第44話
ご主人と別れた私は三つ編みの優しげなフィーネ先生に連れられて小さな部屋にやって来た。と思いきやそこにはリオンが入っていて、椅子に座って本を楽しそうに読んでいた。
「あ〜! フィーネ先生とジーナさん! どうしたの〜?」
「あ、いや……その……」
「リオン。今からこの人にここの説明をするところなんですよ」
「へ〜。そうなんだ〜」
と言ってリオンは本に目を戻した。
私たちの話には興味ないというわけか、まあここの出身だと聞いたし、今更知ることもないか……。
フィーネ先生に促されて席に対面で座る。
よく見るとこの部屋、小さいが清潔感に溢れる場所だ。
白い壁に本棚。医療関係のものが多いか? そういえばリオンのやつが読んでるのも医療関係のようだ。
「ジーナさん。でしたっけ?」
「は、はい! 私の名前はジーク……ジーナです!」
あぶない! 危うく私の本当の名を話すところだった。
別に隠しているわけでもない。名を捨てるようには言われていたが……。ここでジーナと名乗ったのはここの子供達が王国の起こした戦争や内戦の被害者だからだ。
ジークリンデと言う名は大陸に広まりすぎている。なにせ第一王子との婚約が大々的に報じられていたんだからな。
もしかしたら王国貴族である私を恨む子達もいるかもしれない。
「ジーナさんですね。初めまして。私ここの教員を務めているフィーネです。よろしくお願いしますね」
「ああ。よろしく……。ん? 家名がないのか?」
今どき珍しい。一昔前は家名がない人間はさほど珍しく無かったのだが、昨今はどの過程であれ家名を名乗るようになった。というのにフィーネ先生は名乗らなかった。
「ええ。私に家名はありません。なにせ私も王国領の内戦で家族を失った孤児ですから」
「そ、そうなのか……すまない」
「構いませんよ。今が幸せですから。昔の事などとっくに吹っ切れましたので」
とはいえ。私自身がキツい。
何をしたわけでもないが、王国人ゆえの罪悪感とでも言うのだろうか。そんな苦しさが胸を締め付けてくる。早くこの流れを断ち切らなければ。
「さ、早速だが、ここはご主人のなんなのだ?」
「ここはアイザック先生の所有する孤児院。先生はここ以外にもいくつも施設を持っておられるんですよ?」
「いくつも!?」
「ええ。先生が仕事で稼いだお金はその殆どを子供達に充ててくれているので……」
今まで稼いだ金の大半は孤児院に流れていると言うわけか。意外だな。あのご主人が子供に対してこうまでも優しさを見せるとは。
だが……今思えばリオンに対して優しい接し方だったし、不思議ではないのか。
「戦争で行き場をなくした子供達が奴隷に堕ちないように、堕ちたとしても買取、みんなこの施設に入れてくれ、食事に衣類、寝る場所全てを与えてくれました。それどころか教育まで。こんなにありがたい事はありませんよ」
「は、はあ……。そういえばリオンもここの卒業生なのか? ここに住んでたと聞いたのだが……」
お前の話をしていると言うのに本ばかりに目を向けているんじゃない。少しぐらいは会話に混ざれ会話に〜。
「ええそうですよ。リオンも確かにここで暮らしていましたが。この子は人より学習能力が高くてですね。先生に着いて行くと言って出て行ったのですよ。まあ実力を先生に認められ子供の中で唯一例外として先生の仕事のお供話させてもらっている訳ですが」
なるほどな。確かに医療知識もあって、ご主人のあのスピードについていける時点でかなりの実力者だ。まあ戦闘はからっきしだがな。
何度か、ご主人と共にリオンとも組み手をした事があるが……ひ弱。その一言に尽きる。
「出ていくのはリオンだけではありません。この場で十分学びを得れば外に出て働いたり、養子に出す事もあります。すべては子供達の選択。私たちはただ手助けしてるに過ぎませんから」
「そうなのか……。そこはご主人と同じなんだな」
ご主人も、私を奴隷にしたがある程度自由にしていいと許可してもらっている。
服も買っていいし、鍛えたければ鍛えてもいいと言って武器を与えてくれた。
正直、実家にいる時よりも今の方が充実した毎日だ。
令嬢として、未来の王妃としての勉学にレッスン。その全ては当たり前だと教わり続けたが……。
今思えばあの場所に私の自由はなかったな。そんな事考える必要もなかったといえばそれまでなのだが。
窓の外を見るとご主人が子供達と遊んでいる姿が見えた。
かけっこをしているのか? まったくご主人。一切手を抜いていないから子供達が拗ねてるじゃないか。
だが……楽しそうだな。
「ジーナさん?」
「あっ。すまない。少し考え事をしていてな……」
「そうですか。ふふ。それは今の生活と以前の生活を比べていたからでしょうか?」
「どう言うことだ?」
「隠さないでください。ジーナさん。あなたは王国貴族の……かなり上位貴族の出、ですよね?」
ズキッと心が痛んだ。
「な、何故それを?」
「話し方と立ち振る舞いを見ればだいたいわかりますよ。奴隷の首輪をしているのに口調がらしくないんですもの」
「あ。いや……それは……」
気まずい。彼女達は私たち王国が不幸にした人達だ。
そんな人たちの前に私みたいな人間が現れたらどう思うかなんて一目瞭然だろう。
「大丈夫ですよ。私たちは確かに王国に思うところはありますが、あなたが戦争を起こした訳じゃないですしね」
「だ、だが……」
またずきりと胸が痛んだ。
王国が起こした戦争、その大半は父が王に進言して持ちかけたものだ。その娘である私に関係がない? いいや。私は見てきたのだ。
父が派閥貴族連中から献金を受け取っているのを。戦争のための話し合いをしているのを。
私はそれを知っていた。聞いていてなお、王国の未来の為だとか、他国は私達より劣る存在という幻に縛られていた。
申し訳なさでいっぱいだ。
ご主人があの日、私にも非があると言った理由が今になって分かった。
私も同罪なんだ。目の前で失われていく命、無くした生活。それを見ようとしなかったし素人もしなかった。
失って気付いた。こんなにも辛い仕打ちを私たちは……。
「ジーナさん?」
そう思うと体が自然と動きだしていた。
私はフィーネ先生に頭を下げていた。これで許されるとも思っていない。見当違いな事をしているかもしれない。でも何かをせずにはいられなかった。
「私達の国が、いいえ。私の家族があなた方を不幸な目に合わせてしまった事。ここに謝罪させてほしい。許してもらおうなんて思っていない。だが……謝らせて欲しい」
本当に、申し訳ない。
私のこの言葉を聞いたフィーネ先生の顔を見るのが怖い。顔を上げたくない。でも向き合わなければいけない。それが奪ったものへの罪なのだから。
「顔を上げてください」
優しい声だった。
その声に恐る恐る顔を上げると、そこにあったのはぎこちない笑顔を向けてくるフィーネ先生の顔だった。
「さっきも言ったでしょう? 貴方が起こした戦争だった訳じゃないと。仮にそうだとしてももう過去の話。それに私たちは今の生活を不幸だなんて思っていませんよ」
そう言って窓の外にいる子供達を眺めた。
私も釣られて外に目を向けると、子供達がご主人と休憩しているのか庭園で1ヶ所に集まり談笑しているようだった。
「あの子達を見てください。あんなに笑顔なんですよ。戦争で全てを失ったあの子達があんなに笑顔になれたのもアイザック先生のおかげ。あの人が私たちに生きる意味を与えてくれたからなんです」
「生きる……意味?」
「ええ。生きるというのは選択するという事。選択するためには知識や技術が必要。その為の学びやと生活の場所を与えてくれました。ここに居るリオンにしたってそうです。この子も困った人を助けるんだって医学の勉強に励み、先生についていけるまでに成長しました。選択したのですよ」
「選択ですか」
「はい。過去を悔いても帰ってこない。なら未来へ生きるために私たちは今何をするべきか、何がしたいかを選んで生きていく。それが大事ではないですか? ジーナさん」
私の痛んだ心に光が差したような気がした。
奴隷に堕ちてから最初の頃は恨んだ。
あの日々に帰りたいとも思った。でも今はこの生活が悪くないと思っている、自由だからだ。
そうか……ご主人は私にこのことを教えるために奴隷に……。
「フィーネ先生。流石に疲れましたよ。いやはや子供達は今日も元気ですなぁ。ってジーナどうした? そんな顔して」
さっきまで庭園にいたはずのご主人が帰ってきた。顔は泥まみれでいつものご主人らしくはない。
が……。不思議と嫌じゃない。むしろ微笑ましかった。
「はははご主人。なんだその顔は、泥まみれではないか」
「なんだ? しゅんとしたと思えば笑い出して……」
そうだ。私は過去を振り返らずに前を向いて生きていくんだ。選択だ。これからの人生。私は本当にやりたいことを見つけよう。
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