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抵抗する者

『最初から怪しいと思っていたんだ!』

『出ていけ!』

『どっかいけ!』


 怒号が飛び交い始める。

 その敵意は私たちに牙を剥き始めていた。

「シル……」

『逃げるぞ』

 少年がスった袋を取り返すと、シルは私の手を引いて走り出した。


 路地裏に逃げ込んだが、地の利がない私たちはすぐに迷った。

 この街から抜け出すにはどちらに向かえばいいか、わからなくなった。


『待て!』

『こっちに逃げたぞ!』

『この街に二度と入ろうと思えないようにしてやる!』


 地面を大きく揺らすほどのたくさんの足音が追いかけてくるのがわかる。

 私たちは肩で息を切らしながら走り続けた。

 だが、袋小路に迷い込んでしまったようだった。


 すると進路を阻むように人影が現れる。

 随分と小柄な人物だ。

 子どもだろうか。


 マントを頭からつま先まで被っている。

 私たちは足を止めざるを得なかった。

 その人物は低いまるで作ったような声でこう言った。


『着いてこい』


 足音が近づいてくる。

 逃れるには差し出されたその手を取るほかなかった。


 私たちは静かに頷いた。


 ──────


 その人物は振り返らず、迷いなく路地を進んでいった。

 曲がり、折れ、下へと続く階段を下り、

 やがて古びた扉の前で立ち止まった。


 扉が閉まった瞬間、

 外の喧騒が嘘のように遠ざかった。


『……ここまで来れば、しばらくは大丈夫だ』


 その声は、路地で聞いたものよりも高く、

 疲労を含んだ、生の声だった。

 先ほどとは違う作っていない声。身長から錯覚していたが、子どもではない。立派な女性の声だ。


「あなたは……」

『只者というわけじゃなさそうだ』


 シルが私を庇うように陣取る。

 すると女性はからからと笑った。


『取って食ったりしないから落ち着いてくれるとありがたい』

『安心できるならそうしたいが、

 そうはいかないからね』

『長く生き延びてきたからか、

 兄さんは慣れっこって感じだな。さすがだ。

 そっちのお嬢さんは平和なところで暮らしていたことがよくわかる』


 すごい目利きだ。

 私の素性なんてもの簡単に論破してみせる。


『ああ、ここじゃ落ち着かないな。

 この先進んだところに我々の"隠れ家"にがある。

 そこに向かおう』


 この女性のおかげで追手を巻けたが、

 あえてここは従おうという話になり、

 彼女について行くことにした。


 張り巡らされたような長い地下道を抜ける。

 すると、そこには大きな空間が広がっていた。

 開けた地下空間にはいくつもの布状のテントが張られている。


 どれくらいの人がいるだろうか。

 しかも獣人の姿形、種類も様々で、ちらほら背の低い、ドワーフのような存在も見受けられる。


 安全な場所にたどり着いたことを察したのか、彼女はフードを脱いだ。

 不意に見えた彼女の手首に、消えかけた痣があった。

 古傷のようでいて、ただの傷には見えなかった。


『自己紹介が遅れた。シルヴァ。そうここでは通っている』

「こちらこそ。私の名前はことは」


『俺の名はシル。察しの通り、俺は白銀の(シルバーウルフ)だ』


 彼女の名前も通り名か、それとも仮の名前なのだろうか。

 言葉には暗にそんなニュアンスが含まれていた。

 何か事情があるのだろう。

 私自身もどこから来たのかあえて伏せた。

 それを受けてか、『懸命だ』と、シルがボソリ耳打ちした。


「ここは──」

『ここは今の体制から逃れてきた者たちが集う場所。

 我々は"隠れ家"と呼んでいる』

『俺たちのような余所者を呼んでいいのか?』

『いいさ、構わない』

 そうしてシルヴァさんはテントの一角に私たちを招き入れた。


 入ろうとした時、シルヴァさんは足を止め、中にいるであろう人に声をかけた。

『新参者を連れてきた』

『入ってくれ』

 男性の声だろうか。そのような声がに聞こえた。


『失礼するよ』

 シルヴァさんは入口の幕を避け、入って行く。私たちは顔を見合わせ、心を決めて、

 その中に踏み入った。


『よく来てくれた。同胞よ』

 大きく腕を広げ、出迎えたのは体躯の大きな獣人の男性であった。


『俺の名はヴォルグ。

 この集まりに指導者はいないんだが────

 まあそれらしきものをさせてもらっている。よろしくな』


 ヴォルグさんは私たちに握手を求めた。

 私は一瞬ためらい、それに応じる。

 シルもまた、短く息を吐いてから手を差し出した。


 シルヴァさんが私たちの事情を説明すると、

 彼は鷹揚に笑った。


『運が悪かったな。

 だが、まさか白銀の狼が生き残っていたとは────』

 シルは何も言わずに視線を逸らした。

 ヴォルグさんは今度は私に目を向けた。


『そちらのお嬢さんも只者ではなさそうだ。

 まさか聖女だなんてこと、まさかな』

「ち、ちがいます。私はただの人間で」

『まあいい。ルールは守ってくれればここでは好きに過ごしてくれ』

『助かる』

「ありがとうございます」


 ここでのルールと言って、彼は手短に説明してくれた。

 ルールと言っても、

 お互いの事情を詮索しないこと、

 それだけ注意された。


 だがそれが大事な要なのだろう。それほどまでにさまざまな事情で

 ここに流れ着いた人物が多いということだ。

 私たちは言葉に甘えて一旦休むことに決めた。



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