81 襲撃
領主館襲撃の少し前。北街門からリヴァーディアの街に入った2人の探索者風の男たちがいた。
北街門では探索者の出入りはありふれているので門を護る兵士たちの目には留まらなかった。
「――さて、まずどれから行く?」
「選択肢はあるようで無いな。長男は神出鬼没。次男も良く街で目撃されていたらしいが最近、姿を見かけないそうだ」
「となると領主か長女か」
「次男と妻たちはおそらく領主館の奥、領主一族の暮らすエリアだろう。さすがに一切情報がないので難しい」
「ならオレは長女のほうだな」
「そうなるな。長女は日ごろから活動的であちこち飛び回っているらしい。機会はあるだろう。領主のほうは殆ど領主館から出ないようだ。隠密系の魔法がないと近づく事も出来ない」
「よし、じゃあオレは行くぜ」
長女を狙うと言った男が小走りに駆け出し、行き交う平民たちの中に消えて行った。
奴は隠密系は「擬態」の魔法しか持っていないので領主館侵入には苦労するだろうが、標的を確認しさえすれば後は護衛が何人いようと問題ではないはずだ。
そして自分は元々、暗殺者。隠密は元々お家芸と言える。その上魔法が使えるようになり、魔法使いさえ標的に出来るようになった。
魔法を使えるようになる前は、大きな勘違いをしていた。「魔法使い」という奴らは己を高める事に貪欲な究極の殺し屋、あるいは戦闘狂だと思っていたのだ。
魔力を扱う才は必要だが、基本的に「魔法石」さえ持てば誰でも魔法を使える。そして「魔法石」は恐ろしい魔物を殺して奪うより自分以外の魔法使いを殺して奪うほうが断然、楽だ。
ならば魔法使いは常在戦場。常に別の魔法使いから襲われることを警戒する必要がある。それでも魔法石を手放さないのは、戦い、殺し合い、奪い合う事が好きだからだと思っていたのだ。
そしてそんな魔法使いが恐ろしかった。暗殺稼業を始めてからも魔法使いだけは標的にしなかった。
だが、それは勘違いだった。魔法石は恐ろしく高価だ。買えるのは裕福な商人や貴族くらいのもので、そのため魔法使いは基本的に、貴族だ。
そう言う貴族の魔法使いは魔法を使えるというステータスの為に魔法石を集める者が多い。ロクに使いこなせもしないくせに見せびらかすのが大好きな、奇術士紛いの魔法使いばかりなのだ。
それを知ってからは、場合によっては魔法使いすら標的とするようになった。
そして巨大犯罪組織の後ろ盾を得た今は、この世で絶対に手を出してはいけないはずの「貴族」も普通に暗殺対象だ。
そしてその「貴族」たちの頂点――「領主」さえも標的としている。
我々の強み、我々の恐ろしさは襲撃する時と場所を選ばないことだ。何時どこで誰に襲われるか分からない。そんな状況を防ぐには常時、物量を投入して隙間なく守るしかない。だが兵は用意できても対魔法防御は簡単に用意できない。
「領主と言えど、我々には従うしかないと知れ」
「透明化」の魔法や「認識阻害」の魔法を駆使して領主館内に潜入し、行き交う人の流れを追って領主の執務室にたどり着いた暗殺者の男は、「氷槍」の魔法を発動した。
魔力反応で領主の位置は分かっている。使い込んだ「氷槍」の魔法で可能な限りの氷の槍を作り出し、執務室の領主へ向けて一気に全て撃ち込んだ。
響き渡る轟音、弾け飛ぶ執務室の扉と壁、射線に居た者は例外なく穴だらけになって絶命した。
「――まあ、今更知っても遅いが」
自分だけの愉悦に浸るように暗殺者の男がぼそりと呟く。だが次の瞬間、領主の魔力反応が全く損なわれていない事に気づいた。自分の放った氷槍は領主の目前で全て破裂し、透明な壁が有るかの如く空中に張り付いている。
恐らく実際、そこに透明な壁があるのだ。つまり護衛の魔法使いがいる。しかも自分が魔力反応を一切感じないほど格上の魔法使いだ。
暗殺者の男は久しぶりに腹の底から恐怖を感じ、すぐに踵を返して混乱する領主館を抜け出した。そのまま貴族街も素通りし、誰にも見られることなく門を抜け、平民街に入ってようやくホッと息を吐いた。
そしてすぐに渋い表情になった。任務に失敗してしまった。成果を何も持たずでは帰れないし、組織から簡単に逃げ切れるとも思えない。
長女のほうにまわった男と別れた地点に戻り着いた暗殺者の男は、平民街の街路の端に立って、悩みながらもう一人の帰りを待った。
ほどなくして長女のほうにまわった男が戻ってきた。その雰囲気は暗く、任務を果たした達成感は微塵も感じなかった。男は舌打ちをしてから口を開いた。
「ダメだ、失敗した。魔法使いの護衛が就いて居やがった」
「――そうか、こちらも同じだ。凄腕の魔法使いが領主を護っていた」
「何だと。生意気な……それで次はどうする?」
「無理だ。次は無い。警戒させてしまった以上、近づくことすらほぼ不可能だろう」
「何、だがこのままおめおめとは戻れんぞ?」
「そうだ。何か代わりに持ち帰らねば、我々の命は無いも同然だ」
最悪、魔法石があれば魔法使いはまた作れるのだ。勿論、魔法の練度まですぐに上がるわけではないが――。
暗殺者の男は、魔法石を取り上げられ、始末される自分を簡単に想像できた。
「――なら、例のギースをやったっていうガキ共を血祭りにあげて魔法石を回収するっていうのはどうだ?」
暗殺者の男はそれを聞いて考え込んだ。それはそれで危険がないわけではない。
あの少女達がとりあえず泳がされている以上、上はまだ彼女達を始末する気がない可能性がある。勝手に手を出してしまっては、手柄どころか失点になる可能性すらあるのだ。
だが他に失敗を帳消しにできる「何か」など、何も浮かばない。
「――やるしかない、か」
「それでダメなら、諦めるしかねぇだろ」
暗殺者の男は、そんなに簡単に思いきれなかった。だが他の選択肢など無かった。
その時、貴族街と平民街を隔てる門が開き、領主館で見た豪華な馬車が出て来た。その走る姿に何か感じるものがあった。
「――あの馬車を追う」
「何?馬車だぁ?」
言うが早いか暗殺者の男は馬車に追いすがり「透明化」の魔法や「認識阻害」の魔法、「隠形」の魔法を駆使して馬車の底に取り付いた。
長女のほうにまわった男は訳も分からず馬車を尾行した。
領主館の馬車は、低所得者の多い北街区の目抜き通りを進み、ほどなく止まった。
馬車から貴族らしい人間が降り、供を連れて脇道へと入って行く。一行は低所得者向けの宿屋や飯屋が並ぶ通りを進むと一軒の安宿の前で立ち止まり、中に入って行った。
「何だってんだ?」
長女のほうにまわった男が追い付いてきて首を傾げる。
「平民街に領主館の馬車は違和感があった。そして普通あんな安宿に、わざわざ貴族のほうから出向いていくような賓客が居る訳がない。だがギースをやったという例の少女達は平民だと言う話だ」
「何ィ?まさか魔法使いがあんなボロ宿に泊まってるってのか?」
「おそらく、その『まさか』だろう」
暗殺者の男はほくそ笑んだ。探す手間が省けたというものだ。任務に失敗して自分もここまでかと思ったが、何とかギリギリ道は繋がっているらしい。
「――よし、今夜やろう」
「――おうよ」
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