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第10話

 迫り来るのは剣聖だけじゃない。この書斎に潜んでいたアサシン共が一斉に四方八方からナイフを投げつけてきた。よく見ると刃にはドロリとした液体が付着しているのが見える。


 毒ナイフか。お約束だな。

 降り注ぐナイフを私とリオンは掻い潜りながら走っていると剣聖の一太刀が私に迫った。ポーチに入れておいたナイフを急ぎ引き抜き、受け止め、剣聖の体を蹴りつけた。

 今の一撃でナイフにヒビが入って、ほぼお釈迦。流石剣聖――さぞ名のある剣を賜っているのだろうな。


「うひゃあああ!?!?」

 

 ナイフの雨から必死に逃げるリオンは書斎の扉に手を掛けていた。


「良いぞ! そのまま走れ!」

「馬鹿が! その先にも我が部隊を配置している!」


 剣聖がまたも私に肉薄しては剣を突きつけてくる。なんとかナイフで受け止めたが……欠けたナイフが音を立てて砕ける。


「そんな事分かっているさ」

「なに!?」


 ナイフが砕け、剣聖の剣が私の首に降りかかる!

 だが、お手本のような太刀筋だ。綺麗過ぎて冒険者のような、がむしゃらさが無い。


「丁寧なダンスだ。だが私には少々物足りないな」


 使い物にならないナイフを手放し剣聖の手首を掴み、捻り上げた。すると剣聖の体がぐるりと回転し背を地に付けた。


「なっ……」


 何が起こったのか理解できていないのだろうな。まあこれは私が短い人生の中で得た合気という武術だ。こと対人戦に置いてはこれがなかなか有効でな。重宝させて貰ってる。


「何をしているグラハイム! 奴は冒険者にもなれないひ弱な探索者だぞ! 剣聖の貴様が手こずってどうする!」

「す、すみません!」


 崩したはずが、すぐに立ち上がった。これぐらいでは流石に剣聖殿は無力化できないか。まあ出来るとも思ってはいないがね。


「だが時間は稼げた」

「しまっ――」

「【クルガ!】」


 私はこの屋敷に潜んでいた刺客の気配に向けて【小爆破】を唱えた。扉の奥から連続する爆音と悲鳴……絶叫がこだました。


「な、なにが、なにが起こっているのだ……」


 悪いねジークリンデ様。あんたは何も知らない哀れな娘だ。同情するよ……。


「貴様ァァ!」


 部下が吹っ飛ばされたことが気に障ったか?

 剣聖が剣速を速めてきた。

 だが、その太刀筋はやはり綺麗すぎる。次に私のどこを狙うか教えてくれてるようなものだぞ。


 一足分距離を取りポーチから取り出したナイフ2本を逆手に構えて彼の一太刀を防ぐ。空いた片方のナイフで剣聖の足を数回突き刺しては斬りつけてやる。

 剣聖が力が抜けたように膝をついた。


「な、なんだ!?」

「筋繊維、それと関節を傷つけてやった。痛みには多少耐性はあるだろうから体を動かす為に必要な部分のみを破壊した。これでお前さんは回復魔術を施さない限りまともに動けなくなったわけだ」

「だが、私にも回復魔術ぐらいはある!」


 唱えようとしたが――


「だがそれを出来るほどの余裕があるかな?」


 私は剣聖の顔を数発殴りつけ、空いた口目掛けてポーチから取り出した小瓶を突っ込み割ってやった。

 割れた瓶から黄色い液体が剣聖の口に入る。


「ぐがっ――な、何を飲ませた!」


 急ぎ吐き出そうとしているが――


「無駄だ。それは毒では無いが魔術が唱えにくくなる即効性の麻痺薬だ。今のあんたの舌は痺れでまともに会話が出来る状態じゃない」

「こ、こんなもろ――」


 滑舌が回らなくなり始めたな。魔術を唱えようとしてるみたいだが――

 

「やめておいた方が身の為ですぜ? 詠唱が中途半端な魔術がどうなるか知らないあんたじゃないだろ」

「ぐっ――」


 決められた詠唱を唱えなければ魔術は例外なく暴発し、使用者の舌を焼き切る。

 これは魔術を扱うものなら1番初めに教えられる基礎知識だ。こんな犯罪者如きに栄えある剣聖様が舌を焼き切る覚悟で魔術は使うまい。


「では、剣聖殿。私への仕事の依頼があればまた会いましょう」

「まへ!!」


 私は急ぎリオンの後を追う。書斎を出ると屋敷中が焦げた匂いで満たされていた。なんだったら火が家具に引火して火事すら引き起こしている。

 執事リンスも【小爆破】に巻き込まれたのか、壁に頭から埋まっている。暗器ばかり身に付けたは良いが、耐久面を考慮しなかったようだな。

 これが戦士とか騎士とかなら耐えきれただろうに……。

 まあ、そんな目立つ警備で待ち構えてたら警戒されると考えたんだろうな。

 屋敷の外に出るとリオンが正門前まですでに駆け抜けていた。

 

「リオン! そこで待機だ」

「わ、分かった!」


 ここまで来ればもう十分だ。私は屋敷の方へ振り返ると、バルトルト侯爵、それとジークリンデが追い付いてきていた。いやここは来てくれたと言った方がいいか。


「いや〜。このような手厚い歓迎……至り要りますな」

「この……どぶさらいが……。貴様ここで何をしでかしたか分かっているのか!」


 バルトルト侯爵。それぐらい私にも分かっているつもりですよ。支払いを拒否しただけでなく、殺そうとした間抜けにお灸を据えただけですからな。


「ええ。爆破にチャンバラを少し……それだけでしょう? 貴方は貴族なのに、このような荒事に慣れていないので?」

「慣れてるわけがなかろう!」


 どうやら今までこの程度の警備でどうにかなっていたらしい。そうなると私は泥棒に転職した方がいいかもしれないな。いかんせんザル過ぎる。


「貴様。絶対に許さんぞ……。帝国侵攻の次はお前の住むグライカンを攻め落としてやる!」

「ほう。それは困りますな」

「先生……」


 リオンが不安そうだったので、私は笑顔だけ向けてやった。大丈夫……。戦争にはならないさ。その為に布石は打ってあるのだから。


「ですが宜しいのですか?」

「何がだ!」

「報酬の支払いです。このような真似をなさるという事は本当に支払いを拒否すると?」

「そうだと言っているだろう!」


 瞬間、ジークリンデの首輪に線が引かれるように赤く発光し始めた。


「な、なんだ! なんなのだこれは!」


 突然の体の異変にジークリンデが首を抑え慌てだした。

 バルトルト侯爵もそんなジークリンデの様子にあたふたと戸惑い始める。

 

「ジーク! なにが――。どうなっている!」

「それは【契約魔術】ですよ」

「【契約魔術】だと!?」


 それは使用者と付与対象との間に交わされた約束を違えわさぬよう作られた呪いのような魔術。

 もし結んだ契約を破れば――


「もう一度聞きます。報酬を払いたくないと言うんですかい? 私は別に構いませんが……。そうなると貴方の大事なご息女の頭……吹っ飛びますよ?」

「ひっひぃ! 父上!? 嫌です! 頭を吹っ飛ばされるのは嫌です! 私は死にたくないッ!」


 まあ本人は嫌だろうな。誰が喜んで頭を吹っ飛ばされたがる奴がいるんだ。


「ええい黙れジーク! たかがもう一度死ぬだけではないか、また教会で蘇生して貰えばいいだけだろ!」

「父上!? なにを――」


 突き放したぞ。とんでもない親だ、実の娘をなんだと思っているのやら……。まあこの侯爵の事だ。娘なんざ、王家へ取り入るためのコマとしか見ていないのだろう。

 つくづく可哀想な娘だ。


「申し訳ないが彼女に次は無いですよ」

「なに?」

「実は蘇生する時、魂にある縛りをつけましてね。いやなに、支払いさえすれば自然と消える呪いの切れ端みたいな物なんですがね」

「勿体ぶらずにさっさと言え!」

「では……報酬を支払わない限り、次に死ねば魂を砕かれ、蘇生不可能の体になる契約を結んだのですよ」


 瞬間、バルトルト侯爵とジークリンデの目が驚愕の色に染まった。ジークリンデはその場でへたり込んで「そんな……」と泣き出した。

 悪いね……。ハンナに頼んであんたの死体に仕込ませてもらったよ。

 彼女からすれば父の答え次第ですぐにでも死ぬのだから、絶望するのも仕方のない話だ。


「ば、馬鹿な。契約には本人の同意が必要なはず……。ジークが自分の命をかけた契約など知らずのうちに結ぶはずがない。魂に刻む契約だぞ……血か肉が――」

「血……まさか!」


 ジークリンデは思い出したようだ。


「ジークリンデ様、思い出していただけましたか。そうです教会で貴方の身元を確認する為に取った血ですよ。実はあの魔術は身元を明かすものなんかじゃなく、私の血と貴方の血を混ぜて成立させた【契約魔術】だったのですよ」

「そ、そんな……では貴方は初めからこうなる事を知って……」

「どう言う事だ! まさかジーク! お前そのような馬鹿げた契約を結んだと言うのか!」


 全てを悟ったジークリンデに対してバルトルト侯爵はまだ理解できていないようだ。


「彼女を責めないでやってください。ジークリンデ様は知らずのうちに私と契約を交わしたのみ。もしこの状況を恨むのであれば侯爵……。彼女に私のような悪徳探索者がいる事を十分にお教えなさらなかった自身を恨むんですな」

「助かる方法はないのか!?」

「ありません。支払い……ただそれだけがご息女を救う唯一の手段です」


 バルトルト侯爵は膝をついた。

 万策尽きたのだろう。剣聖にアサシンの伏兵を倒され、政治的脅しをしようとした矢先にこれだ。

 詰めが甘かったな。

 

「ぐっ……では払えと? そんな馬鹿げた金を払えと言うのか! 全額払えば我がグラリューゼは破産してしまう……」

「破産どころか借金奴隷に堕ちますな。王国三大貴族とあろう者が借金奴隷に……。そうなればご息女と第一王子との婚約は破棄、貴方についてきた貴族達も見る目が変わる事でしょう。残念ですが、そうなれば戦争どころの話ではありませんな〜」

「まさか貴様! 初めから……。貴様ッ! 帝国のスパイか!」


 なにを勘違いしているのか、私を帝国の間者だとお思いになられたらしい。


「違いますよ。私はね……戦争が大嫌いな1人の人間ですよ。無駄に大陸を荒らし、そこに住む人々の尊厳を踏み躙り、強者のみが好き勝手故郷を闊歩するそんな戦争がね」

 

 私はただ、戦争推進派であるあんたを破滅させる事さえ達成できれば良かった。

 例え報酬を払わなくともジークリンデが死ねば時期王女を再選出する事になる。そうなれば王族になれなかったグラリューゼ侯爵は権力が足りず戦争を起こせない。

 

「先生……」


 リオンが泣きそうな目で私を見てきた。彼もそうだ……。そして私自身。両親を戦争で失った孤児なのだから……。戦争の苦しみは痛いほど理解しているつもりだ。


「だから貴方からの依頼を聞いた瞬間にこれだ。と思いましてね。確かに私の依頼料はべらぼうに高い。だが、払う人間に合わせて価格は調整しています。貴方はこの額を払うだけの価値ある男だ。故にお聞きしましょう。払うか失うか……さぁ。どちらです?」

「払っても全て失うではないか……」

「少なくとも貴方と家族の命は助かります。確かにこれまで通りの生活は厳しいでしょう。こればかりは欲に目が眩んだ己自身を恨む事ですな」

「そんな……」


 もう成す術ないだろう。あんたに与えられた選択肢は全てを失うか、命かと言ったものなのだから。

 これを選択というのも烏滸がましい。選択というのも言葉の皮を被った強制だ。故に――


「報酬は……払う」


 そう言う他ない。死ねば元も子もない。蘇生してもらおうにも娘と財産を失った侯爵を誰が助けようものか。

 答えは0だ。人間というのはどこまで行っても金に執着する生き物だ。

 事貴族に関してはそれが著しく表に現れる。

 

「そう言っていただけると思いましたよ。さあ差し出してください。この場で受け取れば貴方は私という【屍食人】から解放されるのですから」

「ぐ……くそぉぉぉぉぉぉ!!!」


 欲をかいた哀れなバルトルト侯爵の最後の叫びが燃える屋敷の前に響き渡った。

 ジークリンデに目を向けると、今目の前で起こった惨状に絶望したように虚空を眺め、瞳から涙を流し続けていた。

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うおお毒ナイフー投げてくるんかー! って(私が)ビビったとこから完膚なきまでにねじ伏せましたね、アイザックさん。大立ち回りしててテンション上がりました╰( ⍢ )╯ あの血はそういう伏線だったのね! …
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