聖女と名乗る彼女と、聖女じゃない私
「しっかりして」
私は倒れ伏したその体を抱き起こし、必死に揺さぶった。
すると、不思議なことが起こった。
白銀の獣の体は、呼吸に合わせるように少しずつ縮み、輪郭を変えていく。
次に瞬きをした瞬間、そこにいたのは──十四、五歳ほどの少年だった。
息はある。
だが、苦しげに歪んだ表情のまま、意識は戻らない。
私はその場に膝をつき、どうしていいかわからず少年を抱え込む。
その一方で、私とは対照的に、もう一人召喚された少女は堂々と一歩前へ進み出た。
「この時を、ずっと待っていました。──王よ」
その言葉に、周囲がざわめき、やがて歓喜にも似たどよめきへと変わる。
「おお……」
「まさか……」
王が、少女を見つめて言った。
「そなたこそが、救国の聖女か」
「はい。私こそが聖女です」
即答だった。
迷いも、不安もない声音。
私はその光景を呆然と見つめながら、足元で血に染まる少年に目を落とす。
──どうして。
どうして、誰もこの子を見ないの。
私は少年を抱き起こし、叫んだ。
「だれか……! 手当は、手当はできないんですか!」
その声に、位の高そうな神官が振り返り、眉をひそめる。
「黙れ! いまは静粛にせよ! 王と聖女の御前であるぞ!」
まるで、存在そのものが邪魔だと言わんばかりの声だった。
儀式は、私を置き去りにしたまま進んでいく。
神官の一人が、恭しく杖を少女へと差し出した。
それが彼女の手に渡った瞬間、
先端に嵌め込まれた宝石が眩く輝き始める。
「おお……」
「まさしく奇跡だ……!」
人々は次々とひざまずき、感嘆の声を上げた。
王は少女のもとへ歩み寄り、満足げに頷くと、私へと冷たい視線を投げた。
「そこの無礼者と、その獣を連れていけ。
儀式の穢れだ。城外へ放り出しておけ」
──その一言で、すべてが決まった。
私は抵抗する間もなく、少年と共に城門の外へと追い出された。
─────────
固いレンガ道に、容赦なく投げ出される。
痛みよりも先に感じたのは、突き刺さるような視線だった。
同情、好奇、侮蔑──それらが入り混じった視線。
だが、誰一人として足を止める者はいない。
私は立ち上がり、倒れたままの少年のもとへ駆け寄る。
「……大丈夫、大丈夫だから」
自分に言い聞かせるように呟き、少年を背負って人目のつかない路地へと入った。
町の人々は、私たちをちらりと見るだけで、何も言わず通り過ぎていく。
関心すら持たれていない──それが、いちばん怖かった。
偶然持っていたペットボトルの水でハンカチを濡らし、血と埃で汚れた少年の頬をそっと拭う。
その冷たさに反応して、彼は微かに目を開いた。
『……ここは……それに、あなたは』
「もう大丈夫。城の外だよ。
私たち、お払い箱みたいだし……誰も気にしてない」
『……なら、大丈夫か』
安堵したように息を吐く彼を見て、胸の奥が少しだけ緩んだ。
「傷は……大丈夫なの?」
『あなたのおかげだ。召喚で使い切った魔力も、わずかだが戻っている』
「え、でも私、なにも」
そう言いかけて、私は言葉を飲み込む。
「まあ、いいか」
微笑むと、彼も力なく笑い返してくれた。
「そういえば、名前……」
『呼ばれ方ならある。だが、名はない』
「呼ばれ方?」
『白銀の狼。通り名のようなものだ』
「それ、名前じゃないよね」
少し考えて、私は言った。
「じゃあさ。“シル”って呼んでもいい?」
その瞬間だった。
柔らかな光があふれ出し、それが彼の体を包み込む。
眩しさに目を閉じ、再び開いた時──そこにいたのは、少年ではなかった。
白銀の髪、澄んだ青の瞳。
青年と呼ぶにふさわしい姿へと成長した彼が、そこに立っていた。
「……シル、さん?」
『必要ない。シルでいい』
そう言って、彼は私を見つめる。
『先ほどから思っていた。君の言葉には……力があるのかもしれない』
「そんなの、ないよ。私、ただの人だし」
『名付けには力が宿ることがある。だが、ここまでの変化は聞いたことがない』
戸惑う私に、シルは安心させるように微笑んだ。
その笑顔を見て、なぜか胸の奥が、少しだけ温かくなった。




