静かな決意、それでも前に
こんばんは。まさかの筆が乗ったので本日3話分投稿です。
読んでいただけると嬉しいです。
「シル兄ちゃんはこっち」
小さな体で椅子を引き、ヴァンがシルを食卓へと促す。
ミリアさんはまだ本調子ではないため、寝室で別に食事をとっていた。
ヴァンは自分の席に腰掛け、満面の笑みを浮かべる。
それにつられるように、シルの表情も柔らいだ。
「はい。パンとスープ。召し上がれ」
「スープ、僕も作るの手伝ったんだよ!」
得意げに胸を張るヴァンに、私も思わず笑ってしまう。
日が落ち、淡い蝋燭の光が食卓を照らしていた。
決して裕福ではないとは思っていたけれど、
これほどまでとは正直、想像していなかった。
温かいものや、肉の入った料理を口にするのは久しぶりだと、
ヴァンもミリアさんも言っていた。
お世話になるのだからと、夕食の食材は私たちが用意した。
「それじゃあ」
ヴァンはそう言って、手を合わせる。
「この世界に平和と祝福をくださった聖女様と神様に祈りを捧げます──いただきます!」
私も見よう見まねで手を合わせる。
どうやら、この世界では信仰が生活の一部らしい。
シルも、周囲に違和感を与えないためか、静かに祈りを捧げていた。
「おいしいよ、ことは姉ちゃん!」
「ふふ。でしょ?」
素朴な味だけれど、十分だった。
城から追い出された時はどうなることかと思ったけれど、
こうして食事と寝床を確保できただけでも、ひとまずは安心だ。
「それにしても、姉ちゃんたちって変わってるね。
もしかして、どこか違うところから来たの?」
──鋭い。
私は一瞬言葉に詰まり、
その場しのぎの嘘と、少しの真実を織り交ぜて答えた。
「えっと……辺境のほうから来たから、都会のことに詳しくなくて」
「そうなんだ! じゃあ僕がこの街のこと教えてあげる!」
───────
そこから寝るまでの間、ヴァンによる“講義”が始まった。
ここは王都。
その中でも旧市街にあたる、平民たちの暮らす地区らしい。
この世界にも階級制度があり、
王族、貴族、平民に分かれているという。
差別があるわけではないけれど、
聖女と、それに連なる王族や教会への信仰は、やはり強い。
「それにしても、ことは姉ちゃんすごいよ。
魔力もないのに、お母さんよくなったもん」
「……それなんだけど」
私は少し迷ってから、言った。
「できれば、秘密にしてほしい」
「なんで? すごいことじゃないの?」
「不確かな力だから」
『目立たないほうがいい。城を追い出された事情もある』
シルの言葉に、私は頷いた。
ヴァンは少し不服そうだったけれど、
最終的には納得してくれたようだった。
⸻
夜。
片付けを終え、それぞれ床につく。
ヴァンは久しぶりに、ミリアさんと一緒に眠るらしい。
昨年、同じ病で父親を亡くしたと聞いた。
そのため、部屋は一つ空いていた。
「シルがベッド使って。怪我してるし」
『気にするな。君を床で寝かせるほうが気になる』
押し問答の末、結局ベッドは私が使うことになった。
「ねえ、シル」
『どうした?』
「これからどうすればいいのか、考えると眠れなくて」
『俺は役目を終えた身だ。
君がいなければ、死んでいたかもしれない。
……だから、君についていく』
「私のほうが年上なのに、心配されてる?」
『何を言う。俺は君の倍以上は生きている』
「……えっ」
驚きつつ、私は天井を見上げる。
元の世界に帰れるのなら、帰りたい。
でも、それができるかもわからない。
この世界で生きるなら、
生きる術を見つけなければならない。
「……でも」
小さく、けれど確かな声で言った。
「この力が本物なら──私は、誰かのために使いたい」
その決意だけは、揺らがなかった。




