聖女を憎む世界
この遺跡が廃墟になった理由ははっきりとした。もともと街があったのだろう。
風化した部分もあるかとも思われるが、
そのほとんどが戦いによる破壊であったのだとわかった。
『ここは世界が分断される前は人の住む街だったそうだ。
今となっては見る影もないが』
「たしかに、そうだね……」
その時だった。
視界の端にちらりと何かが飛んでくるのが映った。
それはシルの方に飛んできた石であった。
『来るな!』
『聖女の犬!』
シルはぶるりと体を震わせると、その石を振り払った。
私の足元に落ちる石。
それは手のひらに乗るほどの大きさで、
受けたのがシルでなく私でなければ怪我をしていたところだっただろう。
ぐるると唸ったシルは遠くを見やる。そこには複数の小さな影。
『まずい、見つかった隠れろ!』
「あ、ちょっと!」
子どもだ。
子どもがいた。それも人ではない。獣人だ。
手足や耳が特徴的ですぐにわかった。
私の喉まで、言葉がせり上がった。
話を聞いて、と。
でも──その言葉が、石よりも残酷な気がして、飲み込んだ。
私は追いかけようとする。
だが、シルは私の前へ出ると追いかけるなとはっきり言い切った。
悪意はシルに向けられていた。
どうして。
「シル。何か心当たりは?」
『ありすぎるな』
「なにがあったの?」
『なに、俺にとっては普通のことさ。
特にことあたりで彷徨っているとなると、行く先のない孤児たちだろう。
俺をより強く憎むわけだ』
「ねえ、ちゃんとシル話して。
今まで話したくなさそうにしたから黙ってたけど」
『そうだな。ここにきて君に隠すのは間違っている。
君にも憎悪が向きかねないからね。話そう。
────この地では俺や俺の一族たちは憎悪の対象なんだ。聖女と同じでね』
野宿のための準備をし、簡単な食事を終えた後、
シルは徐に話し始めた。
『家族は迫害のせいで死んだ────この世界に殺されたに等しい』
シルもまたこの世界の被害者だった。
シルはでも言った。
あの子たちを憎むことはない。それは当然の怒りだと。
『俺たちの一族はかつて聖女召喚に関わったと──それだけじゃない。
契約により、俺たちだけが人界と異界を行き来できる────
だから実際、戦いから逃れた者もいたらしい』
「それだと」
『ああ、そうだ。君の想像通りさ。
自然と異界の住人たちのやり場のない憎悪は俺たちに向いた。
哀れみを向けるものもいたが、
周囲を気にして大体は俺たちを遠巻きで見守るだけだ』
惨い話だった。
正直、シルに肩入れしている私は怒りを感じた。
でもそれ間違いだ。
あの怨嗟の声のとおり、ここに押し止められた人々の怒りや憎しみ、悲嘆は
今も残響している。
だからこの怒りは誰にも向けてはいけなかった。
『俺は聖女を憎んでいる──憎むことぐらい許されるだろう?』
「そうだね」
シルは聖女を憎悪したからって、それを外に向けようとはしない。
きっと。
聖女と同じ異世界人である私や今世の聖女に敵意を向けることはないだろう。
その確信があった。
『これから君と俺はは多くの悪意に晒されるだろう。
今まで以上にだ────
改めて問おう。覚悟はできているのか』
「覚悟はできていない。
だって、私には彼らの悪意の膨大さや恐ろしさを知らないから。
その時にならないと私はわからないと思う」
『戻るか?』
「戻らない」
だって憎悪の声の中に悲しみを感じたから。
「私は模索したい。最期まで」
するとシルはふふと声を漏らして笑った。
『十分すぎるよ。その覚悟は。
改めて俺は君の背中を預かる存在であり続けることを誓おう』
「ありがとう、シル」
私は彼の首に抱きつくと、頬を寄せ、感謝を示した。




