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名を捨てる夜


私たちはシルヴァさんに先導され走り続けた。

後ろを振り返らずに────


残ったヴォルグさんのことを思うと、私は涙が堪えきれなかった。


逃げる足音、追いかけてくる足音が地下道に反響する。


背後から伝わる地鳴りのような音、立ちこめる鉄錆の匂い。


そして慟哭。


それが誰のものか問うものはいなかった。

それは怒号か、それとも断末魔か。


金属同士がぶつかる音。

衝撃音が響く。


私はガラス玉に祈った。

それが届かないとしても、せめて。


「ヴォルグさん」

『馬鹿野郎。前を向くんだ』


そう聞こえた気がした。

直後、向かい風が追い風に変わるった。


──進め。


シルヴァさんが歯を食いしばるように前を向く。

シルは無言で、逃げ遅れそうな人の腕を引いた。


その時だった。


地面が大きく揺らいだ。

何が起こったかはわからない。

私は一瞬足を止めた。


だがそれをシルが一喝する。

『振り返るな──

……どんなことがあろうと、あの人が選んだんだ』


私は唇を噛み締める。口内には血の味が広がった。


──────


私たちは地下道を抜け、近くの鬱蒼と茂った森へと身を隠していた。

無事逃げきれた人々やシルヴァさんと私たちは合流する。


轟く地響きは鳴り止まず、やがて地すら揺るがす。


『この轟音、最近実装されたと言う魔導兵器が使われているようだな。もう二度と使わせないために、地下空間丸ごと潰す気だ』

「じゃあ、街は────」

『街にも影響がでかねないな』

「そんな……」


私たちはそのまま散り散りに身を潜め、朝を待つこととなった。

夜を明かすことになった私たち。


シルヴァさんは失意の底にいるようだった。


『命があっても指導者がいなきゃ、何にも何ないよ。馬鹿野郎』

そのつぶやきは夜の静謐さの中に消えていく。


『私はもう戦えない……』

項垂れたシルヴァさんは精魂さえ尽き果てた。そんな状態だった。


それほどまでにヴォルグさんの存在はシルヴァさんの中で大きかったのだろう。

そんなシルヴァさんを見ているのも辛かった。


二人の出会いがどんな経緯だったのかわからない。どんな日々を過ごしてきたのかも。


それでも、私でもわかることがある。

彼女がそうなるほどにヴォルグさんの存在が大きかったということだった。


だからこそ。


「無理は承知です。でも────

あなたは立ち上がるべき人だ。


だってあなたは託されたんだから」


若輩者の私が言うべきことじゃない。

痛いほどわかってる。

だから。


『立ち上がってくれ、シルヴァ』


まるで私に誰かが乗り移ったかのように、口は自然とその言葉を紡いだ。

私は項垂れているシルヴァさんに気がつけば手を差し伸べていた。


シルヴァさんは──


『そうだね。私は立ち上がらなきゃいけない。

託されたんだ、ヴォルグに』


一陣の風が吹く。新たな風だ。

それは私たちの背中を押している。


『生まれ変われ。俺がかつての名を捨て、ヴォルグと名乗ったように』


その言葉を口にしてから、私ははっとした。

それが自分の考えではないことに気づいたからだ。


──また、だ。


胸元のガラス玉が、わずかに熱を帯びていた。


シルヴァさんは、しばらく黙っていた。

やがて、空を見上げる。


『……あの人はね』

『名前を捨てたんだよ。過去ごと』


私は何も言わなかった。

ただ、手を差し出したままでいた。


『だったら──私も、捨てる』


風が、木々を揺らす。


『シルヴァって名前は、あの場所に置いていく


今日から私は────ヴェルグだ』


夜明けはすぐそばまで追いついていた。


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