捨てられた都
『ことは!しっかりしてくれ、ことは!』
「シル……私」
私は枯れた土の上、シルの腕の中で目を覚ました。
シルは心配そうに眉間を曇らせ、私を見下ろしていた。
『ことは……心配したんだ』
「ごめん……いや、ありがとう、心配してくれて」
どうやら随分と焦ったらしい。その後たっぷりと怒られた。
あの影の子は眠りにつき、その地には黒い花が一輪残った。
それは呪いの名残なのか、それとも──彼が生きていた証なのか、私にはわからなかった。
病気はそれ以上広がることはなく、私が言葉をかけると少しばかりは病状は良くなったが、
完治することはなかった。
このせいで死者が数人出た。痛みは重く残された。
村に長く滞在するのは難しかった。
「白銀の狼をどうやら王様は探しているらしい」
そんな噂がこの村にも届き、いよいよ村に発つときがきた。
お世話になった村長さんにはあくまで私たちのことを伏せてもらうように約束を取り付け、言葉を交わした。
村長さんは優しく、固くその言いつけを守るように言った。
結局病の原因がなんだったのかは私は告げることができずに村を去った。
噂は広がりつつある。
私の知らないところで、私の物語が作られていく。
聖女が召喚されたものの、聖女を騙る女がいること、本来聖女側につくべきその獣を従えていること。
そして、国はその偽物を捕らえようとしていることも。
私たちはなるべく人目を避け、ある場所を目指し、大きな街の間に点在する村落を縫うように移動していた。
幸い、旅人である私たちを煙たがる人はいなかった。
その道中、私とシルは野宿をしていた。
焚き火に当たって毛布にくるまっているから多少は大丈夫だが、ここ数日の朝夜の冷え込みがひどい。
『もうすぐ冬が来る。どうする』
噂の広がり方も考えこれ以上この世界にいるのは難しい。
「異界に行くことになるとは思う。
でも、その前に行きたいところがある」
そうとある村で聞いた話だった。
旧都の話だ。
もうすでに廃墟となっている場所でかつて、都があったところだ。
そして、かつて救国の聖女が召喚された地だ。
今は随分と荒れ果てて、立ち入るものはいないらしい。
『旧都か』
「もしかしたら魔物たちを救う手立てがあるかもしれないし、
この世界の本質を見ることができるかもしれない」
『いいが、猶予は少ないぞ』
「わかってる」
異界への道の道中にあるというその旧都まで後数日だ。滞在できるのは一日程度だろうとのことだった。
──────
旧都はすでに人の住む場所ではなく、遺跡と成り果てていた。
遷都したのはこの世界が二分された時だと言う。
随分と昔なわけだ。そこには人の影すらなかった。
何もない。それが答えだった。
救国の聖女の始まりの地である場所は本来信仰を集めるべき場所だと思うのに、
ことごとく何も残っていなかった。
いや、違う。
ここは意図的に、壊されていのだ。
『やはりな』
「もしかしてこうなってるの知ってたの?」
『都合のいいように消されてることくらい予想はできたよ』
シルは訳知り顔で言った。
教えてくれてもよかったのにと思いつつも、確かめるまではっきり言えなかったのだろうこともすぐにわかった。
「そういえばシルは神の言葉通りこの世界に来たんだよね」
『そうだな。正確には君が召喚される瞬間までは、神に操られていたと言うのが正しい』
「えっ、そうなの」
『神も、人間も────亜人も、勝手なものだ』
並んで二人歩いている時にぽつりとこぼした。
シルは一体どんな人生を生きてきたのか、以前聞いたことがある。
だが、シルは何故か話したがらなかった。
シルにあるのは諦観なのだろうか。
彼は時折寂しそうな目をしている時がある。
それに私がシルに手を差し伸べたとは言え、普通は命の恩人だと言って簡単に従うと言うだろうか。
まるで、自分などどうでもいいと言った反応をする時があるのだ。
シルは唸る。
『人の気配がする』
「えっ、いなかったんじゃ」
あそこだと言われたので、振り返ると
そこには男の子とまだ年端のいかない女の子が私たちを見ており、
私たちに見つかると慌てて瓦礫の影に隠れた。
私はその物陰に近づく。するとどう見ても焦った様子の二人が私を見上げた。
「えっと、大丈夫。私たちちょっと旅をしてて」
『外の人だよお兄ちゃん』
『そうだな。どうしよう────逃げよう!』
見つかったならば今更ながらと言った様子で、二人は散り散りに逃げていく。
「えっと追いかけるよシル」
『ああ』
私は獣化したシルの背に乗ると、その二人を追いかけ始めた。




