第12話
我が屋敷にメイドが入った。元侯爵家令嬢のジークリンデだ。金髪でスタイルも良く、見た目だけなら最上の女性と言える。だがその細い首には似合わない黒の首輪が掛けられていた。
厳密に言えば彼女はメイドではない。借金奴隷だ。私は以前の名前を捨てさせて、新たにジーナと名を与えた。
「ジーナ。なんだここの汚れは……。お前は家事もまともにできないのか」
窓際を指でなぞると埃が指の表皮を覆った。掃除を任せたと言うのに、この体たらく……。まるでダメだな。
ジーナと呼ばれたメイドはプンスカ怒り出した。
「私はジークリンデだ! 決してそのような下劣な名ではない!」
「ジークリンデ? その名は捨てただろう。今ここに居るのは私に借金を抱える哀れな没落貴族の奴隷ジーナだ。お前の意見なんざどうだって良い。で? 家事は出来ないのかと言う質問に答えないのか」
「うっ……家事は……今日が初めてです……」
だろうな。元々侯爵家の温室で育った箱入り娘なんだ。家事なんざこれまでメイドか執事にやらせていたんだろう。そんな奴に私は最初からできると思って期待なんかしていない。
なら何故こう意地悪な言い方をするかと言えば、こいつの中にこびり付いた貴族としてのプライドやら死生観……その他諸々を叩き直すためだ。
奴隷に堕ちたこいつは2度と貴族の位に返り咲くことはない。なら適応するほかないのだ。
今ある現実を受け止め、向き合い、残された人生を限りある命で進むしかないのだ。
故に厳しくしているのだが――
「こんな仕事はたくさんだ! 茶が飲みたい! 風呂に入りたい!」
「はぁ……」
ジーナは箒を放り投げて私のソファに腰掛けた。
少しぐらいは甘く見てやっているのだが、この様に堂々と職務放棄をされては困る。私もそこまで本気にこいつに何かをしてやるつもりは無いのだが――
「ジーナ。働きなさい」
「ぐっ! ギギっ!」
言った途端、ジーナの首輪が光を放ち彼女の首を締め付ける。【隷属魔術】だ。奴隷が主人に逆らわない様に苦痛を与える魔術。使うつもりはなかったんだが、こうも不真面目だと使わざるを得ない。
ジーナは床にのたうち、ギブアップと床を激しくタップし始めた。
だがここで収めるほど私の心は広くない。
「掃除をやり直すか?」
「や、やる! やるから……やめてくれ……」
「私の意見に口答えは?」
「しない! しないから許して――」
パチンと指を鳴らして【隷属魔術】を解除してやった。苦しみから解き放たれたジーナは酸素を思い思いに吸い込んでは涙を流していた。
だが本当に苦しいのは心だろう。何故この様な屈辱に耐えなければならない。そんな疑問が常に頭の中を巡っているのだろうな。
「残念だがこれがお前の今だ。諦めて励むんだなジーナ」
「はい……ご主人……」
それだけ言い残して私は部屋を出る。出て直ぐ隣の壁際にリオンが立っていた。リオンは私の姿を見るなりビクリと体を跳ねさせた。どうやら今のを覗き見ていた様だ。
そんなリオンが恐る恐る私に口を開いた。
「先生……。先生はあの人が嫌いなの?」
「嫌い? いや私がアレに対して特段感情は持ち合わせていないさ。ただアレは今を見ようとせず、かつての幻想に逃げ込もうとしているようだからな。今のアレに必要な処置をしたまでのことだ」
「で、でも……。ジーナさんはまだ奴隷になったばかりだし……もう少し優しくしても」
リオンは優しい。自分自身も奴隷で、ジーナからも嫌われていたと言うのに気遣える強さを持っている。
まだ子供のリオンには説明しても難しいだろうから私は今必要な言葉だけをリオンに告げる。
「すまないな。私はアレに優しくすることはできない」
「そんな……」
「だから代わりにリオン。お前が優しく声をかけてやりなさい」
「僕が?」
「そうだ。アレはお前を嫌っているだろうが、同じ奴隷として先輩としてお前がアレを正しい道に導いてやるんだ」
「出来るかなあ?」
不安だろう。嫌われてるのはリオン自身も分かってはいる。だがこれはリオンにとってもジーナにとっても必要なことだ。それに――
「私はお前になら出来ると信じてる。なんせお前は誰よりも優しい心を持った私の相棒なんだからな」
「相棒……うん! なら僕ジーナさんと仲良くなってみる!」
そう言ってリオンはジーナの元へ駆けて行った。声を掛けられたジーナは予想通りリオンを払い除けようとしたが、リオンはそれでも挫けずジーナに掃除のイロハを教え始めている。
そんな光景が微笑ましくも、可笑しくもあり暫く眺めていたが――
コンコンコン。
ノックが鳴った。3回だ。つまり客……。2人は掃除の話に夢中だった。
仕方ない。今日は私が客人の相手をするとしよう。
***
「急に押しかけてすみません。こちらの連絡先を知らないものでしたので……」
「構いませんよ。なれてますので」
屋敷にやって来た客人は赤いベレー帽に白と赤のロングドレスの快活そうな女性だ。
こんな派手な服を着るのは私が知る限り1つしかない。
「貴方はギルドの職員ですかな?」
「ええそうです。制服ですものね、分かりますか」
「ええ。まあ」
テヘッと舌を出して、はにかんだ。これを素でやってるのなら中々に厄介な女性だろう。男性冒険者から言い寄られて、同姓からは敵視されていそうだな。
「私はギルドグライカン支部受付のサリネルです」
「ありがとうございます。ではサリネルさん、ここへはどうして?」
「実は……先生に降り言ってお願いが……」
「お願い……。私のことは知っておいででしょう? ギルドに認められた存在でも無い、それに報酬は決して安くない事も」
「もちろん承知の上ですよ? ですが先生はこの話をタダで受けてもらいます」
「それは……脅し。と言う事ですかな?」
さあ? とサリネルは涼しげにコーヒーカップを口に付け傾けた。お前のことを見逃してやる代わりに仕事を受けろ……そう言うことだな。
「はぁ……分かりました。どうやら私に拒否権はないようですし……お聞きましょう。で、私はどこに救出に向かえば?」
「いえ。救出依頼ではなく――新人冒険者へのレクチャーを……」
「な、なんですって!?」
驚き立ち上がってしまった。ここには死地に向かった者を救出して貰うために足を運ぶ者、もしくは死体を回収して蘇生を行って貰うことを目的に訪れる人しかいないのに、あろう事か新人冒険者へのレクチャーだって?
「馬鹿げてる! その依頼であれば私じゃなくても良いでしょう!?」
「なぜです? 貴方はどんな所にも足を運ぶのでしょう?」
「足を運ぶのは死地にです。決してお遊戯会で満足するような幼稚園に足を運びやしない!」
「幼稚園なんて酷い言い方ですね……」
「幼稚園でしょう。何の覚悟もなく、金を稼ぐためだけに命を投げ売り、死すら痛みと同義と捉え、緩んだ様に笑い合っては傷を舐め合うあの場所をそう呼ばずに何と呼べばよろしい」
ギルドは嫌いだ。特にその中で甘んじる冒険者は特に。身の丈に合わない依頼を報酬額に目が眩んで受けては死ぬ。運良く蘇生されても学習せずまた潜る。そうして遂には死体すら回収されずに朽ちていく。命を軽んじるあの場所はほんとうに嫌いだ。
「では先生はご存知ですか? 新人冒険者の致死率は6割を超えている事を」
「それが事実だとしても、私には関係ありませんな。あなた方の指導不足が原因でしょう。その責任を私に押し付けないでいただきたい」
すると突然、客間の扉がバタンと開いた! 開けたのはどうやらジーナの様で側にはあたふたするリオンの姿が見える。
盗み聞きしていたジーナをリオンが止めたが、敵わず突入されたと言ったあたりか。最悪だ……。
そんな馬鹿のジーナが私を指差してくる。
「受けるんだご主人! この者は貴様の力を求めてここまでやって来たのだろう?」
頭が痛くなることを言ってくれる……。
「私は冒険者ではない、探索者だ。それに私より連中への指導に向いた奴など山の様に居るだろう」
「いいえ。先生以外考えられません。貴方はどんなダンジョンや秘境でもその身一つで乗り込み、確実に依頼を達成して来た強者です。貴方ほど探索に長けた人を私達ギルド職員は知りませんよ」
サリネルがジーナとの話に割って入って来た。これでは2対1だ。これは厄介だ。なんとか断りたいがジーナという世間知らずが横槍を入れてきて最悪だ。
というか、ギルド職員全員が認めるだと? 相当人材不足らしいな。
「ほらこの人もここまで言っているのだ。何故それでも受けない」
「私は人を助けるのが専門だ。ましてや無資格の私が新人に何をレクチャーする? 資格は捨てろと教えればいいのか?」
「屁理屈だな。人助けなら出来るではないか」
「なに?」
ジーナは自信満々と腰に手を当てビシィッ! と指差してくる。
「生きる術を教えることそのものが人助けではないか! 生存率を上げる。これが人助けとどう違う? ええ?」
「そうですね、そのとおりですよ」
パチパチパチパチ。ジーナの言葉にサリネルはニッコリ拍手喝采だ。
もうだめだ……。この流れでは私が何を言っても反論してこられる。そんな無駄な時間などに貴重な時間を費やされたくない。私は雇う奴隷を見誤ったかもしれないな。
いや……これは先ほどの仕返しか?
「はぁ……分かりました。引き受けます……」
「ありがとうございます」
「受けなければ拘束するつもりだったのでしょう? あなた方ギルドは人の弱みに付け入る酷い組織だ……」
「そんな事はありませんよ? ギルドは困った人を助ける為なら、どんな手でも使う健全な組織なだけですから」
よく言う……。私を見逃すなんて他の支部は許さないだろうに……。それでも私を利用しようっていうのだから小賢しい。
こうして私はお守りを行う為、大嫌いな冒険者ギルドへ赴く事となった……。ジーナには後できつい仕打ちをしなければな……。いや? 丁度いい。この馬鹿にも現実を教えるためについて来てもらおう。
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