聖女と名乗る彼女と、聖女じゃない私
こんにちは。つづりさやです。
2話目になります。
少し物語が動きだします。
すこし読みづらいところもあるかもしれませんが、
読んでいただけると嬉しいです。
「しっかりして」
私は倒れ伏したその体を抱き起こし、必死に揺さぶった。
すると、不思議なことが起こった。
白銀の獣の体は、呼吸に合わせるように少しずつ縮み、輪郭を変えていく。
次に瞬きをした瞬間、そこにいたのは――十四、五歳ほどの少年だった。
息はある。
だが、苦しげに歪んだ表情のまま、意識は戻らない。
私はその場に膝をつき、どうしていいかわからず少年を抱え込む。
その一方で、私とは対照的に、もう一人召喚された少女は堂々と一歩前へ進み出た。
「この時を、ずっと待っていました。――王よ」
その言葉に、周囲がざわめき、やがて歓喜にも似たどよめきへと変わる。
「おお……」
「まさか……」
王が、少女を見つめて言った。
「そなたこそが、救国の聖女か」
「はい。私こそが聖女です」
即答だった。
迷いも、不安もない声音。
私はその光景を呆然と見つめながら、足元で血に染まる少年に目を落とす。
――どうして。
どうして、誰もこの子を見ないの。
私は少年を抱き起こし、叫んだ。
「だれか……! 手当は、手当はできないんですか!」
その声に、位の高そうな神官が振り返り、眉をひそめる。
「黙れ! いまは静粛にせよ! 王と聖女の御前であるぞ!」
まるで、存在そのものが邪魔だと言わんばかりの声だった。
儀式は、私を置き去りにしたまま進んでいく。
神官の一人が、恭しく杖を少女へと差し出した。
それが彼女の手に渡った瞬間、
先端に嵌め込まれた宝石が眩く輝き始める。
「おお……」
「まさしく奇跡だ……!」
人々は次々とひざまずき、感嘆の声を上げた。
王は少女のもとへ歩み寄り、満足げに頷くと、私へと冷たい視線を投げた。
「そこの無礼者と、その獣を連れていけ。
儀式の穢れだ。城外へ放り出しておけ」
――その一言で、すべてが決まった。
私は抵抗する間もなく、少年と共に城門の外へと追い出された。
─────────
固いレンガ道に、容赦なく投げ出される。
痛みよりも先に感じたのは、突き刺さるような視線だった。
同情、好奇、侮蔑――それらが入り混じった視線。
だが、誰一人として足を止める者はいない。
私は立ち上がり、倒れたままの少年のもとへ駆け寄る。
「……大丈夫、大丈夫だから」
自分に言い聞かせるように呟き、少年を背負って人目のつかない路地へと入った。
町の人々は、私たちをちらりと見るだけで、何も言わず通り過ぎていく。
関心すら持たれていない――それが、いちばん怖かった。
偶然持っていたペットボトルの水でハンカチを濡らし、
血と埃で汚れた少年の頬をそっと拭う。
その冷たさに反応して、彼は微かに目を開いた。
『……ここは……それに、あなたは』
「もう大丈夫。城の外だよ。
私たち、お払い箱みたいだし……誰も気にしてない」
『……なら、大丈夫か』
安堵したように息を吐く彼を見て、胸の奥が少しだけ緩んだ。
「傷は……大丈夫なの?」
『あなたのおかげだ。召喚で使い切った魔力も、わずかだが戻っている』
「え、でも私、なにも」
そう言いかけて、私は言葉を飲み込む。
「まあ、いいか」
微笑むと、彼も力なく笑い返してくれた。
「そういえば、名前……」
『呼ばれ方ならある。だが、名はない』
「呼ばれ方?」
『白銀の狼。通り名のようなものだ』
「それ、名前じゃないよね」
少し考えて、私は言った。
「じゃあさ。“シル”って呼んでもいい?」
その瞬間だった。
柔らかな光があふれ出し、それが彼の体を包み込む。
眩しさに目を閉じ、再び開いた時――
そこにいたのは、少年ではなかった。
白銀の髪、澄んだ青の瞳。
青年と呼ぶにふさわしい姿へと成長した彼が、そこに立っていた。
「……シル、さん?」
『必要ない。シルでいい』
そう言って、彼は私を見つめる。
『先ほどから思っていた。
君の言葉には……力があるのかもしれない』
「そんなの、ないよ。私、ただの人だし」
『名付けには力が宿ることがある。
だが、ここまでの変化は聞いたことがない』
戸惑う私に、シルは安心させるように微笑んだ。
その笑顔を見て、なぜか胸の奥が、少しだけ温かくなった。




