漂泊の民
森に足を進める私たちを何十メートルもの大樹が見下ろす。
ここが戦いの緩衝地帯になるのは頷けた。
通称、”巨人の森”。
大樹の影のせいで昼間だと言うのに、
光は差さず暗闇を作り出していた。
シルが火魔法で灯りを作り出し、
私たちの行先を照らし出す。
手にしたガラス玉は反応を強くし、熱を持つ。
まるでその先に私が会いたいと思っている人がいるかのように、
一点を指し示す。
シルと共に歩いていると、不意に私は足を止めた。
より一層強く光を放ち、熱を持ったガラス玉が、ある大樹を指し示した。
「人の形に木が彫られている?」
『違う……これは、人だ』
他の樹々とは違い魔力を感じる、
そうシルが私に告げる。
その太い根本、その根が絡まり合い、
横たわる人を包み込むようにしていた。
最初、精緻に彫られた木かと思ったが、違うこれは生きた人だ。
生きた人が根の一部になっている。
私は驚愕せざるを得なかった。
『私の眠りを醒ます者よ』
「誰ッ」
たしかに声が聞こえた。
私の頭に響く声。
それは聴覚器官を通して聞こえているのではなく、
直接脳に語りかけられているような感覚だった。
『声が聞こえるのか』
「シルには聞こえてないの?」
『俺には……聞こえない』
『そうだろうな』
美しい女性の鈴を鳴らしたような声が私に囁いた。
『私は漂泊の民と呼ばれる者。
幾久しく名を呼ばれることがなかったため、
名は忘れた────
そなたはどうやってここに辿り着いた?』
私は声に戸惑いつつもゆっくりと答えた。
「ガラス玉を頼りにここまで来ました。
あなたがガラス玉の持ち主なんですね」
私はその樹を大樹を見上げた。
この樹──いいや、この樹になった人が私に話しかけていることはなんとなくわかった。
『そうだ。
旅立つ同胞にまた再び巡り会えるようにと渡したものが、
巡り巡ってそなたの元に渡ったのか』
「あなたはなぜ、樹と一体になったのですか」
『我は疲れた。長く旅をするのも、悲哀、憎悪の声を聞くのも……
多くの仲間たちも散逸し、
同じく土や樹、水に空気に還った者もいる。
そなたに声が聞こえるのはその役目からであろう』
「私の役目……」
私のことを知っているのだろうか。
それとも。
「聞きたいことがあります──
かつて救国の聖女は何をしたのですか?」
『人界を分断したのがかの聖女であれば、
そなたは繋げる者』
「この世界はどうすれば救われ────」
『我は語り部ではない──その答えは自ら掴み取るのだ』
そうしてあたりは再び静寂さを取り返した。
「私は──」
熱を持っていたはずのガラス玉は冷え切っていた。
声は──二度と聞こえなかった。




