかがうものと外を見張るものが居るようで、警戒心むき出しできょろきょろ視線を巡らせている。まるで多過ぎる門番のようだった。外に向かって視線を泳がせていたうちの1人が、すぐに一行に気付く。

「どうした?奴ならもうすぐ始末できるから、街で待ってろ」

男は、しっしっ、とロトたちを追っ払うような仕草をした。

「奴って…誰だ?」

「あん?奴っていやあ…、…奴だよ。ほら、俺たちにとっちゃ奇跡のようなあの宝物を奪って、ここに立てこもってる奴さ」

男は、不思議と面倒くさいとの感情が入り交じったような顔で、背後にある大きな城を親指で指差した。

宝物という言葉に反応したルルがロトよりも前に歩み出てさも憤慨したように言う。

「人の宝を奪って城での生活を満喫しようだなんて最低な野郎ね!許せないわ、わたしがボコボコにしてあげる。どんな奴よ!?」

「…奪う気じゃないだろうな…」とロトは思ったが、口には出さなかった。

「どんな奴って…あんちゃんたちはもしかしてよそ者かい?」

「ああ、俺たち旅して来たんだ。ここって誰もいないみたいだけど、なんかあったのか?」

「これだけ広い街なのに、誰もいないなんて、ちょっと不気味よねー」

門番のような男たちはそれを聞くと、一度顔を見合わせ、がははと笑う。中の様子をうかがっていた男が一行の様子を見かねたように答えた。

「ここをどこって聞くくらいなんだから、あんたら、よっぽど遠くから来たんだなあ。でも、ここ何日かは随分楽な旅だっただろう。…さて、どこから説明したらいいか。ここで何があったかを語るには、ちょっとさかのぼらなきゃならないんだが。そうだな、全部説明するには今俺たちの街で持ち切りになってるウワサの話をしなきゃなんねえ。今では誰もが知ってるウワサだが、誰がどう流したかは分からん。だから、俺も聞いた話なんだが…」



数ヶ月前。

1人の子を持つ母親が、馬車で隣の街へ向かう途中、魔物に殺されたんだそうだ。

残された父親と娘はあまりのショックに、しばらく家でふさぎ込んでしまったらしい。

そこへ現れたのが、まるで聖女のようなべっぴんさんさ。


「そうか?俺は聖書を持った神父って聞いたぜ」

「おいおい、おれぁ腰の曲がった魔女だって…」

言い争いを始めそうな男たちの光景に、思わずロトが苦笑する。

「なんだ、結構いいかげんな情報だな。バラバラじゃねえか」

「まぁ、皆人づてに聞いた話だからな。ただ、大筋は皆一緒さ」


まぁなんだ、その神父だか魔女だか聖女だかが、悲しみの底にいる幼い娘のために持って来たものってのが、ひとつのペンだったわけだ。

何でも願いが叶う不思議なペン。

ちいとばかし値が張ったらしいが、娘思いの父親が、幼い娘にそれで希望が芽生えるならと、それを買い与えてやった。

覚えたてのつたない字で書かれた願いは見事叶い、親子だけでなく、世界中の人々の平和に繋がっていったと。

そういう話だ。



「ペン…ね」

ルルが、自慢げな男たちとは対照的な、少し呆れた表情でそう漏らした。

その後ろで、話を聞きながら何かを考えていたトーマスは、興味深そうに話の続きを促そうとした。

「では、その『奴』とやらが奪った宝というのは…」

「まさに、その大事な大事な『ペン』さ。あろうことか…よりにもよって奴に奪われるとは思ってもみなくてよ。急いで討伐しに来たって状況よ」



「ねえ、女の子はどんな願い事をしたの?」

いまいち状況が分かっていなさそうなアスラは、ひとしきり首をひねってから男に訪ねた。

男はその言葉に目を丸くして、半ば馬鹿にしたように、且つ少女に対しては至極丁寧に答えた。

「おたくら、本当に旅人かい?様子見りゃ一発で分かるだろ。もちろん、幼い娘の願いはこうだ…………






       どごん






次の瞬間。ロトたちの遥か頭上で、大きな音がした。

それまでの会話があまりに平和すぎたので、一瞬、その場にいたほとんどが、城壁が崩れて落ちて来ることに気付かず、危うく瓦礫の下敷きになるところだった。

「うひー、危ねえ。悪いなトーマス」

間の抜けたロトの声。

それを、体長5、6メートルはある大きな飛竜が翼を盾のように広げて、しっかり覆っていた。翼の下には、ルルもアスラもいる。

飛竜は少し身じろぎをして、降り掛かった瓦礫を脇へ落とした。

「いや、全員怪我はないか?」

「無事だよ、おいちゃん」

「…トーマスのお陰で埃はたくさん被ったけど。今のは許してあげる」

トーマスと呼ばれた飛竜は、全員に分かる言葉で「良かった」と一言いうと、音も無く縮んでいって、最終的に人の姿に戻った。一行の中で一番背の高い男性だった。

ロトが頭上を見る。

石造りの城壁と同じ造りになっている少し広めのテラスが小さく見えた。

壁から半円形に飛び出しているそこは、3分の1程が何かの衝撃を受けて欠けている。欠けた部分から数人ばかりの人影が覗いたが、逆行とその高さではっきりと様子が分からなかった。

「なんだったんだ?」

「さっき話してた男の人たちと似たような人たちが何人かいるよ。…誰かを探してるみたい。今の瓦礫は、…その誰かの仕業だと思う」

アスラは、獣耳をぴくぴく動かしながら一生懸命そこから会話を聞き取ろうとしているようだ。

「ついでに『なんてことすんのよっ!!』って伝えておいて、にゃんこちゃん」

ルルの言葉に困ったように振り返るアスラ。その頭をぽふぽふしながら「冗談だよ」というロトに向かって、城の入り口より内側に避難していた先程の男たちがわなわなと言い放った。

「おい…冗談だろう…?」

明らかに狼狽した様子で、数歩後ずさって、

「どうして魔物がいるんだ!!?」

そう叫んだ。

それを筆頭に、「あり得ない」とか「嘘だ」だのと口々に続ける。

よほど目の前の光景を否定したいのだろう。間違っているのは向こうだと、目でお互いに自分たちの常識を確認しあっている。

すぐに、そのうちの1人が、「中にいる奴らに知らせてくる!」と言って、城の中に消えた。何人かが、「街の奴らに知らせてくる」と街の出口の方へ走っていった。門には誰も残らなかった。

一部始終をぽかんと眺めていたロトたち一行は、留守になり、前に立つものを誘うような雰囲気でぽっかり口を開けている城の入り口を目の前にしている。

「失礼しちゃうわ」

ルルだけが腕を組んでむすっとしていた。




城の中はまさに荘厳。

無理矢理踏み入れた跡や、金品をひっぺがしたり持ち去られていたりと、ひどく荒らされているが、見事な装飾が施された城内は、それでも圧巻だった。

天井の高さに思わず息を飲む。

「とにかく、その『奴』ってのが、わたしたちが探してるものを持ってることは分かったんだから、さっさとぶんどっちゃいましょ」

「そうだな。さっき騒ぎがあったのは…もっと上か」

ところどころ破れた赤い絨毯を踏みしめて階段を登っていく。壮大な広さや雰囲気の割に、多くの人が生活していたのであろうその痕跡がところどころ多くうかがえた。上へ行く階段は広くて分かりやすいが、少し奥に入ろうとすると、そこは軽くダンジョンのように入り組んでいる。

しばらくして先程落ちて来たテラスにいた数人の男たちとすれ違った。

向こうは先程城の中へ消えた男からの情報で、すでにこちらのことを知っていたようだ。

少し遠くからこちらを見付けるなり、手にした武器を構え直す。

「本当だ!」

「あいつの言う通りだった!」

「あり得ねえ!」

数人の男は少し大げさに驚いて、攻撃を仕掛けて来ようとした。

大柄の男が手に持っていた斧を先頭にいたロトに振り下ろす。

「どわっ、っちょ、ちょっと待った!!」

すれすれで避けるが、足場の悪さと人数によって、すぐに取り囲まれてしまう。

一番狙われるのは、獣耳を持つ小さなアスラと、先程飛竜になるところを目撃されている…額の少し上から小さく角が見えている大きなトーマスだ。

「うるさいっ、死ね魔物!!」

「そうだ!あいつが最後だと思っていたのに!!」

「なんとしてもここで始末しろ!!」

めちゃくちゃに武器を振り回す男たち。

言っていることも力の限りむちゃくちゃだった。それもかなりの手だれ、というわけでもないようで、武器は立派な割に、本人たちの手には余る身のこなしであるのは見て明らかだ。下手に避けても、受け流しても、ちょっとした怪我じゃ済まないだろう。勿論相手が。

それはそれでとても質が悪い。

なんとか階段の踊り場までやり過ごすが、人数も増えていき、終いには一行がバラバラになってしまう。

ある意味必死になっているロトが、悠々とトーマスを盾にして動いているルルに助けを求める。

「ルー、ルー姉さんっ?ちょっと、うた!うたうた!」

「あら、やっぱり即死がいいかしら」

「いのちだいじにの方向で!!」

ルルが(若干残念そうに)目を閉じる。

大きく息を吸い込むと、妖艶なメロディを口ずさみ始めた。声を遠くに飛ばすように歌い始めると、城内の造りからその透き通った声が反響して、高い天井から降り注ぐようにルルの声が広がっていく。

耳のいいアスラは、思わず両手で耳を塞いだ。ついでに何故か目も閉じる。

ロトも自分の剣を鞘に納め、少し顔をしかめながら耳をそっと塞いだ。

周りの男たちの攻撃がぴたりと止む。しばらくして、歌が終わると、そこはとても静かになる。

アスラが再び目を開けると、そこにいた男たちは全員その場に倒れて、いびきをかいて眠っていた。

「いやあ、お見事。今回は場所が場所だからいつもの倍は効き目が強いな…」

「一緒に寝ちゃうかと思ったー」

アスラに頭を軽く小突かれてもまったく起きる気配のない男の寝姿を眺めながら、ロトが言った。

「一番側に居たトーマスは辛かっただろう」

ルルの盾をやっていたトーマスは、その場で歌っているルルを無防備な状態にしておくことも出来ず、眠気に負けずにふらふらの状態でそこに立っている。少なくとも、いつもはそうだった。

「トーマス?」

視界の中に彼の姿はない。

「ん?」

「あら?」

ルルが自分の周りを。

アスラが寝ている男たちを、見回してみる。

そのどこにも、あの背の高いトーマスの姿はなかった。






視界が薄暗い。

始めにそう思った。そこがどこだかはいまいちよく分からなかったが、ルルの歌で頭がぼーっとしてからほんの一瞬のことだったので、先程立っていたその場所から、多分本当にほんの少しだけしか動いていないはずだ。

変な方向へ倒れてしまったのか、自分は仰向けに尻餅をついていて、肘で体重を支えている格好になっている。それだけは分かる。

少しずつはっきりしてくる頭で、まず状況を把握して、それから自分を探しているであろう仲間のところへ、早く顔を出さなければと、身を起こそうとした。

しかし、上手く身体が動かないことに気付く。

「おい、動くな。殺されたいのか?」

耳のすぐ後ろから、そんな物騒な台詞を聞いた。

慣れてきた目で、その声の主を確認しようとするも、声の主は顔の後ろから細い手を回し両手でトーマスの口を塞いでいるので顔を拝むことはできない。わけが分からなくて、口の前の両手に手をかけた。酷く細い。というか小さい。

一瞬女性かと思ったが、それにしても小さ過ぎる。

「暴れるな」

そういう声も、内容の割にとても高いことが分かった。なるべく声を殺し、一生懸命低い音を出そうとしている小さな少年の声だ。

「大丈夫、あいつらにお前を殺させたりはしない。だから少し我慢していろ」

少年が口を塞いでいる間に、いなくなったトーマスを探そうということになったロトたちは、入り組んだ通路の方向へ歩き出した。その雰囲気からは、トーマスに対する殺気は微塵も感じられないのだが、何故か少年の手は、頑なで、必死だった。



「飛竜か…よく生きていてくれた」

その場所に誰もいなくなったことを確認すると、少年はトーマスを解放し、前に回って手を差し出した。

トーマスは、自分のいた場所をそこで初めて階段の裏の隠れたスペースであったことを確認する。

ある一定の方向からでしか確認できない入り口に、狭い空間。

せこい収納スペースか、人が隠れるために作ったとしか思えない隠し扉だった。

「どうした?僕の言葉は…通じているか?」

手を差し出す少年は、少し訝しげにいくつかの言葉を並べた。

そして、そのどれもが理解できないできない言葉だった。

若い…というより幼い少年は、トーマスの半分にも満たない身長で力の限りトーマスの手を引っ張ってなんとか立たせようとしている。

はっと我に返ったトーマスは、いそいそと立ち上がり、とりあえず「あ、…ありがとう…?」と言ってみた。

「気にするな、無事でなによりだ」

くすりともせず、少しのびた金髪を軽く整える少年。トーマスはそのつむじを真上から見下ろしているが、少年の右側頭部から渦を巻いた角がくっついているのに気付いた。

正確には生えているという表現が正しいのだが、お世辞にも立派とは言えないし、飾りにしか見えない。

「飛竜がいると聞いて驚いたが、お前が生き残っていた理由は聞かなくてもだいたい想像がつく。だが…ここに来ても、今は誰も助けにはなってやれん。僕がここにいる限り、今やここは世界で一番危険な場所なんだろう。帰れ。この城だけは僕が守る。あれは誰にも渡さない」

「あれ…というのは…」

「決まっているだろう。…この世に一番あってはならないものだ」







トーマスの鼻先に指をつきたて(といってももの凄い距離があるが)「いいか、帰れよ?僕はあいつらを追っ払って来るが、それまでには必ず城を出るんだ。分かったな?」と半ば無理矢理トーマスに「わかった」を言わせた少年は、床にたくさん倒れている男たちを冷めた目で睨みつけると、そこから片付け始めた。

具体的には、1人ずつ持ち上げて、窓から捨てていった。

「お、おいおいっ…」

どうしてあの大きさの少年が軽々と男を窓から捨てられるのかとか、そういうことの前に、あの高さから眠った人間を窓から捨てたら…その先のことはとても文章には表現できない。

トーマスが慌てて窓の外を確認する。

もしかしたら、自分の想像しているよりも遥かにぐちゃぐちゃなことになっていないかと心配したが、不思議なことに落ちた人間は地面に落ちてもまだいびきをかいて寝ていた。

トーマスがぽかんとその光景を眺めていると、「帰れよ」という台詞とともに少年は広い階段を走って登っていき、そして見えなくなった。

『あれは誰にも渡さない』ということは、おそらく、あの少年こそが自分たちが探しているものを持っている人物に違いない。そして、その人物がどこにいるのかを把握しているのは自分だけだろう。

先に仲間を探しに行くのか、それともあの少年を追った方がいいのか…。トーマスはしばらく悩んだあと、

「ロト!」

仲間を捜しに行くことにした。




「いないわねえ…あのでっかいの」

「ていうかー…さっきんとこはどっちに行けば戻れるんだっけ?」

一方。城内を散策中の一行は、すっかり城の中で迷子になっていた。

今は本棚が沢山並んでいる部屋にいる。壁一面が本に覆い尽くされていて、スライド式の長いはしごがどの本にも手が届くように配置されている。長いテーブルは一部ひっくり返されているが、金銭的なものが最初からなかったのか、比較的整頓されたまま残っていた。そのうちのひとつにルルが腰掛けている。

「んー。なんかラストダンジョンみたいな入り組み方だよなあ(笑」

「なあにが(笑)よ!あんた元々冒険者なんだからこんなダンジョンのひとつやふたつ慣れておきなさいよね!」

「ロトはいっつもおいちゃんに道頼ってたからねー」

「まあまあ、のんびり構えてりゃそのうち見つかるって。トーマスも、『奴』も、…さ」

そう言ってロトは手近な本を1つ手に取って、中身をぱらぱらと読み始めた。

あくまでのんびり構える姿勢をくずさないつもりらしい。

「そんな都合の良いことばっかり起こるわけないでしょうが…」

ルルが側で「もう…」などと悪態をついているのをおかまい無しに、ロトは本の内容に目を通して、思わず微笑んでいた。不思議そうなルルが、どんな本なのかを確かめに本をのぞき込む。

「…絵本?」

「うん、絵本だな。『パパ大好き』だって。内容は…そうだな、要約すると、まず大好きなパパと喧嘩した子供がいるんだ。で、家出して、いろんな人に「ぼくを愛してくれる?」って聞いてまわるんだけど、きみを一番愛しているのは、きみのパパだよっていう結論に至って、最終的に「パパ大好き」で仲直りする。って、そんな話」

「確かに、微笑ましいわね」

「だろ?もっと微笑ましいのはさ、この本。何度も何度も読んだのか、ところどころほつれていたり、ちょっと曲がり癖がついてるんだ。持ち主はよっぽどこの本が気に入っていたんだろうなあ」

にこにこしながら、静かにもとの場所にその本を戻す。

ロトは最初の本がよっぽど気に入ったのか、すぐに他の本に目移りさせて、面白そうな本を探し始めた。

よく見れば…、と口に出して呟けば、ロトにならってその場にいた三人が同時にほんの壁を見上げる。

「ここの本て、なんだか絵本ばっかだねー」

「絵本じゃなければ、童話や…フィクションばっかりだな」

普通、こんな立派な城なら、そこの歴史や文化、はたまた誰かの功績や思想なんかがこと細かく綴られた難しい本がぎっしりと積み上げられていてもいいはずだが、その部屋からは結局その手の本は1冊も出て来なかった。



3人がそこにある創作物に夢中になっていると、ドアを乱暴に開けるけたたましい音がそこに辿り着いた。

「ああ、みんな…やっと見付けた。こんなところにいたのか」

ずっと走っていたのか、額にうっすら汗を浮かべたトーマスがドアの側に立っていた。

「よお、おっさん。随分遅かったじゃねえか、探したぜ?」

「すまな…いや、嘘をつけ嘘を。こんなところで全員何をしていたんだ」

ロトはテーブルの上で足を組んで絵本を開いている。ルルはそのとなりでまた別の本を。ロトの足下でまるくなって眠そうにしているのはもちろんアスラだ。

それぞれが聞くまでもなくすっかりくつろぎモードだった。

トーマスは無言で肩を落とす。

「で、今までどこにいたんだ?急にいなくなったから…一応心配はしてたんだぞ?」

全くそういう雰囲気の態度ではないロトが、体面上そう聞いた。

心配じゃなかったというのは少し違うが、トーマスに対してロトが絶対に近い信頼を置いているように、トーマスもまたロトに心配をかけさせるようなことはあまりない。

何かとても、彼にとって重要ななにかのために、致し方なくそうした。なんかの理由があるなら、それなりの対応が必要になるだろうと、一瞬ロトは身構えた。

「いや…その。子供に拉致されていた」

「…………はい?」

一瞬でも身構えた自分を馬鹿だと思った瞬間だった。

背の高いトーマスからはあまりに想像できない言葉である上に…むしろ子供に「どうやって」拉致されたのかという部分に真っ先に疑問がいく。背も高く、筋肉もついている立派な大男が今、申し訳なさそうに背中を丸くして絵本を手にしている青年に頭を下げている。

「トー…マス。あんた、いくら子供が苦手だからってそこまで行くとなにかため息以上の残念なものがでてきそうで何も言えなくなるわ…」

ルルが呆れるのも無理がない程小さくなりながら、

「ほ、本当なんだ。とりあえずそのジト目をやめてくれ…」

とりあえずトーマスは、急にいなくなったことを詫びた後、何があったかという経緯を簡単に説明した。

金髪の子供が自分を守るという名目で階段の死角に自分を隠したこと。

どうやら城にいた男たちは子供の敵であること。

子供の目的は、男たちから城と「あれ」を守ること。

「あれ」というものについては、子供は「この世で一番あってはならないもの」という表現をしていたこと。

同時に男たちの目的も「あれ」というものらしいこと。

「あの人数の大人相手にそんなちっさい子供が…?どうして、というか…どうやってって言った方がいいかしら」

「でもあいつらはさっきルル姉ちゃんの歌で全員寝ちゃったよねぇ?」

怪訝そうな顔でトーマスを見つめるアスラ。

すっかり目が覚めて、軽く寝癖のついた髪を撫で付けていた。

「広い城内を特定の人間を探しているんだ。多分、いくつかの団体に別れてる可能性が高いと思うぜ」

先程から縮こまっていたトーマスが、「いや、それが…」と一拍置いて更に続ける。

「城内に残っている男たちもそうだが…。先程、お前たちを探していた最中にも何人かと鉢合わせたんだ。どうやら、街の方からアレを取り戻そうとしている側の人間が大量にこちらへ向かっているらしい。飛竜がいると聞いたことで募った援軍といったところだろうか。もう既にここに到着しているものがいたのが気になる…」

「それって子供がいちゃ危ないじゃない!」

驚いた様子のルルが、「何のんびりしてんのよロト!」などと言いながら彼の後頭部を思いっきり叩いた。

すぱーんと良い音がして、

「いてっ」

ロトが前につんのめった。



「でもロト、『奴』の方はどうするの?」

アスラがひとしきり後頭部をさすっているロトにそう聞いた。

ルルやトーマスは顔を見合わせて、少し考える。

「わたしは、知ってて子供を放っておくなんて嫌よ」

「しかし…『彼らの宝』…ペンだったか。それを先にまた誰かに使われては面倒なことになりかねないだろう…。そもそも俺たちの目的は『奴』と、そいつが持っている『宝』だ」

子供は放っておけない。が、本来の目的を見失っても、本末転倒もいいところ。かといってこれ以上もたもたしてもいられなくなってきてしまった。

3人の視線がロトに集まり、彼らは静かに言葉を待っている。

ロト本人はそれに対して特に動揺するでも真剣に悩んでいる様子もなく、さも当然のように薄く笑っていた。腕を組んで首を少し傾けて、短く「ん…」と呟いた後、

「子供追っかけよう」

自分の言葉に頷きながらそう言った。

「俺たちの目的も『奴』の持ってる『あれ』だろ?話の流れからしても『宝』と『あれ』は同じものっぽいし、もしそうじゃなくても…少なくとも子供は何かヒントを持ってる気がする。その子供がなるべく怪我しないように、男たちより先に子供を拉致しよう。そいつがもし深く関わらなきゃいけないような奴なら…連れてこうと思う」

ルルとアスラがしっかりと頷く。

トーマスだけは最後の言葉に多少びっくりした様子だったが、ロトの「いいだろ?」の一言にすぐ観念したように小さく微笑んでみせた。

「大事な決断は全部お前に任せてある。…異論はない」

ロトは満足そうににっこり微笑むと、トーマスを案内役に城の上部に向かって行った。




誰もいない王座に向かって恭しくひざまずく小さな背中がある。

膝を折り、目は軽く閉じて、祈るように手を合わせただ静かに沈黙していた。

王座より奥の、ステンドグラスでできた大きな窓からは淡い光が差し込み、少年を包んでいる。

細かくガラスの割れた形跡が、そこに不思議な模様をつけ足していた。


ふたつ並んだ王座の上には、片方に冠と、もう片方に指輪がそれぞれ置いてある。

細かく手の込んだ金の装飾が、ステンドグラス越しの光を浴びて輝いていた。

「これでも…結構迷ったんだ…」

襟足まで伸びた金髪を少し揺らしながら、少年が口を開いた。

「……これしか方法が無いわけじゃない……。…でも…許してくれるよね…?」

誰かに話しかけるように呟くが、返事は当然のようにない。少年自身も、返事を期待している様子はない。

赤い絨毯の敷かれた広く立派なこの部屋には、王座に祈る小さな背中しかなかった。その光景はいたく不自然で、且つ異様なまでに似合わなかった。

少年はそのままの姿勢で、しばし物思いにふける。

口の端が自然とほころんでいるところを見ると、少年の頭の中では今数々のエピソードが浮かんでは消えていくなんてことが繰り返されているのだろう。楽しかった。幸せだった、なんて顔だ。

ただしそれは少年の中にある記憶であり、あくまで現状を表すものではない。

顔が笑いながら、そのうち無性に泣けて来た。


それが嗚咽に変わる前に、気持ちを切り替えようと立ち上がる。手の甲で乱暴に目元を拭い、何度か頭を横に振った。

綺麗に折りたたまれて王座の肘掛けにかけられていた黒いマントを、わざとなびかせるように羽織る。

それは、明らかに少年の身体には不自然すぎる程大きかった。裾が大分余っている。

余った裾を遠慮なく引きずりながら、王座から見て向かいにある観音開きの重苦しい扉をまっすぐに睨んだ。

「出てきたらどうだ。お前らが探している宝はここにあるぞ」

少年が右手に掲げたそれは、1本の羽根ペン。小さなポケットにでも入れられていたのか、若干羽根の部分が酷くくたびれて見える。

見た目は普通のつけペンだが、錆びたような色のペン先に、浸してもいないインクがしたたりそうになっていた。

一見すると、極めて不気味だ。




少年の睨みつける先で、重々しい扉がゆっくり開いた。

そこから覗くいくつもの顔からは、あからさまな殺気と、自分たちの宝を求める期待の眼差しが感じ取れる。

手には相変わらず身なりよりも立派な武器。

慣れていないためか、その中の何人もが何度か手の武器を構え直す仕草をしていた。

少し時間をかけて、じりじりと、少年を円状に取り囲む。

その様子を少年は扉から新たに人が入って来なくなるまで大人しく見守っていた。


「それで全部か?」

ぐるりと取り囲む人間たちの中心で、ペンを掲げたままの少年は聞いた。

「貴様がそれを渡してくれさえすれば、これ以上は増えないだろうな」

代表者らしき人間が薄く微笑みながら言った。

「そうか…でも、これだけいれば充分だ…」

目を、少し伏せながら、少年が呟いた。

ペンを持つ方の手にちりちりと赤いものが光る。

それは手を包み、拳を染め、すぐに大きな炎になった。

「おいまさか…やめろ!!」

見せつけるように、炎が派手に踊る。

「よく見ておけ…。そして、これを二度と使おうなどと思うな…。次は僕が、お前ら全員を灰にしてやる…!」

熱気で髪の毛は逆立ち、手の中はどんどん熱くなる。


燃えてしまえばいい。

そしてこの手の中の物が完全に消滅したら、その情報を持ち帰るだろう。


取り囲んでいた男たちは熱気に当てられて少しずつ後ずさる。

「…おいあれ…、どうなってんだ…」

少しでも近づけば、服の端から灰に変わってしまいそうな炎だが、

なぜか少年の手の中のペンだけは、相変わらず不気味な光を反射させながらインクをしたたらせているままだった。

少年も額に汗を浮かべながら、苦悶の表情で形の変わらないそれを握りしめている。

焦りと比例して炎の温度もずっと高くなっていたが、どういう力を込めても形が変わるどころか、焦げ痕ひとつ残らなかった。


そのうち、徐々に炎の規模は小さくなり、

少年は膝をついた。

霞む視界の中に、両手と無傷のペンが映る。


魔力切れだ…


声にならない声を飲み込んだ少年が、もう熱の籠っていない小さな手で、めいいっぱいそれを両手で握り込んだ。手に思い切り食い込むが、当然折れることはない。

「…なんだ、急に…大人しくなったぞ」

周りで少し遠巻きに取り囲んでいた男たちも少年の変化に気付き、また距離を縮めてくる。

ここで自分が、もし彼らが宝と称すこのペンを奪われてしまったら。

彼らの手に、もう一度この力が渡ってしまったら。

子供が、ただ持っているというだけでこれほどまで血相を変えて奪いに来ている様子を見ると、今度は手にしたものを傷つけてでも自分の願いを叶えようとする人間が、必ず現れるだろう。と、少年は思っていた。

どんな物語でも、かならず語られるのは、人間の持つ欲が災いになるパターンだ。


取り囲む人間たちが、自分の手の中のペンに到達するまでの時間が酷く長く感じられた。

自分の中の精神力を糧とする方法で放たれる魔法は、少年の体力を確実に奪い去り、今はもう強く手を握りしめるだけで精一杯。そこからまた武器を手にする男たちをかいくぐり、逃げるまでの力は無く、それは今の少年にとって死を覚悟させるには十分な条件でもある。

少年は人ごみで見えなくなっている玉座の方を向き誰にも聞こえない声で、ごめん、と呟いた。

そして、そのまま身体を丸め込み、ペンを身体の下敷きにするようにして、額を床にこすりつける。

勝利を確信して嬉々とする男たちの喧噪の中、

最後に意識を手放した。


「今だ奪え!!」


誰かがそう言うと、男たちは一斉に手に持つ武器をちいさな少年の背中に向かって突き立てた。

「まあ…そんなに慌てなくてもいいじゃねえか」

そして、どの武器も少年の身体に傷を作ることはできなかった。

いつの間にか取り囲んでいた男たちの中にまぎれていたロトが、少年を庇うように立ちふさがっている。

360度取り囲んでいる男たちの手から素早く武器を叩き落とすと、足下に転がっている少年をひょいと抱え上げた。少し乱暴に手からペンをもぎ取る。

「これが宝??随分…想像していたよりも地味なのね…」

少し残念そうな声とともに、人ごみの中からすらりとした手が伸びて、ルルがロトからペンを受け取った。

「おい…なんだ、あれは誰だ。今の女は。宝をどうするつもりだ…!?」

突然の出来事についていけない様子の男が、ロトたちを睨みつけている。

どよめきが先程まで殺気に満ちていた集団を包む。

「悪いがあれは盗んでく。こいつも一緒に」

ロトは腕の中でぐったりしている少年を肩の位置で抱え直した。

「文句ねえよな、トーマス」

そしてその隣で竜の姿に変わったトーマスを見上げながら、そう聞く。

大きな翼を持つ竜は、ちいさく頷くと、一度翼を大きく広げて周りを威嚇した。

「ひ、飛竜だ!!飛竜がいるぞ!!」

「何なんだ!!どうして竜が残ってるんだ!!?」

「死ぬ!!殺される!!」

慌てふためく人ごみからすぐにロトとルルが切り離される。

蜘蛛の子を散らすようにとはよく言ったもので、トーマスからより近い場所にいた人間から、必死に逃げようとしていた。我先にと竜から離れようとする男たちは手にした武器を前に突き出すこともしない。

その中から小さなアスラが窒息しそうになりながらやっと出て来た。

「ひどいよー、つぶれちゃうよー」

のんびり頬を膨らませながら。

「はっはっは、悪い悪い」

笑顔のロトが空いた手でアスラの頭を軽く撫でる。

その横でトーマス(竜)が忙しそうに情けない男たちを追い立てていた。


「さあ、そろそろ逃げよう。おっさんもあんまり長くああしてらんないしな」

そういうロトはアスラに向かって視線で合図を送った。ロトを見つめていたアスラがその視線を追う。ふたりの目にまっすぐステンドグラスの大きな窓が映っていた。

ロトが短く合図を送り、飛竜姿のトーマスが翼を平に広げ体勢を低くし背中を水平にした。そこに皆がよじ登り、ルルとロトは自分の手に土産があることをしっかり確認してから、もう一度トーマスに合図を送る。




その日、遠く大空へ飛び立つ竜を

古城から多くの人間が見守りながら

最後の1人がこの世界から姿を消した。

あ、なんの説明もナシに書き始めちゃった後からで申し訳ないんだけど、これ元々は友達との妄想から広がってったお話。

書くことに関しては技術もへったくれも無いんだけど、ただ延々と繋がっていける話ができたらいいとかなんとか思っていろいろ考えましたとも。

前にも後ろにも横にも縦にも、いくらでも繋がっていけたら素敵なんじゃない?ってね。


「EDを迎えた勇者はその後どうなるんだろう」から始まった妄想のはなし。

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