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76 タイ・ルミエラ商会

 入口から見えた比較的大きな建物に近づくと、建物の前に小柄な男が立ってこっちを向いているのが見えた。

 

 さらに近づくと男は小柄だがガッチリとしていて無骨な感じがした。赤い髪に薄い赤の瞳、茶褐色の肌をしていてまるで炭鉱夫のようにも見えた。

 

「マーシャさん、いらっしゃい。今日はどんな御用です?こちらの娘さんたちは――?」 


「急な訪問にも拘らず、お時間をいただきありがとうございます」 

 

「相変わらず固いなぁマーシャさんは」


「性分ですので」 

 

 男が苦笑し、マーシャさんが会釈で応じる。結構、仲良しに見えるが、どういう関係なんだろうか。

 

「――こちらのお嬢様方は、商人ギルド会員でおられると同時に、ご領主様が認定された『リヴァーディアの客分』のお二人でいらっしゃいます」 

 

「客分、ですか?あー……かなり古い制度だったような?」 


「新旧は関りがございません。今も有効な制度であり、『リヴァーディアの客分』とはご領主様に次ぐ地位であるとご理解いただければ宜しいかと」 

 

「なるほど理解したよ、ありがとう」 

 

 男はマーシャに軽く頭を下げてから私とロナに向き直り、片膝を付いた。。

 

「初めてお目にかかります。わたくしはタイ・ルミエラ商会会頭のライーズと申します。どうぞお見知り置き下さい」 

 

 何だかマーシャさんと、このライーズさんの「ごっこ遊び」に巻き込まれたような気がして落ち着かなかったが、礼儀正しく挨拶されてしまったので、私もそれなりに丁寧に挨拶する事にした。

 

「はじめまして。ラミナ商会のラミラと言います。よろしくお願いします」 

 

「ラミナ商会のラロナです。よろしくおねがいします」 

 

 ロナを目で促すと、割とまともに挨拶してくれた。私がホッと胸を撫でおろしていると、ライーズさんは立ち上がってニコっと笑った。

 

「――じゃあ、あとは楽に話そうか」 

 

「お望みならそのように」 

 

  マーシャさんも態度を崩して微笑んでいる。

 その笑顔は柔らかく、まるで親密な仲間に向けるように穏やかだった。

 

「――あの、ふたりは友達なんですか?」


 私はどうにも気になるので聞いた。とりあえずそこは解決しておきたかった。

 マーシャさんとライーズさんは顔を見合わせると、笑いあってマーシャさんが口を開いた。

 

「ええ――私の実家は貧乏商家なんですが、タイ・ルミエラ商会さんとは長くお付き合いさせて頂いておりまして、その縁で子供のころからの知り合い――友人です」  

 

「そんな取って付けたみたいに……幼なじみで親友だろう?」 

 

「別に否定したわけじゃないでしょう?」


 その感じを見れば、家族並みに親しい付き合いのある友人同士だと分かった。ただ恐らく、立場的にはライーズさんが格上になる反面、人間関係としてはマーシャさんに頭が上がらない様に見える。それで公の場では微妙な感じになるのだろう。

 

 そんな、マーシャさんにとって重要な人を紹介してくれた事に私は心の中で感謝した。マーシャさんには街に来てからお世話になりっぱなしだ。


「――ああ、すみません。マーシャはいつもこの調子でして、私との間に線を引こうとするので歯痒くて」


「礼儀正しくしているだけでしょう?そういうのは良いので、そろそろお嬢様方のお話を聞いて頂けませんか?」

 

 マーシャさんがそう宣言してようやく幼なじみ二人のじゃれ合いが終わった。私はとりあえずまた流されない内にと、本来の目的をさっさと話してしまう事にした。

 

 私が米を融通して欲しいとお願いすると、良いですよ、と返事が返ってきた。客分パワーとか要らなかったらしい。マーシャさんの紹介でお願いに来た時点で大丈夫だったのかもしれない。

 

 後はどれだけ必要かと言う話になり、詳細な量を出せない私からライーズさんが話を聞いて1週間で米1俵くらいで良いのでは?という事になった。

 

 それが多いか少ないか、私には良く分からなかったが、軽くオッケーしてもらった事を考えるとタイ・ルミエラ商会にとっては大した量ではないのだろう。

 

 とりあえず一度は試しに炊いてみないとダメだろうという事で、3キロ20合分ほどお米を売ってもらった。

 

 話も簡単にまとまり、私とロナの間でそろそろ帰るかという雰囲気になった時、私はふと、声のする柱の事を思い出し、ちょっと聞いてみた。

 

「ライーズさん、そう言えばあの入口にあった柱なんですけど、どうやって声を出してるんですか?」 

 

「おっ?気になりますか?」 

 

 そう言うライーズさんのニコニコが2倍くらい輝きを増した。反対にマーシャさんは笑顔のままだったが何故か少し元気がなくなった気がした。

 

 それが何故かを考える前に、ライーズさんの魔法具講座が始まった。

 

 柱はライーズさん達が開発した「伝声」の魔法具を張り巡らせるための物で、魔法具は柱の天辺に括られている思っていた縄の方だった。

 

 しかも実際には縄ではないらしい。遠目に縄っぽく見えたのは細い管で、風の魔石を使って声を運ぶ魔法具だという。

 

 まだ売るには問題も多く、開発したタイ・ルミエラ商会の敷地にしか設置されていないらしいが、敷地内ではどこでも、ほぼタイムロスなしにライーズさんの指示を届けることが出来るようになっているんだとか。

 

 そう聞くと、メチャクチャ凄いと思えるのだが、ライーズさん曰く――「魔法具とはいいますが実際には魔法を使えるわけじゃないんですよ」とのこと。

 

 実は本来の「魔法具」は文字通り魔法の効果の一部または全部を忠実に再現する道具の事で、それを魔法使いでなくても使えるため非常に人気が高く、貴族や裕福な商家がこぞって手に入れたがったらしい。

 

 ところがそういう魔法具を作る技は既に大部分が失伝しており、今は僅かに残るのみなのだという。

 

 なら今「魔法具」と呼ばれている物は?と言えば、非常に単純で限定的な魔法的効果を発揮するだけの代物で、確かに便利ではあるのだが、機能の割には値段が高すぎて、大抵は貴族が珍しがって所有している感じらしい。

 

 そもそも魔法具とは――と、ライーズさんはまだまだ話足りないようで魔法具の「基本のキ」から紐解く勢いだったが、とりあえず私たちが買えるような物じゃないと分かったので、逆に私は興味が無くなってしまった。

 

 そろそろお昼時。お腹も減ったのでお暇したいと告げると、お昼を一緒にと誘ってくれた。本来なら是非、とご一緒するところだが、今はご馳走になると魔法具語りをお断りできなくなりそうだ。

 

 私は残念だがやることがあるとお断りした。ライーズさんは残念そうに、またいつでもおいでと言ってくれた。マーシャさんには陰りの無いすっきりした笑顔が戻っていた。

 

 ☆

 

 再び商人ギルドの馬車に乗り込み、商人ギルド会館へ戻る途中、私は念願のカレーライスを実現するため、米を炊くのに必要なお釜を買いに行きたいと考えていた。

 

 お釜についてはヨーコから少し聞いていたし、米の炊き方もヨーコに聞けば詳しく教えてもらえるから大丈夫。そんな事を考えていると、ふと、重大なミスに気づいた。

 

「――お米も炊くなら竈が足りない……」

 

 そう言えば既に竈の掛け口は2つともカレースープの寸胴鍋で独占している。その上にお米を炊く掛け口も必要となると、寸胴鍋とお釜で1口ずつしか使えないが、スープもご飯も竈に掛けてから出来上がるまで時間がかかる。

 

 ご飯とカレースープが出来たところで私が「保温」の魔法をかければ竈から降ろすことが出来るので一応解決するが、それだと私が居ないと営業出来ない事になるし、1つ目の寸胴鍋とお釜が空になる前に次のスープとご飯が出来るかどうかもわからない。

 

 やはり竈を増やすしかないが、うちのお店の厨房スペースは小さいのでどう考えても竈の増設は無理だった。

 

 私が頭を抱えていると、私の呟きを聞いたマーシャさんがキリッとした表情で口を開いた。

 

「――それなんですが、お店を引っ越ししてはどうでしょうか?」 



読んでくれて、ありがとうございました♪

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