逃げるか、立つか
起きるとすでにシルヴァさんの姿はなく、朝の支度ができた頃に彼女は戻ってきた。
その表情はなぜか暗かった。
私たちは迷わず声をかける。
「なにかありましたか?」
『いや、うん。話すべきか』
『あまりいい知らせではないようだ』
『シルの言う通りだ────
昨日、"協力者"に送ったはずの使いが戻らないんだ。
今までこんなことはなかった』
「"協力者"?」
たしかに不思議には思っていた。
"隠れ家"に身を寄せる人は多い。
それなのに物資は私たちに分けるほどに潤沢にあった。
『身元は知らないが、
どこかの富豪か何かだろう────
"協力者"になにかあった。
そう考えるのが妥当だろうな』
シルが厳しい面持ちでそう言った。
──────
"協力者"である祖父が倒れたとの一報が入った。
そうとなれば、穏健派であった祖父とは違う叔父が後を継ぐことになっていた。
俺の名はヴォルグ。
だがそれは仮の名。
その実はこの街や地域一帯を支配する領主の孫だ。
仲間と言えどこの秘密は話すわけにはいかなかった。
申し訳ない、そう思ったこともあったが、
仕方のない話だった。
俺が領主の血を引くとなれば反発する者も多いだろう。
少し昔を語ろう────
俺は隷属種と獣人との混血。
祖父は穏健派とは聞こえがいいが、悪く言えば日和見だった。
隷属種に対して優しくはあれど、体勢には反対しない人であった。
それと比べて父は反体制であった。
隷属種であった母を見初め、父は母を娶った。
そしてその間に俺が生まれた。
叔父は反発した。
ただでさえ他の領主たちから白い目で見られていたと言うのに、
父が隷属種と結婚をし、ましてや子を成したとなれば尚更だった。
叔父は面目を気にして、俺たちを死んだことにした。
父や母は闘争の中死んだ。
残された俺は────
ただ身寄りのない者たちが集える場所を作った。
作りたかった。
祖父に限界が来ていたことは知っていた。
だから物資が途切れるのもここがバレるのも時間の問題だった。
動かなければならない時がそこにまで来ていた。
──────
ヴォルグさんは皆を集めると、
自らの身の上とこれからについて語った。
『着いてきてくれとは言わない。
ただ俺は戦う。
それが俺のけじめだ────』
集められた皆は皆一様に動揺していた。
その声がその感情が一気に私の脳内に流れ込んできた。
誰かが泣き、
誰かが怒鳴り、
誰かが黙り込んだ。
ヴォルグさんが隠していたこと。
もうここが安全でないこと。
戦うか逃げるかしかないこと────
私は胸元にしまったガラス玉を気付けば握りしめていた。
微かにそれは熱を持っていた。
直にあたりは混乱に陥る。
シルは私の手を握りしめた。
『このは……逃げよう』
シルは私の腕を引く。
だが私はその腕を振り払った。
その場から駆け出そうとするシルを私は止めたのだ。
「待って……私は逃げない方がいいと思う」
『何を言っているんだ!
危険が迫っているんだ!』
「わかってる。
私だって戦いたいわけじゃない……
でも、今逃げたら……
見ないふりをしたらきっと後悔する!」
シルは言う。
『混乱の中、君を守り切れるかわからない』
シルの言葉は真っ当であった。
「それでも、死ぬよりも、
今逃げ出す方がもっと後悔する」
握りしめた拳が皮膚に食い込み、血が流れた。
シルは────




