第一章「接触」 歌舞伎町の邂逅
その夜、残業を終えた悟は事務所の裏手、歌舞伎町の外れを歩いていた。
昼間の喧騒とは違う、粘着質で陰鬱な空気が漂う路地裏。
和樹の件で胸の内をくすぶっていた「見えざる敵意」への怒りが悟の足を重くしていた。
「うるさい!金はもう払っただろうが!」
「足りないって言ってるでしょ!清らかな生活の浄財にお金が必要なの」
突然、路地の奥から激しい怒鳴り声と気の強い女性の声が聞こえてきた。
悟は不正を許せないという純粋な衝動に突き動かされ反射的にそちらに向かった。
薄暗い路地でスーツを着崩した中年男性が制服のような黒いワンピースを着た若い女性を壁に押し付けていた。
女性の手首には銀色の小さな手の形のチャームがついたブレスレットが揺れている。
「何をしているんだ!やめろ!」
悟は躊躇なく二人の間に割って入った。彼の身体からは怒りというよりも不正を許さないという
まっすぐな気迫が発散されていた。
「あぁ?お前は誰だ!関係ねぇだろ!」
「関係あります。彼女が嫌がっている。すぐに手を離しなさい」
男性は恫喝したが悟の澄んだ目と一歩も引かない態度に気圧され、舌打ちをしてその場から去っていった。
悟はすぐに女性に振り返り、優しい声をかける。
「大丈夫ですか?怪我は?」
女性は制服のようなワンピースの襟元を直し、悟の顔を冷めた目で見た。
その目には恐怖ではなく深い諦めと虚無が宿っていた。
「勝手に介入しないで。」
女性は吐き捨てるように言った。悟は思わず言葉を失う。
「あの男に何をされていたのか、僕には分かりません。でももし困っているのなら僕はNPOの職員です。助けになります。」
悟は名刺を差し出した。しかし、女性は名刺を一瞥もせず冷たく言い放った。
「私の救世主はあなたじゃない。」
彼女はそう言い残すと、夜の闇に吸い込まれるように急ぎ足で路地を去っていった。
悟は路地に立ち尽くしたまま、名義を握りしめた。
自分は彼女を助けることはできないのだろうか。




