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第2話

 古い屋敷の居間は木製で装飾も限られた数しか置いていない。寂しい空間に軽快な音楽が流れるテレビに目を向ける。

 テレビに映るグライカンの街は今日も慌ただしく人々の往来で賑わっているようだった。グライカンはセントグリーズ大陸の中央に位置する中立都市。

 王国、帝国、法国の境目に築かれた都市故に各国から人が集まるからこその賑わいだろう。


 そんなテレビは、グライカンの街の映像から、お天気コーナーに切り替わる。美人アナウンサーが今週の天気予報を話し始めたが興味がないので私は電源を切った。


 暗くなった画面に白髪の男がそこに映りこんだ。あちらこちらに跳ねた寝癖、だらしない寝巻き姿の私の姿が。

 そんな私自身の姿に嫌気を感じつつも、手元の新聞紙に目を移す。

 見出しには『王国三大貴族。ジークリンデ嬢行方不明!? 第一王子との結婚は?』やら『王国と帝国の間に緊張が走る。戦争間近か?』と大々的に記載されている。


 物騒な時代だ。数年、平和で仲良くやって来たと言うのに年が明けてみれば睨み合う仲にまで悪化した。

 私は記事に呆れながらコーヒーを啜り、トーストを一口齧る。

 少し焦げたパンが良い食感を生んでいて美味かった。やはり朝はパンとコーヒーに限る。そう1人虚しく微笑んだ。

 だがこのコーヒーとパンは王国からの輸入品だ……。もし戦争にでもなれば手に入らなくなるかもしれない。それは辛い……。朝はこれでないと身が引き締まらないというのに。


 トントントン。トントントントン。

 規則的に7回のノックが屋敷の玄関の方から響いてきた。この鳴らし方は同居人の帰宅だ。新聞を置いて、玄関へ向かう。

 扉を開けると私の膝まで程の身長で、首輪を付けた女の子の様な見た目の少年が身の丈に合わない大きなリュックを背負って立っていた。

 

「おー。戻ったかリオン。どうだった? 全部揃ったか?」

「なんとか揃ったよ! しかも僕の値引き交渉が効いて予算が2割残ったんだ〜! どう? どう? すごいでしょ〜!」


 えっへんと胸を張るリオンの頭を撫でてやる。子供は好きだ。純粋で真っ直ぐで汚いところが何一つない。

 しかもこの子は私の指示した買い物を完璧に遂行しただけでなく、予算を抑えたと言うのだ。素晴らしい働きじゃないか。こういう子程私は名一杯褒めてやるべきだと思う。


「それは何よりだな。ご苦労様。疲れただろ? お茶を淹れてあげるから早く入りなさい」

「わ〜い!」


 扉を開けるとトテトテと中に入っていくリオン。微笑ましい姿だ。そして扉を閉めようとしたその時――


「失礼。ここはアイザック・ニュートリウス殿の屋敷であるか?」


 唐突に声をかけてきた庭先に立つ大きな男。立ち姿から気品溢れる男だと一目で分かる。

 立派に整えられた髭、後ろで結った少し長い橙色の髪。


「私がアイザックですが……貴方は貴族ですかな?」


 目を細める。

 別に貴族が嫌いというわけではない。私を訪ねてくる輩に対してはいつもこうして見つめる癖があるのだ。

 そんな瞳に睨まれた貴族の男は一礼し口を開いた。


「良かった。住所があってたようであるな。如何にも私は貴族で名をリンスと言う者である。ここではどんな依頼も報酬次第で受けると聞いたのであるが、相違ないか?」

「ええ。ありませんよ? 依頼……。つまり何か困り事でも?」

「うむ……だが――」


 男もとい、リンスは周りを気にするように目を周りにチラつかせている。ここでは話しづらいという事だろう。


「宜しければ中へどうぞ。お茶しか出すものがございませんが」

「感謝する。では……」


 私は扉を開き男を中へと入れる。

 すれ違い様、その歩き方。足の踏みつける力加減。重心の向き。全てを目に収めてから扉を閉める。

 中に入ったリンスは屋敷の中を見渡していた。物珍しげに。対して飾りつけていないこの屋敷のどこが面白いのか。

 

「ほお。ここが有名なアイザック殿の屋敷であるか。落ち着いていてなんとも住み心地の良さそうな屋敷だ」

「そんなそんな。貧相な屋敷ですよ。貴方の主人である大貴族様の屋敷には遠く及びませんよ。リベリア王国三大貴族のグラリューゼ侯爵の執事殿」

「なっ!!?」


 その名を呼ぶと男は目を見開いた。この反応で今言ったことが真実だと教えてくれるようなものだ。


「なぜ分かったのであるか?」

「なに難しいことはありませんよ。その特徴的な口調。立ち姿。歩き方は主を立てるようなゆっくりとした歩調。あとは重心ですかね。その重心の取り方は王国剣術の一つグラリューゼ流の物です。それを体得した人は侯爵に従う貴族か家臣だと有名ですから」


 言い当てると、リンスは感心したように私を見てくる。

 

「流石ですな……。いやはや見事」

「なに、探索者としてのどうしようもない癖です……。なんの自慢にもならない取り柄でございますよ。こちらへどうぞ」


 屋敷の何にもない廊下を進んで客間へ。そんな廊下を進みながら私はリオンに叫んだ。


「リオン! お客様だ。お茶は後にして、もてなしの準備をしてくれないか」


「はーい」と遠くから声が聞こえてきた。なんとも素直な子だ。返事を聞いて私は執事を客間に入れる。

 客間はまだマトモだ。

 それなりの装飾に絵画。黒と赤を基調にしたテーブルと椅子。私はリンスの座る椅子を引いて身振りで促した。


「すまんな」

「いえいえお構いなく」


 リンスを座らせ、私も対面の席に腰掛ける。


「お待たせしましたー! お茶で〜す」


 間もなくリオンが真剣な顔でお盆を持って入ってきた。お盆の上には紅茶がカップを揺らして中の液体が盆の上にパチャパチャと散ってしまっている。


「奴隷か……」


 リンスがリオンに鋭い目つきで睨んだ。明らかに嫌悪感を含んだ目だ。

 私は席を立ちリオンから盆を変わる様に受け取った。


「ありがとうリオン。お前もここで話を聞いていくんだ。」

「あいあい先生!」


 ビシッと敬礼したリオンは奥にあるソファにちょこんと座った。それを見てから私はリンスの前にカップを置く。

 別にリオンから渡しても良いのだが、相手は王国貴族に連なる者。奴隷のリオンからお茶を渡されることをよしとしない可能性もあった。それ故の配慮だ。


「ふむ。感謝する」

「いえいえ」


 言ってリンスはリオンに殺気を飛ばしだした。

 やはりこの執事。リオンを見てから明らか様子が変わった。紅茶を出すのを変わって良かったと思う。

 王国は奴隷に対する扱いが大陸で1番酷いことで有名だ。気に入らないことがあれば鞭打ち、見た目が気に入らなければ火で顔を炙る。顔が綺麗なら犯して捨てると言った非道なものばかり。

 リオンは優秀でとても気に入っている。だからこんな事で斬って捨てられては困る。


「で? 話とは?」


 そんな理由もあって早速話題に入ることにした。

 面倒事は避けたかったからだ。

 リンスは紅茶を飲んだ――ふりをしてカップを置いた。喉が動いてなかったのだ。奴隷であるリオンが入れた茶など飲めんということか。

 

「話というのは我が主人、グラリューゼ様のご息女についてである」

「ご息女ですか……」


 確か行方不明だとか新聞にあったな……。

 

「うむ。実は先日、王主催の社交会が開催される触れが出てな。献上品を竜の逆鱗に決められたのだ」

「竜の逆鱗……ですか」


 竜の逆鱗は大陸の中でも稀少素材の一つだ。逆鱗一つで30年は遊んで暮らせるだけの金が手に入るとも言われている。竜の個体の強さに応じて逆鱗の輝きや、強度が変わってくる為、王への献上品にはちょうど良いものだろう。

 それにしても、このタイミングで王主催の社交会とは王国は、もはや戦争を企てている事を隠す気がないようだ。


「グラリューゼ領に未踏破ダンジョン――【竜の寝床】があるのだが、恐らく奥に潜むボスの逆鱗は価値があるはず。そう見たグラリューゼ様はとある冒険者パーティーに手に入れて貰うように依頼を出したのである」

「はぁ。それでご息女と何の関係が?」

「グラリューゼ様はこの際、娘であるジークリンデ様の武勲を建てたいと考えパーティーに同伴させるよう条件をお出しになられたのだ」

「なるほど……。申し訳ありませんが、依頼を出した冒険者パーティーの名は?」


 冒険者パーティーには必ずパーティー名がある。その名が大陸に響き渡ってるか否かで格が分かるのだが、まあ竜討伐に駆り出される程だ。おそらく名のあるパーティなのだろう。


「パーティー名は【戦火の篝火】」

「篝火ですか。確か彼らは竜討伐において、この大陸の右に出るものはいないと言われる猛者達だったはず。余程のことがない限り失敗するとは思えないのですが……」


 そう言った瞬間リンスが私の顔を睨みつけてきた。

 ご息女が足手纏いになったと言いたいのか!? そんな言葉がリンスの眼光から捉えることが出来た。

 で、あれば。

 なんとも可哀想な【戦火の篝火】だろうか。貴族の中でも三大貴族と名高いグラリューゼ……。

 その提示された多額の報酬に目が眩んで引き受けたは良いものの、足手纏いをパーティーに入れた状態で苦戦を強いられたといったあたりか。


「そう睨まないでください。話は分かりました。その竜討伐が失敗に終わった可能性が高いと見て、生存未確認のご息女を救出してほしい。そういう事ですな?」

「うむ。その通りである」


 救出。私のところに来る依頼のほとんどは救出依頼だ。おそらくご息女も、篝火メンバーも生きてはいないだろう。

 だが骨さえ持ち帰ることができれば教会で蘇生することが出来る。

 代償として記憶が少し欠けるのだが……。


 欠ける度合いは死んでから経過した時間によって左右される。救出が遅くなり蘇生できたとしても最悪赤ん坊レベルの知能まで落ちる。そうなると殺した方がマシだと言われている。

 だから救出は速度だ。どれだけ効率よく目的の場所まで行き、回収して帰ってこられるかに掛かっている。

 

「このような救出依頼は大陸中を探してもあなたに勝る者は居ないと聞いた。故にお願いしたいのである」

「構いませんよ。報酬さえ支払っていただければ」

「おお! 真か! では報酬だが――」


 リンスが希望を見出したような顔を見せ、報酬を口にしようとしたが――


「500億です」


 私が先に言ってやった。

 その額を聞いてリンスは思わず席を立ち声を上げた。

 

「5、500億だと!?」


 500億。どれぐらいの価値があると言われれば、小国一つは買えてしまう額だ。


「ダメですか? 大事なご息女のご命……。金で解決出来るだけ安いのでは?」

「いや高すぎる! そんな額払えるわけが――」

「払えるでしょう? グラリューゼ侯爵には同じ貴族派閥からの献金が贈られているはずです。なにせ戦時に備えてる今ですからな」

「くっ」


 あからさまに嫌そうな顔を向けられた。

 グラリューゼ侯爵は帝国との戦争を推進している派閥のトップで有名なのだ。それぐらいの金なら蓄えてあるだろうと見ての提示額。

 

「知っているなら尚更その額は!」

「では仕方ありません……。この話はなかったという事で――」


 払えないのなら仕方ない。私は別にこの話を受ける義務などないのだから。後は怖いが、それはその時に対処すればいいだけのこと。

 席を立とうとしてリンスは慌てたように「待て!」と遮った。


「なにか?」


 振り返る。そこにはさっきまで強気だったリンスの姿はどこにもなく、必死な様子で懇願する姿しか見えない。

 

「100億。100億までなら出せる……」

「話になりませんな」


 即答。私はリオンに「おいで」と手で促し、共に部屋から去ろうと扉に手をかける。


「わ、分かった! 500億! 500億払う! だから受けてくれ!」


 扉を開こうとして手を止めた。交渉成立だ。主人がいないこの場で決断が下せるのは、ご息女の命が王国の未来……いや。グラリューゼの未来に必要だからだろう。

 私はリンスへと振り返り笑顔で答えてやった。


「ではお受け致しましょう。安心して下さい。明日にはご息女の元気な笑顔が見れますよ」

ここまで読んで頂きありがとうございます!

ようやく登場。主人公アイザック。

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