第一話 ヴァルディアへの買い付け
紅陽の再建が少しずつ形になってきた頃。
武器屋を支えるため、レンとフィオは再びヴァルディアへ向かうことになった。
今回の目的は、ロークの店で扱うためのジャンク品の買い付け。
だが、その旅はただの買い出しでは終わらない。
紅陽に集まり始めた者たちの縁は、またひとつ新しい流れを呼び込もうとしていた。
紅陽の朝は早い。
まだ日が昇り切る前だというのに、蒼月亭の周囲にはすでに人の気配があった。工房の方からは金属を打つ乾いた音が響き、表では水を汲む音や、掃き清める箒の音が交じり合っている。廃村だった頃の静けさを知る者なら、今の光景を見れば目を丸くしたに違いない。
その賑わいの中で、レンは背負い袋の紐を引き、具合を確かめていた。
「よし、こんなもんかな」
小さく呟くと、すぐ横でフィオが腕を組んだまま頷く。
「問題なさそうだね。道中で荷物が増えるなら、帰りは少しきついかもだけど」
「その時はその時だよ。今回の目的はジャンク品の買い付けだし、無理してまで持てない量を買うつもりはない」
「レンがそう言う時って、大体そこそこ買い込む時なんだよね」
「信用ないなぁ」
苦笑するレンに、フィオは肩をすくめた。
蒼月亭の入口から、見送りに出てきたミレーヌが二人に声をかける。
「気をつけて行ってくるんだよ。ヴァルディアなら今日中には着くだろうけど、急ぎすぎちゃだめだからね」
「はーい」
「わかってるよ、ミレーヌさん」
その隣ではリディアが腕を組み、いつもの涼しい顔で二人を見ていた。
「道中に魔物が出ても無理はするな。必要なら回避優先。荷物を抱えての戦闘は不利だ」
「さすがにそこはわかってるって」
「レンは時々危うい」
「リディアさん、そこまで信用ない?」
「ないな」
「即答なんだ……」
あまりにも迷いのない返答に、レンは肩を落とした。だがそのやり取りを見て、ミレーヌがくすりと笑う。
「でもまあ、二人なら大丈夫だろうさ。気をつけておいで」
「行ってきます」
「行ってきます」
二人は揃って頭を下げると、朝靄の残る紅陽を後にした。
今の紅陽は、拠点としては少しずつ整ってきたとはいえ、まだ発展途上だ。人が増え、物の流れができ、工房や住居が形を取り始めてはいるが、武器や防具、細かな資材に関してはまだ安定した供給ルートがない。
だからこそ、ロークの武器屋が重要になる。
そして、その武器屋を回すためには、修復可能なジャンク品の確保が欠かせなかった。カイの腕があるからこそ、壊れかけた武具にも価値が生まれる。使い物にならないと捨てられたものが、紅陽では再び商品として蘇るのだ。
「……こうやって考えると、前よりずっと“村”っぽくなってきたよね」
街道を進みながら、レンがぽつりと言った。
「村というより、拠点かな」
「拠点、か」
「いろんな人が来て、いろんなものが集まって、少しずつ形になってる。昔からある町とは違うけど、紅陽らしいよ」
「それ、ちょっとわかる」
フィオの言葉に、レンは前を見たまま頷いた。
荒れていた土地に人が集まり、それぞれの事情を抱えたまま、それでもここを居場所にしようとしている。紅陽はまだ未完成だ。けれど未完成だからこそ、これから先いくらでも形を変えられる。
そんなことを考えながら二人は街道を進み、途中で短い休憩を挟みつつも、大きな問題もなくヴァルディアへと到着した。
城壁に囲まれた交易都市ヴァルディアは、紅陽とは比べものにならないほど賑やかだった。門をくぐれば行き交う人々の数も多く、商人の呼び声、荷車の軋む音、焼きたての香ばしい匂いまでが一度に押し寄せてくる。
「やっぱり人が多いなあ」
レンが周囲を見回して呟く。
「紅陽に慣れてくると、余計にそう感じるね」
「今日はもう遅いし、武器屋は明日にしようか」
「うん。急ぐ必要はないし、まずは宿を確保しよう」
二人は門からほど近い通りを歩き、以前にも利用したことのある宿へ向かった。幸い部屋は空いており、簡単な夕食を済ませた後は、それぞれ休むことにした。
宿の部屋は質素だが清潔で、寝台も悪くない。窓の外からは街の喧騒が薄く聞こえてきたが、それも紅陽にはない“町の音”として、どこか心地よかった。
「こうしてると、旅の途中って感じがするね」
寝台に腰掛けたレンが言う。
「途中も何も、実際旅の途中だけど」
「そうなんだけどさ。紅陽にいる時って、最近はずっとやることが多かったから」
「まあ、それはあるね」
フィオも荷物を脇に置きながら頷いた。
紅陽では毎日何かしらの仕事がある。見張り、修理、物資の整理、来客への対応。穏やかなようでいて、常に動き続けている。だからこそ、こうして外の町で一息つく時間は少しだけ貴重だった。
「明日は朝から武器屋だね」
「うん。いい品が残ってるといいけど」
「ロークさん向けなら、ボロくても価値があるのが救いだよね」
「それをカイさんが直せるのが前提だけどね」
「そこは信頼してる」
「それは同感」
短いやり取りの後、二人はそれ以上話すことなく床についた。
翌朝。
ヴァルディアの通りは朝から活気に満ちていた。荷を運ぶ人足、開店準備をする商人、朝の仕入れに動く店主たち。そんな人波を縫いながら、レンとフィオは目的の武器屋へ向かう。
店の前には、錆びた剣、柄の割れた槍、欠けた盾、歪んだ胸当てなどが雑多に並べられていた。普通の人間ならまず見向きもしない品ばかりだが、紅陽にとっては宝の山でもある。
店の奥から、がらの悪そうな声が飛んだ。
「この前ジャンク品買って行ってくれた兄ちゃん達か?」
顔を上げると、無精ひげを生やした店主がこちらを見ていた。相変わらず愛想がいいとは言えない顔つきだが、その目にはしっかり商売人の色がある。
「そうだよ」
レンが軽く手を挙げる。
「また買いに来た」
「ありがとよ。そこにあるから好きなのを買って行ってくれ」
「了解」
二人は早速品定めを始めた。
レンは剣や短剣の歪み具合を見て、修復できそうなものを選び取っていく。フィオは金具や鎖、柄の交換で再利用できそうな部品類を中心に見ていた。武器そのものだけでなく、素材として使えるかどうかも重要なのだ。
「これ、刃は駄目だけど鍔は使えそう」
「こっちの盾、表はひどいけど裏の留め具は生きてる」
「なら持っていこう」
「この槍も穂先を差し替えればいけそうだね」
「うん、たぶんカイさんなら直せる」
二人は時折目を合わせながら、次々に品を選び出していった。最初は山のように思えたジャンク品も、見ていくうちに価値のあるものとそうでないものが分かれてくる。
やがて、背負い袋がほどよく膨らむくらいの量になったところで、レンが息をついた。
「この辺かな」
「持てる量としても、ちょうどいいと思う」
「じゃあこれで」
勘定を済ませると、店主は袋を見て鼻を鳴らした。
「相変わらず妙なもんばっか選ぶな、お前ら」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
「好きにしな。だが助かるぜ、こういう半端な品はまとめて持ってってくれる相手が少ねえ」
「また買ってくれよ」
「またくるよ」
そう言って店を後にすると、二人はそのままヴァルディアの門へ向かった。
買い付けは順調だった。必要なものも揃った。あとは紅陽へ戻るだけ――そのはずだった。
だが、門を出ようとしたところで、後ろから大きな声が飛んできた。
「おーい!」
レンとフィオが同時に振り返る。
「ん?」
「レン、フィオ!」
見覚えのある荷馬車と、よく通る声。近づいてくる男を見て、レンが目を丸くした。
「ロークさん」
「やっぱり出会ったね」
荷台の手綱を引きながら、ロークは愉快そうに笑った。旅慣れた行商人らしく、日に焼けた顔には疲れよりも余裕がある。
「何が?」
フィオが首を傾げる。
「ミレーヌさんやリディアさんが、ロークに会うんじゃないかって」
「勘がいいなあいつら」
ロークは呆れ半分、感心半分といった顔で笑ったあと、二人の背負い袋に視線を落とした。
「それ持って帰ろうか?」
「頼みたい。この先のグラディウスまで行くつもりだ」
「そっちまで行くのか? その先は?」
「まだ決めてないが、いいのが無ければ行くつもりだ」
「了解。ミレーヌさん達に伝えておくよ」
「頼むよ。あまり長旅にはするつもりないから」
「じゃ、また紅陽で」
「おう!」
短いやり取りのあと、レンとフィオはロークの荷馬車あった、ロークが買い付けたジャンク品を積み込んだ。
「これ背負ったまま帰ること思うと、疲れるな」
レンが言うと、ロークはにやりと笑う。
「その代わり、こっちは楽になったがな」
「荷馬車なら平気でしょ」
「言うじゃねえか」
気安いやり取りを交わしながら、三人の間に流れる空気は穏やかだった。紅陽に集まる者たちは皆、何かを失ったり、何かを背負ったりしている。だがそれでも、こうして軽口を叩ける程度には、互いを信用し始めていた。
「じゃあ、俺たちは先に戻るよ」
「気をつけな。道中、妙な連中に絡まれるなよ」
「それはお互いさま」
「違いねえ」
ロークと別れ、レンとフィオは再び紅陽への道を歩き始めた。
空は高く晴れていて、風も穏やかだった。だがレンは、背後に去っていく荷馬車の音を聞きながら、ふと胸の奥で何かが動くのを感じていた。
まだその時の彼は知る由もない。
この買い付けが、ただの仕入れでは終わらず。
これから先、紅陽に新たな縁を運んでくることを。
そしてその縁が、ある獣人夫婦の運命を再び交差させることを――。
第一話を読んでいただきありがとうございます。
今回は、レンとフィオのヴァルディアでの買い付け回でした。
まだ大きな事件は起きていませんが、紅陽という拠点が少しずつ“人と物が巡る場所”になってきたこと、そしてロークとの合流によって次の展開への下地ができた回でもあります。
次話では、紅陽へ戻った後の流れから、錬金道具不足の話へ繋がっていく予定です。
ここから少しずつ不穏な気配も混ざっていきますので、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。




