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第16話

 グライカンから船に乗り南下した目的の場所は熱帯雨林だった。色の主張が激しい鳥に、浅瀬には巨大な魚。湿地から伸びた木々が私たちのボートの行く手を遮っている。

 この森の何処かから、けたたましい鳥の鳴き声が響いてきては恐怖を誘ってくるか、私からすれば愉快な自然公園と言ったところかな。

 

「ご主人……本当に私がついて来て良かったのか?」

「仕方ないだろう。事は一刻を争うんだ。それに前金だって受け取ってる。一度屋敷に戻って悠長に準備している暇なんてないだろう」


 今回の救出も時間との勝負だが、以前のジーナを拾い上げた時と訳が違う。

 【森の息吹】のメンバーが出発したのが13時で、帰還したのが今日の16時……。

 つまり14時から15時の間に死亡したと思われる。

 居場所については、ギルドが開発したドッグタグと呼ばれる信号を放つ魔具と、端末化された地図が示してくれている。これがあれば死体がどこに転がってるか分かる仕組みらしい。

 流石、多額の税金を搾り取るだけあって最先端技術を備えていると言えるな。


 ただ救い出すとなれば最後は人の技術だ。

 記憶の消失は今の状態だと朝までは消えているはず。なら私達に残された時間は大体1時間と言ったところだな。そうなるとよ無駄な寄り道している暇はなかった。


 物資はギルドにあった剣にナイフ10本。回復薬10個。

 ジーナに背負わせたリュックには予備の回復薬に武器が入ってはいるが、リオン程コンスタンスに取り出すのは経験の無さからして期待は出来ないだろう。


「良いか? お前は絶対私の指示に従え。道中にある宝や魔物の素材全て無視だ。そこに他人の死体が転がっていたとしても無視だ」

「あ、ああ。承知だ。だが戦闘のサポートぐらいは――」

「結構。私には必要ない」

「だが! 私にだって何か手伝えることがあるはずだ! これまで公爵家で鍛えてきた剣術も魔法だって使える!」

「だが、お前は以前ダンジョンで間抜けにも死んだろ。どれだけ鍛えていたとしても、私はお前の力を知らんしアテにしない」

「なら私は何をしろと!」

「黙ってついてこれば良い。必要なことがあればその荷物から取り出して私に投げろ。それにサポートの心配するより私について来れるかどうかの心配をした方がいいな」

「それは……」


 ジーナの顔が険しくなった。だがそれに対して説明している時間はない。何故なら――

 

「着いたぞ」


 目の前には空間が歪んだように映る森林が広がっていた。ここだけ、時空が歪んでいる……。


「ここが……」

「ああ。ここが今回私たちが潜る中級特異変異ダンジョン――【熱の大輪】だ」


 今回は洞穴型ではなく大陸と地続きの亜空型ダンジョンだ。特徴としては周囲の地形と同調したものが多く。今回のダンジョンも熱帯雨林とそっくりな見た目だ。

 恐らく中に生息する魔物も、この辺りの気候に適応した存在が多いはず。

 ボートを降りてジーナの前に私が立ち、歪む空間に足を踏み入れる。

 瞬間! 植物の蔓が私の頭目掛けてしならせてきた。

 咄嗟に屈み、足払いで後から入ってきたジーナを転ばせた。


「な、なんだ!?」


 尻餅をついたジーナ。なんとか頭上に蔓を通過させる事ができた。安堵して、蔓の根元に目を向けると紫色のラフレシアがこちらに蔓をうねらせていた。魔物だ……。だが雑魚だな。

 ポーチからナイフを取り出し投げつけると花弁の中央に突き刺さり、悲鳴の様な鳴き声をあげて落ちてくる。


「こ、これがここの魔物」

「キラーフレシアだな。だが私の知る色と違う。本来こいつは赤と白のマダラ模様なんだが、どうした事か紫単色だ……」


 ナイフで斬り裂き中身を確認してみるが、特に変わった箇所はない。個体が強化されただけみたいだ。

 だが、どう強化されたかは魔物によって違うだろう。


「警戒を引き上げなければな」


 それだけじゃない。このダンジョン……足場がかなり悪い。木の幹や所狭しと伸びた蔓に根。ぬかるんだ沼。

 全てが私たちの歩みを止める天然のトラップになっている様だ。


「確かにこれは中級ではないな。私から見ても上級相当のダンジョンに化けてるぞ」

「上級……それは【竜の寝床】と同じ?」

「そうだ。だが今回はそれより厄介だぞ? この進みづらい道を進むしかないんだからな」


 腕につけてある時計に時間を測るためのタイマーをセットする。ジーナが不思議そうに眺めてくるのを、私は支度しながら答えてやる。


「攻略開始から時間を測るんだ。これで救助者の記憶消失レベルを常に確認できる。さて……準備は良いか?」

「あ、ああ!」

「道は進み辛いがお前はただまっすぐ走れ。いいな? 絶対に真っ直ぐだぞ」

「何度言わなくてもそれぐらいは分かるぞ。馬鹿にするな」

「だと良いがな……行くぞ!」


***


 なんだ。なんなのだ!?

 私は今、ご主人の後に続く様に真っ直ぐ走っている。そうただ真っ直ぐにだ。

 目の前を走るご主人の前には木の枝に蔓、根が行く手を遮っているのに、それが私の足を踏み込む頃には何もない綺麗な道に整えられている。

 魔術か? いや魔術しかないだろう。

 絶え間なくご主人の口元が動いているから常に魔術を唱え続けているのだ。

 私が……走りやすい様に……。


「ご主人! そんな事しなくとも私は着いていける!」

「喋るな速度が落ちる! これはお前の為だけじゃない! 良いか? 私達は時間と戦っているんだ。救助対象を回収しておしまいというわけにはいかないんだ」


 そうか……。つまりこれは帰りの道中をより素早く駆け抜けるための整地と言うわけか。


「これぐらいなら自分にもできると考えるなよ。植物が多いダンジョンにはそこに生息する草木にカモフラージュした魔物が数多く存在する。万が一にも間違えて切りつけてみろ。この辺りに見える植物が一斉に私たちに襲いかかるぞ」


 言われて腰に掛けた剣から手を引いた。

 そこまでこの速さの中で考えているのか? 信じられん……。これが【屍食鬼】だと。そんな不名誉な呼び名で片付けて良い御仁では無いぞ。

 まさに神業……。魔物と判別しながら木々を斬り裂く思考力と判断力。魔法を常に展開する魔力の多さ。そしてこの脚力。

 どれをとっても一流……。私の屋敷で剣聖グラハイム卿と戦っていた姿はこの目に焼き付いているが……。あそこで見た技術など初歩的なものだったと言わざるを得ないな。


「確かに全滅ポイントはこの先50メートルぐらいか」


 もうそこまで進んだのか!? まだここに入って5分だぞ? 私ならここまで来るのに1時間以上はかかるだろう……。信じられん。

 私はポケットに入れていた地図を取り出し、ギルドに運び込まれた冒険者から記されたポイントを見る。

 入り口から真っ直ぐ、中央の入り組んだ場所。確かにここからすぐのポイントだ。

 

「ああ。確認した。もうすぐ到着予定地点だ!」

「確かにさっきより入り組んできたな……足元に気をつけろ?」


 言われてみるとご主人の剪定が段々と追い付かなくなってきている。飛んだり屈んで進む回数が増えて次第に私自身の体力がすり減っていく。

 水が飲みたい……。だけど足を止めるわけにはいかない。

 不意に頭にリオンの顔が浮かんだ。

 あの奴隷はご主人と常に任務を共にしていると聞いた。


 あの歳で。あの幼い体で。私よりもサポートが許されている? くそっ屈辱的だ……。私があの奴隷に劣る? だがこれは事実だ。その証拠にご主人は私に荷物を取り出させようと頼んでこないのだから。


「おかしい……」

「ご主人?」


 そんなご主人が足を止めた。ポイントにはまだ少し距離があると言うのに……。


「ここの地形……地図と違って少し広い」

「そうか? 私には狭い空間にしか思えないが……」


 見渡す限り木に木だ。木の隙間から見えるのは闇。魔物だろうか。人間の笑い声の様な鳴き声がこだまして思わず身がすくんでしまう。

 だが、ご主人はこの場所に何か感じたらしく。手で動くなと私に指示を出してくる。


「静かすぎる……それに……この空間の広さ……まさか!」


 ご主人が私に向かって駆け出してきて体を抱え上げられた。


「ご、ご主人!? いきなりなにを――」


 そう言った瞬間辺りから矢の雨が降り注いだ!

 き、奇襲!? それに矢だと!?

 着地したご主人が私を地面に下ろす。あの冷静なご主人が汗を垂らしてそれを拭っていた。


「そうか……このダンジョンの進化を促したのはお前たちか」


 ご主人の顔を向けた先、高い木の枝に何人もの人間が立っていた。だが違う――耳が長くて肌が青い……。

 奴らは弓を携え、微笑みながらこちらを見てくる。まるで食料を前にしたかのように……。


「ダークエルフか……」

「ただのダークエルフじゃないな。あの目……人間の味を知った目だ。恐らく【森の息吹】はこいつらに狩られたんだろう」


 ご主人が指差したダークエルフの腰にはドッグタグが飾り付けられていた。端末にはそのダークエルフと同じ場所を示している……。つまり【森の息吹】は!?

 

「こいつらに狩られた!? なら――」

「ああ。恐らく死体はこいつらの胃の中だろうな……。まったくこれだからダンジョンは恐ろしい」


 ダークエルフはエルフと違って人を喰う……。さっさと始末しなければ厄介だぞ。

 ご主人が剣を抜いた。つまりここで一線交えると言う事だろう。私も加勢するべきか……。剣に手を当てたが――


「お前はここで待ってろ」

「ご主人……」

「問題ない3分で片付ける。お前はそこで水分補給でもしてるんだな」

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