二十五、思い
目が覚めると、未だ夜の暗がりだった。
体が全身強張っている気がして、
モゾモゾと起き上がる。
机の上に葛篭があった。
昨日のことは嘘じゃなかったんだ。
「月の根国に来い。」と言われても
どう返事をして良いのかわからず、
黙ってしまった凛に
とと様は、
「王廷はそんなに遠くない。
私が行かない日の方が少ないからね。」
と言った。
行ったことは無いけれども、距離はそんなに遠くないのだと思い直した。
かか様は、寂しそうだけど
忠義を尽くせたと言い、ホッとしていた様にも見えた。
「これからも私たちはお前の父と母だからね。」
と、とと様に言われて、
相生が涙ぐんでいたのは驚いた。
相生も宰相の息子なのだから、自分の生みの母の巴という人は
妹になるのだ。
聞きたいことは沢山あったのに
首が絞められた様に声が出にくかった。
ふーとため息をつく。
何故、今迎えがきたのだろう?
巴という人は何故行方不明なのか?
高という名の父は、亡くなったのはいつだったのか。
相生様はあの円盤には対があると言っていた。
対の四角い占い盤はどこかにあるのか。
考えすぎると気が遠くなる。
よく寝れる様にと、後で薬を持ってきてくれたかか様は、
「里が賊に襲われたのは、ひと狩りだ。」と言った。
話には聞く。女子供を集めて、他のクニに売るのだ。
それに、襲ってきた男達は皆、朱く顔を塗っていた。
顔を隠すためか、それともこれも噂に聞く歌仙山の向こうに住むという
灰族の仕業なのだろうか。
灰族の所業は何故か恐怖を持って里では語られる古よりの慣習があった。
外を見ると満天の星が見えた。
暑い夏に向かって見える星は増えて輝きを増すように感じる。
そっと館の外に出た。
柱に持たれて空を見上げる。
天帝と呼ばれる北から動かない一番明るい星は
今夜もよく見える。月は高くにあった。
ふっと頬に風が来る。
いきなり碧が立っていた。
「わ。」
声にでてしまう。
「驚かせて悪い。」
「ううん。いつも突然だしね。」
碧は笑う。
「そうだな。
もういいのか?痛みの方は?」
「うん。痛いけど、なんで痛いのか分かるし。」
壁におそらく打ちつけた左手は青字がみえていたし、
何故か右手の甲も出血していたが血は固まっていた。
今、痛いのは胸の奥だ。
「そうか。」
「碧はもう大丈夫なの?」
滝壺に落ちてから一月も経っていない。
「まあ、普段からどこから怪我をしてるからな。
骨が繋がったのはありがたいな。」
「そっか。」
「やっぱり、行くのか?王廷に。」
碧が既に知っている事に驚いたが、
「うん。実際は神祇家だけどね。もう三毛を隠さなくてもいいのよ。
嫌とか言っている場合ではなさそう。」
「そうだな。」
二人で星を見上げる。
「王廷はここから徒でも半日もあれば着くぞ。」
「そうだよね。」
「俺の足では大した距離じゃない。」
「そうだよね。」
彼の速度では一刻もかからないだろう。と思う。
「大丈夫だ。」
凛は碧がこちらを見ていることに気がついてびっくりした。
夜なのに黒い瞳が際立っている事に気を取られた。
「お前は斎宮になるんだな?」
しっかり目を見て言われて落ち着かない。
「このままいけばそう。宰相様はかなり高齢の三毛か、
生まれたばかりの赤子しか今はいないと
おっしゃっていたから。」
改めて自分の責任の重さを感じる。
「まだ斎宮ではないのだな?」
不意に碧に聞かれる。
「え?もちろん違う。」
碧は手を伸ばして、
凛を抱きしめた。




