選ばれた理由、選ばれたかった理由
3話目になります。
もうすこし長めに書いた方がいいかなと思いつつも、
きりのいいところで載せてしまいます。
今回は選ばれた少女と選ばれなかった主人公との対比も含んでいますので、
読んでいただけるとうれしいです。
異世界召喚──
ファンタジー小説では、ありふれた展開だ。
けれど、私はきっとそれを求めていた。
誰も私のことを知らない場所で、
もう一度やり直すきっかけが欲しかった。
「必要とされる理由」が欲しかった。
今までの生活に、大きな不満があったわけじゃない。
ただ、周囲に埋もれたまま、
何事も起こらない平穏の中で人生を消費していくことが、
少しだけ怖かっただけだ。
夢の中で、何度も見た光景がある。
異世界に召喚され、
聖女として魔物から人々を救う私。
――それが、いま現実になろうとしていた。
ただ一つ、想定外があるとすれば、
召喚されたのが私一人ではなかったこと。
それでも、私は確信していた。
選ばれたのは、私だと。
もう一人の女性は、
王や神官たちには目もくれず、
血にまみれた獣のもとへ駆け寄っていった。
――だから、これは好都合だった。
ここで私が名乗り出ればいい。
私こそが“本物”だと、示せばいい。
「そうです。私こそが聖女です」
言葉を発した瞬間、
周囲に歓喜の声が広がった。
神官から差し出された杖を手に取ると、
宝石が眩く光り始める。
その光を見て、私は完全に理解した。
――ああ、やっぱり。
私が、選ばれたのだ。
では、あの女性は何だったのだろう。
……まあ、いい。
私はこの世界に、神に、人々に必要とされた。
その事実だけが、すべてだった。
彼らは私を迎え入れ、
もう一人の召喚者を排除した。
そこで、私たちの運命は分かたれた。
─────────
それから私は、シルと互いのことを話した。
「私の名前は、ことは。
ここじゃない世界、日本って国で生まれて育ったの」
大学生、勉強、平和な暮らし。
説明を重ねるほど、
彼と私の世界がまったく違うものだと分かっていく。
シルは、異界から来た神の使いだった。
彼の祖先は、かつて救国の聖女の召喚に関わり、
その縁と膨大な魔力を理由に、
今回の“いけにえ”として選ばれたという。
『異界は、人の世界とは違う。魔物との争いが絶えない地だ』
「……なるほどね」
平和な世界でしか生まれない文化も、教育も、
彼が知らないのは当然だった。
「それで、聖女ってなに?」
『世界を、人界と異界に二分した存在。
――それ以上は伝わっていない』
「すごいことなんだろうけど……」
どうして人の世界だけが、こんなにも繁栄しているのか。
どうして異界は、争いに満ちたままなのか。
「今さら、また聖女を召喚した理由は?」
『異界の魔物が、人界へ溢れ始めたからだ』
「つまり、人間だけじゃ対処できないってことか」
『そういうことだ』
考えれば考えるほど、頭が追いつかなくなる。
――ぐぅ。
間の抜けた音が鳴り、私は慌ててお腹を押さえた。
『……腹が減ったな』
そう言って、シルは笑った。
「う、うん。
腹が減っては戦はできぬ、だね」
何も持たないまま、この世界でどう生きるか。
それを考えなきゃいけないのに。
『金や銀なら、多少はある』
「ほんと? それならなんとか……」
『それに、この姿なら目立たない』
「助けてくれる前提で話してるけど……いい?」
『もちろんだ、ことは。君は、俺の命の恩人だ』
その言葉に、胸の奥にあった不安や緊張が静かにほどけた。




