80 変事
とある昼下がりの領主館。その庭園。数人の貴族とそのお付きが群れを成して移動していた。
先頭を闊歩するのは光り輝く金の長髪を自然になびかせて優雅に男装を着こなす碧眼の少女――領主の娘アンネリーゼだ。
彼女はお付きの者たちを引き連れ、兵の訓練所へ向かっていた。と言っても彼女も好きでお供をゾロゾロと引き連れている訳ではないし、お付きの者たちもそれが仕事だから置いて行かれるわけにはいかなかった。
お付きの者たちの立場は側近であったり教育係であったり色々だが、アンネリーゼとの関係は上手く行っているとは言い難いと自覚しており、皆、焦りを感じていた。
このままでは領主から低能あるいは無能と判断されてしまいかねない。
「アンネリーゼ姫様、せめて兵たちに混じって訓練するのはお止めください」
「ええ、訓練なら護衛騎士を相手に技の確認をなさるだけで宜しいかと」
「そもそも姫様はいずれ嫁がれる御身。武芸の訓練など不要ではございませんか」
「そうです。それよりも淑女教育に力を入れて頂かないと――」
アンネリーゼは内心でため息を吐く。よくも毎度毎日飽きもせず同じことを繰り返すものだ。少しはアンネリーゼの気が変わる様な、興味をひく魅力的な誘導の仕方でも考えれば良いものを、只々「自分達の望み通りに行動してほしい」という要望を言い立てるのみ。
それ一辺倒で、いずれアンネリーゼの気が変わるとでも本気で思っているのだろうか?それとも気が弱い姫ならそのやりかたで気を挫くことが出来るものだろうか?――残念ながらアンネリーゼは何はなくとも気だけは強いのだが。
「――敵の前で、私は無力でいるべきだと?それがお前たちの望みか?」
「とんでもございません。姫様には常に護衛騎士、警護の兵士がついております」
「状況次第では護衛や警護と離される場合もある。その場合は潔く諦めろということか?」
「そうならぬよう、十分な数の護衛や警護を配備しております。そのような状況は起こり得ないかと――」
「『起こるはずがない』それはただの期待であり希望だ。『絶対に起こらない』という事と同じではないぞ?万が一の場合、誰がどう責任をとるのだ?」
「姫様、そのような屁理屈をおっしゃいますな」
「何が屁理屈だ、この愚か者共が!」
アンネリーゼはキレた。と言うか本気でキレたわけではないが、この愚か者共に対しては、日ごろから繰り返される愚問のため、怒りの沸点が極端に低くなっていた。
「可能性は有るのか無いのか、どっちだ!?あるなら備えるだけの事ではないか!小娘一人、理路整然と説得して見せろ!それが出来ん程度の知能しかないのであれば口を開くな!不愉快だ!」
さすがに言い返して来る者は居なかった。自らの失敗を悟ったのか、癇癪を起されたので一旦退いたのか――。
だがアンネリーゼの言葉も、彼らには只の一欠けらも届いていないのは、これ見よがしにため息をつくお付き達を見れば一目瞭然だった。
領主の娘に護身の腕を磨かれて、何の不都合があると言うのか。そう考えれば、このお付き共が反逆予備軍にすら思えて来る。
別に自分に課せられた勉強や日課をさぼっている訳ではないのだ。
そう言うやり取りをしつつも歩みを止めていなかったアンネリーゼの一行は、そろそろ庭園を抜けようとしていた。
その時、アンネリーゼは突然、強烈な魔力反応を感じた。アンネリーゼ自身は魔法を使う訳ではないが魔力は豊富で、魔法使いから魔力感知の訓練を受けたこともある。
思わず顔を上げると、頭上から幾つもの炎の塊が降り注いでくる。アンネリーゼは咄嗟に剣を抜いたが、あんなものを切り飛ばせるはずもない事に気づいた。
「敵襲ーーーッ!?」
いきなり剣を抜いたアンネリーゼをギョッとして見ていたお付きの者達は、アンネリーゼが叫ぶのを聞いてようやく彼女の見ている頭上へと注意を向けた。
広範囲にばら撒かれる炎の塊から逃げる時間はもう無いと悟りつつ、剣を構えるアンネリーゼ。せめて撃ち落とせるか試してやろうと思ったのだ。
「な、何だ!?」
「うわあぁあああっ!?」
誰かが叫び始めた時、炎の塊が着弾した。一つが着弾するとほぼ同時に複数の炎の塊が着弾する。少しずれてまた幾つかの炎の塊が着弾する。
連打するような轟音が十数秒間も響き渡り、美しい庭園は見るも無残。土塊と瓦礫の散乱する穴だらけの地面と化した。
アンネリーゼの一行は、ほとんどが打ち倒され、弱々しく呻いているか、身動き一つしないか、どちらかの状態だった。
その惨状の中心で、アンネリーゼと背後に控えるもう一人のお付きだけが無事に立っていた。
「――ちっ!お抱え魔法使いというわけか」
どこかから、微かにそんな声がした。同時に、アンネリーゼとお付きの姿が消えてゆく。
「何ッ!?」
襲撃者が次の行動を起こさない内に、標的のアンネリーゼは文字通り、完全に姿を消した。
そうなると襲撃者は、退くしかなかった。闇雲に攻撃すると相手にだけ自分の場所を補足されてしまう可能性がある。アンネリーゼの護衛の魔法使いの他に、何人の魔法使いが居るかも定かではないのだ。
結局、次の攻撃は来なかった。この事件の直後、領主館では即座に厳戒態勢が敷かれた。
☆
同じ頃、執務室の大きな机の前に座っていたリヴァーディア領主、アンドリュース・リヴァーディアは突然響き渡った複数の破裂音に思わず腰の剣に手を伸ばした。
もちろん、腰には剣など吊っておらず、滑稽な姿勢を晒しただけになってしまった。
だが、彼の目の前の光景は滑稽とは程遠かった。
彼の目前に透明な壁があって、そこに氷塊が衝突して砕け散ったのだ、というような無数の痕跡があった。
その氷の破裂痕の間から垣間見えるのは執務室の豪華な扉が穴だらけになって、ほぼ姿が無くなってしまっている光景だった。それだけでなく扉の周囲の壁も一部穴だらけになっている。いったいどれ程の氷塊が撃ち込まれたのか。
視線を少し横へ向けると側近のトルストイが自分の背にアンドリュースを庇うように立っている。彼も無事のようだ。
「ご無事ですか!?」
「なっ!?こ、これは!?」
執務室の外から警護の兵達がなだれ込んできた。床を見ると、室内の警護の兵が全身穴だらけになって絶命していた。
「曲者が侵入した!侵入者は魔法使いである可能性が高い!2人以上組になって領主館内を捜索せよ!ここには数名残せばよい!」
「は!直ちに!」
トルストイの指示で兵達が動き出す。アンドリュースは視線を虚空に定めたまま小声で呟いた。
「――襲撃者は?」
すると執務室の何処かから弱々しい声が聞こえた。
「す、既に逃走した、ようです」
「そうか……」
アンドリュースがリヴァーディアの領主になってから今日に至るまで、これ程までの襲撃を受けたことは無かった。一体、誰の差し金か。
ホズアデク男爵とは一応、手打ちという事になった。今更揉める意味が分からない。領内の政敵がここまで尖鋭的であったためしも無い。ギーストリアは監獄塔だし、他にこんなことをしでかす敵と言えば誰だろう?
そこまで考えて、腑に落ちた。ギーストリアの背後にいたであろうと推定されている広域犯罪組織。
ギーストリアは今に至るまで何も吐かないが、彼の組織が崩壊したことで何か影響が出たのか、それとも今頃、ギーストリアの捕縛が伝わったのか。
だとすれば、組織の本拠地は意外と遠方なのかもしれないが――今は何の根拠もない。妄想と同じだ。
だが、もしアンドリュースの妄想が的を射ていたら。次に狙われるのはあの少女達の可能性が高い。
「――例の宿に遣いを。魔法使い殿に警告せねばなるまい」
「は。直ちに手配いたします」
トルストイは一瞬、失念していた、という表情を見せたあと、指示を出すため執務室を出て行った。
残されたアンドリュースは眉間に深い皺を刻んで呟いた。
「――甘く、見積り過ぎていた、という事か……」
それは限りなく苦い独白だった。
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