第11話
「先生ー! 先生ー!」
翌朝のグライカンにある我が家にて、リオンの清々しい声が響き渡った。優雅に王国産コーヒーと同じく王国産のトーストを味わいながら、窓から入ってくる風を心地よく感じていた私の元にそんなリオンがバタバタと駆け寄りダイブしてくる。なんともわんぱくな子だ。
「どうした? 何かいい事でもあったのか」
「なに言ってんのさ先生! 戦争がなくなったんだよ! 戦争が!」
「あー。なるほど。そいつは確かにいい事だ」
バサっと広げた新聞紙には大々的に『王国三大貴族のグラリューゼ侯爵家破産!』『戦争の火種は公爵の陰謀だった!?』『第一王子、ジークリンデ嬢との婚約破棄』などなど書かれたい放題、掲載されている。
記事を見るにグラリューゼ侯爵は派閥内の貴族連中に戦争は彼が言い始めた妄言、それに従わされていたと切り捨てられ貴族社会から除名されたらしい。
今では王国二大貴族と名が変わったようだ。なんともあっけないものだな。
「にしても先生? 初めっからこうなるって分かってたの?」
「なんでだ?」
「だってさ、今までも高いお金をはらってもらってたけど、今回だけ500億ってとんでもない額だったから……」
「なるほどな」
リオンは幼いながらも、私の側で私の仕事を見てきたから気付いたのか。
「そうだな。確かにそれもある……。だが私は仮にあの侯爵が平民だとしても同じ額を請求しただろうさ」
「えっ! なんでさ! あの人が貧乏だったら500億なんて払えっこないよ!」
「だからさ。いいか? 確かにこの世界には蘇生魔法という神から与えられた最大の奇跡が存在する。だがそれは命を軽んじていい言い訳に使っていいわけじゃない。彼らは蘇生があるから……。また生き返れば何度でもやり直せる。そう命を軽んじていた。そして戦争という馬鹿げた欲に手を出して、数多くの命を踏み躙ろうとしていた。だから分からせる必要があったのさ」
「命の大切さを教える為に?」
「そうだ。娘の命と、これから奪うはずだった数多くの命の重さ――500億でも足りないぐらいではあるが、まあいい勉強になったんじゃないか?」
私は知らないがな。そう言い残して新聞に目を移す。
命とは儚く尊いものだ。人が一生をかけて僅かな希望という輝きを見出し一層輝きを強くしていく素晴らしい恩恵であるべきだ。少なくとも私はそう思う。
「そっか……でもあの人達貧乏になった今、どうやって生きていくんだろうね?」
「そんな事私には関係ない。興味もないな。今の私の興味は王国のパンサルモンテの新作パンがどんな物かと言うことだけだ」
「もー! 先生。どんだけパンが好きなの! 人の人生よりもパンの方が興味あるとか……そんなんだから【屍食鬼】なんて怖い名前で呼ばれるんだよ?」
「パンが好きなぐらい良いじゃないか。これは私の人生なんだ。なにに興味を抱こうが勝手だろ」
コンコンコン。
そんな時、屋敷の玄関からノックが聞こえてきた。3回……。私の知り合いではないな。
「リオン。お客さんだ」
「はーい!」
リオンが迎えに出る。知り合いにはノックを7回するように伝えている。だから通常のマナーである3回ノックは必然的に客ということになる。
「せ、先生ッ!」
っと、なにやら慌ただしい様子でリオンが走って戻ってきたな。まるでお化けが化けて出たかのように廊下の先を指さしているが。
「なんだ騒々しい。お客様はどうした?」
「そ、それが……」
「朝早くに失礼する」
リオンの驚愕の層を他所に、部屋に入ってきたのはなんと、公爵の位を剥奪された没落貴族のジークリンデじゃないか。首に冷たく光る輪が付けられている。どうやらジークリンデも奴隷に堕ちたようだ。それになにやらお怒りのようだが?
「これはこれはジークリンデ様ではないですか? この間はどうも」
「なにがどうもだ……」
「ん?」
首輪が少し傾いた。そこには番号が振られていて893番と書かれている。それはリオンのつけている首輪と同じ……。主人無しの奴隷のようだ。
「貴様のせいで私達はお終いだ! 財産を全て貴様に奪われたせいで奴隷に堕ちたのだぞ! 母も屋敷から出て行ってしまった! どう責任をとってくれるッ!」
「責任? 自業自得と間違えてるのでは?」
「な、なに!? 貴様がやった事だろ! 全部ッ!」
どうやら客ではなくただのクレーマーのようだ。こいつは全てを失い、命を残して奴隷に堕ちた。
借金を返済するまでひたすらタダ働きを強制される借金奴隷にな。
自分が奴隷に堕ちた事に耐えきれず、私を糾弾しにきたと言ったところだろう。
「馬鹿な娘だ。こんな所に怒鳴りに来るぐらいなら奴隷らしく働けば良いものを……」
「私は奴隷ではない! 私は栄えある王国三大貴族が1つ! グラリューゼ侯爵の――」
「その貴族は滅びましたぞ。ここにもほら――」
新聞の見出しを見せつけるようにジークリンデに放り投げて「王国二大貴族と書いてるではないですか」と言ってやった。
「こ、こんなもの出鱈目だ! 私達グラリューゼはすぐにでも侯爵の名誉を取り戻す! 貴様の悪事には屈しはしない!」
怒鳴り込むや、私を悪人と罵るとはな……。命の恩人でもあるというのに冷たいものだ。
「はぁ……。馬鹿だとは思っていたがここまでとは思いもしませんでしたよ」
「な、なんだと! 貴様! もう一度言ってみろ!」
ジークリンデが腰に下げたナイフを抜いた。貴族としての誇りに縋るようにナイフを剣に見立てているのだろう。見ていて中々に痛々しい。
「何度でも言ってやる。お前は馬鹿な娘だよ」
「貴様ぁぁっ!」
切り掛かってくるが、トーストの横に添えていたバターナイフを手に取りジークリンデのナイフを弾き飛ばしてやった。
「ぐっ……」
「お前は今の状況に自分の非はないと思っているのか?」
「私の非だと!? どの口が! これは貴様が招いた事だろう!」
「いいや違う。お前は両親の執務を少なからず知っていたはずだ! 同じ屋敷にいて他国へ攻め込むための準備。父親が側近貴族を屋敷に招いているところを見ているはずだ」
「だからどうした! それとこれのどこに関係がある!」
「関係ならあるじゃないか。お前はその凶行を止めようとしたか? 戦争という罪なき人々の命が戦火の中で散っていく様を考えたことがあるのか?」
「……くっ……」
言い淀んだな。それが答えというものだ。
「知っていて止めやしなかった。それだけじゃない。お前は両親の政治に利用され竜討伐の武勲を建てられようとした。それは第一王子の婚約者がドラゴンスレイヤーの称号を手にしてグラリューゼの地位を確固たるものにするためだろう」
「ち、ちがう! 私が討伐に向かったのは私が――」
「違わないさ。お前が事を成せば誰も公爵に楯突くことはなく、王国は多大な武力を持った軍事国家として生まれ変わる。だがそれはお前の蛮行で潰えたがね」
「蛮行だと!? 私の何が蛮行だというのだ! 私はあの冒険者と共に背中を預けあったのだぞ」
記憶が無いくせに、【戦火の篝火】と過ごした存在しない記憶を美化して語り出しやがった。
「預けあった? それも違うな。お前が彼らを死地に追いやったんだ」
「なぜそれが分かる!」
これはあくまで予想だ。彼らにもジークリンデと同様ダンジョン攻略の記憶はない。
だが、彼らの死に方。死体の集まり方に散ったアイテムが物語っている。
「私が駆けつけた時にあった死体。【戦火の篝火】4人は1ヶ所に集まっていた。だがお前の死体はかなり離れた竜の足場にあった。つまりお前は独断先行して間抜けのように死んだということだ。それにアイテムの数が極端に少なかった……。これは物資が底をついていたからだろう。あのパーティーは竜討伐のプロだ。危険と判断したのなら引き返すはず。だが結果最奥で死んでいた。つまりお前が足を引っ張り彼らを殺したのだ」
「そ、そんなはずない! 私は……私は!」
「まあここで記憶にない話をしても無駄ですな。どれだけ怒りをぶちまけたとしても時すでに遅しと言うものです。おかえりを」
リオンがハッとし、ジークリンデを外に案内しようとしたが――
「触るな奴隷ッ!」
「うぎゃっ!」
腕を薙ぎ払われリオンが飛ばされてしまった。
「リオン!」
「だ、大丈夫……先生……」
怪我はないようだ……。ホッと胸を撫で下ろした。
「お前はいい。下がっていなさい」
「はい……」
しゅんと落ち込んだリオン……。それにしても、なにが触るなだ。なにが奴隷だ。人は命あるもの等しく平等だと言うのにこいつは未だそれが見えていないようだ。
「いいだろう。そこまでなにも見えていないのなら私にも考えがある」
「な、なにをするつもりなのだ!」
私は手をジークリンデに伸ばしある魔法を唱え始める。するとジークリンデの首輪が光を発し始め、彼女の首を締め付ける。
「ぐっ……ぐぁ……」
「苦しいか? これは【隷属魔術】の1つだ。お前に問う。主人はいるか?」
「だ、誰が……」
「言えッ!」
「あ、主は……まだ……」
苦しげに自白させた。この魔術を受けた奴隷は苦しみながら命じられたことに従うようになる。
そうか……主人はないか。なら――
「ならここに契約を行う。汝ジークリンデ。我が元に降れ!」
「なっ……やめろ……」
首輪に赤く文字が刻まれていく。赤い光がジリジリと首輪を焼き、刻んだその文字はアイザックと書かれていた。
同時に苦しみから解放されたのかジークリンデがへたり込んで肩で息をしている。
「これでお前は私の奴隷となった」
「そ、そんな……いやだ! 嫌だ嫌だ! 私は公爵家の娘だ! 決して奴隷などでは――」
「いいや。お前は奴隷だ。今日から残りの借金返済をここでやってもらう。それとさっき私とリオンにを手を出した慰謝料を足してざっと200億と100万と言ったところだな」
「嫌だ……嫌だぁぁぁ! あぁぁぁぁッ!」
ジークリンデが子供のように泣き出した。私はリオンを連れて部屋から出ていくことにした。
無知な貴族の娘にはこれぐらい強めに現実を突きつけた方が丁度いいだろうしな。
第1章はここで完結。
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