85 まさか
いったい何の話だろう、と思っていたがまさかそんな話だったとは。ロナを見ると、ロナもビックリして目を丸くしていた。
「――母上、ミラもロナも困り果てたという顔をしておりますよ」
「あら、ごめんなさい。困らせるつもりは無かったんだけど」
アンネリーゼが「ニヤリ」の表情のまま母親であるマリアローゼ様と話している。そのマリアローゼ様が元平民ならアンネリーゼのやんちゃな感じも、少し納得、なのだろうか?
まあ、平民もピンからキリまで色々だが――。
「――あの、どうしてそんな話を私たちに?」
「言葉通りよ。貴女達と友達になりたかったの。私と同じ境遇の人なんて居るはずがないって諦めていたけど、それが2人も居ると知ったら、絶対、話をしたい、仲良くなりたいと思ったの。私、平民出身だからお友達が殆どいないのよ」
それは、いつも領主やアンネリーゼに会う時、同席している貴族の態度を思えば何となく分かった。いくら今の身分が貴族でも、元平民だと知られると嫌な態度の奴も居そうだ。そもそも生れた時から貴族令嬢、貴族令息の人とは基本感覚が違うので話が通じない気がする。
「ああ勿論、普段、虐められている訳ではないのよ?皆、良くしてくれているし――」
「ふっ、母上を虐める事が出来る者がいたら、私はその者を師と仰ぎますよ」
「まあ、それは酷いわ。あなたも一緒になって私を虐める気?」
「何を仰っているんですか。母上は領主の妻にして我領の守りの要たる魔法使い。権力でも実力でも母上を虐め得る者などおりませんよ」
「――ほらね?実の娘ですらこうなのよ。アンネリーゼは生れた時から貴族だから」
「ですが実際、母上は領地の誰より強い」
「もう、少し黙ってアンネリーゼ。私はミラ様ロナ様とお話したいのよ。貴女とはいつでもお話できるでしょ」
「ハイハイ。失礼しました」
その母娘の会話から、とりあえずアンネリーゼが母親の事が凄く好きで、尊敬しているのが伺えた。尊敬、というより憧れ、自慢の母という感じだろうか?アンネリーゼは「強い」のが好きそうだから。
そして、かなりやんちゃだと思っていたアンネリーゼが、私たちが見てるのに母親に甘えるような話し方をするのも意外だった。
「ミラ、ロナ、母上はな、お前たちに養子にならんか、という話しをしたいのだ」
「え?」
アンネリーゼとマリアローゼ様の母娘の会話を「仲が良いなぁ」と微笑ましく聞いていたら、いきなりアンネリーゼがとんでもない事を言い出した。
冗談かと思って思わずマリアローゼ様の方を見ると、その美しいお顔に少しだけ冷ややかなモノが混じっていた。
「――アンネリーゼ、さすがにそれは僭越というものよ?」
「申し訳ありません。ですが、母上の話し様は少々まどろっこしくて」
「アンネリーゼ」
「失礼しました。どうも失敗したようですので、この場は退かせて頂きます。ミラ、ロナ、スマン。またいずれ話そう」
アンネリーゼは素早く口上を述べると、サッと立ち上がってマリアローゼ様に頭を下げ、さっさと踵を返して応接室を出て行った。あとには、微妙な空気と沈黙が残された。
「――はぁ。ごめんなさいね。あの子は頭が悪いという訳ではないのだけど、他人の心の機微というものを疎かにする所があるの。分からない訳ではないくせに、意図的に無視したり挑発的に振舞ったりね――」
「あ、いえ。アンネリーゼ様に嫌な扱いをされたことはないですよ」
「まあ、それは良かったわ。多分、あの子がミラ様とロナ様の事を本当に好きだから、嫌われないよう気を付けているのね」
「光栄です」
としか言えなかった。マリアローゼ様も諦めたように力なく笑う。
「――じゃあ、私の話はまどろっこしいという事ですから、単刀直入に言わせてもらいますね。ミラ様、ロナ様、我が領主家の養子になって頂けませんか?養子になって頂けたなら例の組織からでも多少は守ってあげられますし、勉強でも武芸でもやりたい事は大抵何でも教えてさし上げますわ」
「あー、えっと、マリアローゼ様のお気持ちは本当に有難いんですけど、私もロナも貴族は無理だと思います。貴族らしく振舞う練習は頑張れば何とかなるかもしれませんが、何か攻撃を受けた時、それが嫌がらせ程度であっても私は必ず物理的に報復しますし、おそらく死ぬまで許しません。当然、そんな事では貴族の世界で生きていけないのは分かっています。ですから養子にしてもらってもすぐに領主様の兵に追われる事になってしまいそうです」
私は出来る限り気を付けて、言葉を選んで気持ちを伝えるよう努力した。緊張していたからと言うより、マリアローゼ様の言葉や心遣いが本当に嬉しかったからだ。だが、考える余地がほぼ無かったのも事実だった。
「――そう、分かりました。何となく御答えは予想できましたからね」
マリアローゼ様は苦笑しつつそう言った。
「養子縁組のお話は諦めますわ。でもお友達になって欲しいというお話は諦めません。でもそれもまた後日に致しましょう」
「分かりました」
そんな言葉でマリアローゼ様とのお話は終わった。退室を許されたので、私は内心這う這うの体で応接室を後にした。
☆
ミラとロナが逃げるように応接室を出て行ったあと、暫くして応接室の扉がノックされた。
「入りなさいな」
「失礼します」
マリアローゼが入室を許可すると、先ほど下がらせたアンネリーゼが扉を開けて入って来た。
「ミラとロナは帰りましたか」
「ええ。たった今。貴女のおかげで随分と彼女達――特にミラ様を困らせてしまいましたよ」
「母上。反省しておりますから、もう許してくださいませんか」
困り顔のアンネリーゼを見て、マリアローゼもため息を吐いた。悪い子ではない。むしろ良い子だと思っている。だが、生まれついての貴族の姫君であるアンネリーゼは無意識のうちに平民を下に見てしまう。それはある意味当たり前の事でもあるのだが――。
「ええ、もう怒ってはおりませんよ。ただ貴女、これからもそういう振る舞いを続けるのなら残念ながらミラ様、ロナ様とお友達になるのは無理ですよ」
「私の振る舞いはそんなにまずかったですか」
「今日の振る舞いがどう、という事ではないのです。貴女が平民にも礼儀を持って接しているのも知ってますし良い事だと思ってますよ」
「ですが――」
ミラ、ロナと友達になれない、という言葉が余程効いたらしく、真剣な顔で答えを求めるアンネリーゼにマリアローゼはまた苦笑した。
「ええ、そうですね。ミラ様、ロナ様――特にミラ様は貴族特有の平民に対する傲慢さを絶対にお許しにはならないでしょう。自分の何処が傲慢なのか、それが分からないと、お2人の友情を永遠に失う事になるかもしれませんよ」
「それは――分かりました。肝に銘じます」
「はぁ、全く、最初からそういう心構えで居て欲しかったです。私は彼女達を『戦いの螺旋』から降ろしてさし上げたかったのです。勿論少しは打算もありますよ。私もリヴァーディアの貴族です。でもね――」
マリアローゼはやや苦い顔になる。
「あの年齢にも拘わらず、彼女達は魔法使いとして相当優秀です。それは彼女達が過ごさざるを得なかった過酷な日々の賜物でしょう。そんな彼女達を囲い込もうという貴族はこれからいくらでも現れるでしょうけど、彼女達を年齢通りの子供として扱い、信頼できる家庭を与え、護り育てようという貴族がどれだけいるでしょう」
恐らく、いないだろう。優秀な魔法使いを手に入れたのに、魔法使いとしては使わないという貴族は居ない。
「――平民の、それも孤児から見れば貴族は意志を持った自然災害の様なもの。基本的に害悪なのだと知る必要があります。信頼を得るには相当慎重に、誠心誠意をもってあたる必要があるのです」
「――そこまでですか?」
さすがにアンネリーゼは憮然とした表情になった。それではまるで貴族が平民に阿るようではないか、と感じるのだろう。
「貴女がそう思うのは、平民の孤児の境遇を知らないからですよ。もう一度言いますが、その気持ちのままでは本当の意味で友達になることは無理だと思いますよ」
アンネリーゼは、何も答えず頭を下げて再び応接室を出て行った。
生粋の貴族の姫であるアンネリーゼに理解しろというのは少々酷な事かもしれない。そう思いつつ、マリアローゼはまた一つため息を吐くのだった。
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