異界への道
あと一日も経たずに異界に続く道がある遺跡にたどり着こうとしたころ。
その夜、私は夢を見た。
それは声であった。
『なぜ我々だけが苦しまなければならないのだ』
『我らはすでに戦い疲れた』
『聖女が、あの女が、世界を二分しなければ、
我々だけが苦しまざるを得ない状況はなかったはずだ』
あの女、あの女が憎い────
怨嗟の声。ドス黒い闇に体が沈んでいく。だめだ飲まれてしまう。
そこで私は目を覚ました。
寒いというのにいやな汗でびしょ濡れだった。
交代で寝ずの番をしていたシルが私の慌てた形相に顔を覗き込む。
『君、大丈夫か?』
「えっと、今は大丈夫。ちょっと怖い夢見てたみたい」
『何の夢を見たのかな?』
「えっと」
私は具にその夢の内容を話した。
様々な声が降りかかり、泥のような暗闇に私の体が飲まれていく夢を見たのだと。
怖かった。とても。
でもそれと同時に少し、寂しさを感じたことも伝えた。
シルは顔を俯け、低く唸るように言った。
『王からの追手から逃れるために異界へと向かおうとしていたが、やはり君だけでも置いていくべきか』
「なんで今更────」
『その夢はもしや異界のことを暗示しているかもしれない。
君のことは守る。約束したからな。
でも、それ以上に傷つく未来が待っているかもしれない。
実は君を連れていくかずっと悩んでいたんだ』
そんなシルの頬に手をやり私は向き合うと言った。
「この声が聞こえた理由はある。
またどうしようもないかもしれないけれど、
私は見てみたい。
言ったでしょ?
私は困ってる人がいるなら、この力はその人のために使いたいって」
すると彼は口を開けて、大きく笑った。
『本当に君はまっすぐだ。いや愚直と言った方がいいかな』
「それ褒めてるの?」
『それはどうかな?』
「何それ」
私も彼に釣られて、つい声を立てて笑ってしまった。
それから私たちは二人で交代で番をしながら夜を明かした。
──────
予測通り、私たちは異界への唯一の道が繋げられる遺跡へと来ていた。
ここまた廃墟であり、特筆すべき点としては、やはり何者かによって破壊し尽くされた後であった。
それも意図的だ。
壁画や銘は削り取られ、何を記したものかわからなくなっていた。
『こちらだ』
シルが先導して案内し、私はその後に続いた。
どうやら誰にも知られていない地下があるらしく、私たちはそこへと向かった。
地下へと続く道は闇とともにあり、大きな口を開けて私たちを飲み込もうと待ち構えていた。
シルが息をひと吹きすると、壁に並ぶように取り付けられていた松明に火が付き、
私たちを行くべき先を照らした。
階段を下っていた先、そこは大きな部屋になっており、その中心の床には非常に複雑な図形で魔法陣らしきものが彫られていた。
これは物理的な力、魔法的な力、どれをとっても消すことはできないらしい。
なぜこれが残されているのかについてはわからないが、
私はその壮大さに息を呑んだ。
『ここに立つんだ。そして、俺に触れるんだ』
シルに従って、私は彼の背に手をやった。
するとシルが何やら呪文を唱え始める。
その瞬間光が満ちて私たちの体は泡のように消えた。
次の瞬間、光の眩しさに目が眩みつつも瞼を開くと、
そこはまったく別の場所、開けたところにあった。
同じく破壊されてつくした遺跡のようだが、こちらの破壊は意図を感じさせなかった。
私は突然立ちくらみを覚えた。
シルの声が遠のく。
また怨嗟の声が聞こえた。
憎い────
あの女が憎い────
やだ、もう誰も憎みたくない。
誰かこの憎しみの連鎖を絶って───
『ことは。しっかりしろ』
そこでようやく私は眩んだ視界が晴れた。
それでも声が止まない。
あらゆる声。
憎しみ、悲しみ、怒り、哀れみ。あらゆる感情が流れ込んでくる。
「ここが異界。
人界より切り離された場所」
『ああ、ここが、聖女に見捨てられた世界だ』
そのシルの声はまるでこの世界を嘲ているようであった。
ここから異界編に入ります。
よろしくお願いします。




