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79 カレーライス

 開店しても最初は並んで待っていた2人しか入ってこなかったが、どうやら皆、一度隣の元の店の前に行って暫し困惑していたらしい。すぐにお客が増えだした。

 

 リザさんとケイトさんが申し合わせ通り、入って来たお客に新メニューの説明をして、新旧どっちのカレーにするか聞いてくれている。

 

 パンを持参してる人も結構いるし、最初は旧メニューのカレースープを頼む人が続出した。だが、私たちの店の常連さんは、ちょっとした噂やクチコミだけでこの店を見つけた人達だ。早耳で好奇心旺盛で変わったもの好きが多くて開店時間が決まってなくても毎回席を確保するほど熱心で、おそらくまあまあ裕福だ。

 

 そろそろ10席埋まるかなと言うところで新メニューのカレーライスに最初の注文が入った。

 

 自分はカレースープを頼みつつも興味津々の周りのお客たち。そんな中、カレーライスが運ばれ、頼んだ人が1口目を口に運んだ。

 

「……ッ!?」 

 

 声はなく、モグモグと静かに口を動かしているが顔は紅潮し、目が驚きで見開かれていた。

 

 どうやら美味いらしい。そんな判断が共有され、後から入った人たちはこぞって新メニューのカレーライスを注文し始めた。

 

 最初にカレーライスを頼んだ人は、既に食べ終わったのに、お替りしたそうな顔をしてまだ座っていた。だが、この店の常連はお替り禁止と知っている。数が少ないので皆に1杯ずつ回すためだ。

 

「――くっそー!美味かったぁ!」


 最初にカレーライスを頼んだ人が、ついに諦めて席を立った。店を出た後、まだ並んでいる人と盛り上がり始めた。

 

「そんなにか?」 

 

「まあ、カレーなんだから美味いだろうが……」 

 

「いやいや、あのカレーの下のライスがまた、たまんねぇのよ。柔らかくて弾力があって何とも言えず美味い!カレーが掛かってさらに100倍美味くなる感じなんだよ!」


「マジか?」


「とんでもねぇな……」


「冗談抜きで美味かったぜ……ああー、もう1杯食いてぇ!」


「おい」 

 

「まだ食ってねぇ奴に殺されるぞ」 

 

 実際、並んでる他の客から鋭い視線が飛んでいた。

 だがそんな視線も気にならないらしく、肩を落としてため息を吐いた。

 

「いや、それにしても貴族は毎日、ライス食ってるらしいな。羨ましいぜ……」

 

 そのまま、トボトボと言う感じで男は歩いて去って行った。

 

 そんな、まるで店が仕込んだ宣伝要員のような言葉を聞くともなしに聞かされた人々は堪らなくなり、目をギラギラさせて順番を待つようになった。

 

 その後の注文はほぼカレーライスになった。食べ終わった人たちが次々と満足気な顔で「美味い」「美味い」と連呼してくれたおかげでいつも以上に盛況になった。

 

 そして開店前に炊き上げたお釜3つ分のライスと、その後に順次炊き上げた残り3つのお釜のライスが全部売れてしまって閉店かと思いきや、何故かカレースープがまだ結構余っている。

 

 急遽、リザさんとケイトさんに指示し、新しいお客にカレーライスのみ売り切れと伝えてもらった。

 

 そんな感じでちょっと想定外の事はあったが、カレースープも全部売り切れ、閉店となった。見た感じ、お客は皆、だいたい満足してる感じだったのでちょっと安心した。

 

 まあ、私はカレーを嫌いになる人なんかいないと思っていたが、ヨーコによればそういう人も少ないが居ることは居るらしい。信じられないが――。

 

 ともかく、新メニュー初日は大成功だった。ソフィさんとケイトさんも問題なく頑張ってくれていた。そしてマーシャさんは凄い笑顔だった。満足してくれたっぽいが何かちょっと怖かった。

 

 最終的な集計をしてみると、カレーライス90人分完売で小銀貨270枚。カレースープ35人分完売で小銀貨70枚、合計小銀貨340枚の売り上げと言う結果だった。

 

 マーシャさんが凄く良い顔で笑っていたはずだ。以前だとカレースープ80人分で小銀貨160枚くらいだったので2倍以上になっている。と言うか、以前とカレースープの量は変わっていないのに何故こんなことになったのか?

 

「――ああ、それはですね」 

 

 マーシャさんが私の呟きを拾い、ニコニコしながら説明してくれた。聞けば単純なことだった。

 

 カレーライスに使うお皿は以前と同じ大きさで、お皿の半分にライスを盛る。残り半分にカレースープを注ぐ、という形なので1食分のカレースープの量が約半分になったのだ。

 

 そしてお釜をフル稼働すればライス約90人分なので注ぐカレースープは以前の約45人分。それで約35人分余ったのだろう。

 

 と言うかそれって、以前より1杯あたりの量が減ってるのに値段が上がってるということでは――?

 

 恐る恐るマーシャさんにそう言ってみるが「お客さんが満足しているので良いんです」と返ってきた。何か微妙に悪徳商人みたいなセリフだが、確かに間違いではない、様な気もする。まあ、良いなら良いということでいい。私はそれ以上考えるのを止めた。

 

 ちなみに、ヨーコのカレーライスを食べて以来、私の中でカレーにはライスというのが常識で、ずっと自力でも作りたいと思っていた。

 

 だが考えてみれば、お店で出す必要は無かった。お店はカレースープのままでも十分だったのに、カレーライスにレベルアップさせるため頑張ってしまった。

 

 結果、確かに儲かったが、正直、しんど過ぎた。面倒過ぎた。私はもうこれ以上、絶対お店の規模は拡大しないと心に誓ったのだった。

 

  

 ☆

 

 

 同じ頃、とある一室。豪華な調度品が並ぶ、貴族か大商人の遊戯室のような部屋の長椅子に均整の取れた長身の男が座って本を読んでいた。

 

 扉が開き、別の男が入って来ると、ほとんど音立てず歩み寄り長椅子の男の傍に直立する。彼も長椅子の男に負けず劣らずの長身で、その立ち姿には一点の歪みもない。

 

「――なに?」 

 

「ギースが潰されました」 

 

「――そうか。領主は――確かアンドリュース・リヴァーディア伯爵だったか。優秀だと思っていたが、思い切ったことをする。――それともまさか、我々の息がかかっている事すら気づいていないのか?」 

 

「いえ、彼はそういう男ではないでしょう。明確な敵対の意思表明だと思われます」 

 

 長椅子の男が苦笑する。

 

 リヴァーディアは良い街だ。凡百の領主が治める街と違い、辺境であるにも拘らず比較的治安が良く、領主の方針で劣悪な貧民街の発生を許さない。貴族や兵士の汚職も比較的少ない。そういう街だからこそ旨味も大きかった。出来れば穏便に共存したいと考えていたのだが。

 

「そうか、では残念だが制裁が必要だな」

 

「は。手配いたします」 

 

「うん、結果だけ報告よろしく」


「かしこまりました」 

 

 長椅子の傍らに直立する男が一礼し、入ってきた時と同じく音も無く部屋を出て行く。それを一瞬だけ目で追って確認すると、長椅子の男は視線を本に落とし、読書に戻って行った。

 

 彼にとっては、単なる日常のちょっとしたトラブルより、読書の方が余程重要だったからだ。

 

 豪華なその部屋で音を立てる者はいなくなり静寂が訪れた。そして時折、本のページをめくる音だけが微かに響くのだった。



読んでくれて、ありがとうございました♪

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