太公謁見(1)
護送されている間、外の景色も見ることも叶わず、
私たちは兵の一言により、城塞都市に辿り着いたことを知った。
なぜか私たちのことを丁重に扱うことになっており、
抵抗しないとわかると、手枷すらしなかった。
どうなってしまうのだろうか。
その心配と不安が心に澱んでいく。
「シル……」
『大丈夫だ。俺たちのことを見て、献上品と言っていた。
城塞都市ということはもしや獣王太公に謁見させるつもりかな』
そう言いつつ苦々しく笑うシルも、焦っているようだった。
「獣王太公────もしかして、この国で一番偉い人ってこと?」
『そうなるな。獣人国は領主会議による国家だ。その議長が獣王を名乗る。
今代の獣王は賢王だと聞くが、俺たちにとってはどうだろうな』
私たちは城に入ると無機質な石で組まれた壁に威圧されながら、長い廊下を歩かされた。
そして一番大きく、立派な扉が開かれる。
ここが王の間だということは一目瞭然であった。
中央奥にどっしりと構え、私たちを迎えるのは人に似つかぬ、姿。
三メートルを超える巨体。
その存在感だけで、空気が重くなる。
『近衛兵団長、副団長のみ残れ。
……案ずるな。"白銀の狼"は逃げはせぬ。
そこの娘が、いる限りな』
私はシルから引き剥がされ、剣を向けられる。
明かりに晒された刃は光を受け、鋭く輝く。
私は固唾を飲む。
今私の命、シルの命はこの刃にかかっているのだと思うと、
足がすくんだ。
『シルと呼ばれているそうだな。与えられた名か』
『そうだ。あなたがそこの娘と呼んだ人、ことはによる名付けだ』
『ほう』
巨体の獣──獣王太公が私が一瞥し、鷹揚に笑った。
『ことはと言ったか、どこから来た?』
「わ、わたし……私は、
人界──いいえ、人界ともこことも違う場所、世界から来ました」
『なるほど。"白銀の狼"と異世界より来る娘、
まさに人界に語り継がれる聖女』
私は間髪を入れずに答える。
「ち、ちがいます!
私はただの人間で────」
私が言い淀んでいると、私を捕らえている兵……おそらく近衛兵副団長から一喝入れられる。
『陛下の御前なるぞ!
陛下の言葉を否定するなど言語道断』
それを獣王は制する。
『よい────ことはよ。許す。
まだ尋ねたいこともある。
自らがどうして聖女ではないと言い切れる?』
「私は人界でも、異界でも、この世界のことを見てきました。
私は苦しんでいる人たちを、
救いたいと思ったものも救えなかった────」
私は下を向く。
私が本当に聖女だったなら、
全てを救えたはずだ。
そう望まれるはずだ。
でも違った────。
『シルよ。そなたはどう思う』
『たしかに、ことはは違う。
俺たちの知っている聖女ではないと、思う』
『そうか。
話すことが増えたな。さて────
この世界における聖女とは何か、わかるか?』
私は首を振る。
この世界における聖女像を私たちははっきりとは言えない。
そうだ。漠然としか知らない。
救国の聖女。その名の通り、国を救った。人界に平和をもたらしたと。
『神も聖女とは祈りから生まれたものだ────と伝え聞いておる。
だが、我ら亜人は祈ることはしない。人ほど弱くないからだ』
一呼吸おくと、獣王は言った。
『聖女は人の強い祈りにより、人の願いを叶えるものだ』
全てのことが腑に落ちた瞬間だった。
私がもしだれかの祈りのほんの小さなかけらだったとしたら。
じゃあ、同じく召喚された女の子は。
「私が呼ばれた時、もう一人呼ばれた人がいました」
『ほうなら、その者が真の聖女────
ことははおそらくだれかの祈りの断片、小さなかけらといったところだな
そなたの力は"言葉"によるものだろう?』
「おそらく」
『今我と話せているのがその証拠だ』
私はふと疑問が浮かんだ。
私は突きつけられた剣に臆することをやめた。
「なぜ、私にこのことを話してくださったのですか」
獣王は言った。
『その力は剣でも、魔力でもない。
だが、それでも世界を動かしうる力だ────
そう感じたからだ』
その言葉の重みを私の小さな体では受け止めきれなかった。




