75 カレー店
私とロナの――と言うよりノエラさんとリザさんのカレー店は今や大好評で、連日、油断するとすぐに大行列になる。問題になりそうなほどになっていた。
店は市場の端っこの辺鄙な場所ではあったが、それでも客が私たちの販売スペースの範囲を越えて他の店の前まで並ぶと迷惑になる。
最大に並んでも80席分までで、それ以上は並んでも食えないと客も分かっているので並ばないが、昼飯時の短い間とは言え、少し困った問題ではあった。
ノエラさんとリザさんは行列が伸びそうな日は早めに店を開けてしまったりして対応してくれているので、まだ直接苦情が来る所までは行っていないが、苦情を言われたところでどうしようもないのがまた困る。
また時折、貴族の美食家らしき人物がお忍びでやって来ることがある。隠していてもどう見ても貴族と分かるので普通は平民が気後れして揉めないのだが、カレーの事になると意外と揉める。お忍び貴族も「無礼」とかそういうのでは揉めないが、残り少なくなると「譲れ」「譲らん」で揉めることはあった。
それもこれも1日約80食しか作らないのが原因だ。これまでは80食くらいで限界だったのだ。だが今は中層でも材料が採れるようになったので増やそうと思えば増やせる。
ただ、私もロナもあまり金を使わないのでこれ以上売る必要がない。自分達も作って売りたいというお店があれば「良いよ」と許可してあげたいが、カレー粉の作り方を教えてしまうと、とたんに私たちは用済みの存在になるので銅貨1枚たりとも入ってこなくなる。それは困る。
ノエラさんとリザさんなら教えても秘密を誰にも漏らさないと思う。そこは信じている。だが、2人が誰かに襲われても自分たちの安全と秘密を守れるかと言われれば、無理だと思う。
そういう訳で、カレー増産問題は何とかしたいが現状、何ともならなかった。
私とロナが滅多に捕まらないので、マーシャさん経由でカレー粉を売って欲しいとか、共同でのカレー粉の増産、販売の話が来ることもあったが、すべて断らざるを得なかった。
だが、ノエラさんやリザさん、マーシャさんから店の現状を聞いたとき、私は思った。
そんな事より、せっかく客分にしてもらったんだから、それを活かして米を入手できないだろうか?と。
カレー屋を始めた時は、商人ギルドに登録したばかりで売り子の紹介さえすぐには受けられなかった。
だがその後で、客分にしてもらい商人ギルドが「信用あり」に格上げしてくれたのでリザさんを雇えた。
そこで満足してしまっていたが、貴族に売る分しかないという米問屋に客分パワーで交渉できるのではないだろうか。
私はいつもの様にノエラさんにカレー粉を届けた後、早速、商人ギルド会館へ出向いて米の事をマーシャさんに相談してみた。
「ああ、そう言えば以前、そう希望されてましたね。ごめんなさい、すっかり忘れてました」
「いえ、それは良いんですけど、どうですかね?客分て一応、領主様の次に位置する身分らしいんですけど、それでちょっと融通してもらったり出来ませんかね?」
「――成る程、増産は出来ないんでしたね。確かにそれだと正攻法では規模的に交渉にならないかもしれませんね」
私たちは商会と言っても名前だけで実際はほぼ個人。個人レベルだと扱う額が小さいので大きい商会からすると魅力はないだろう。
だが逆に、少量を融通するくらい商会にとっては何の痛痒も無いはず。
私たちに融通を利かせることには反発もあるかもしれないが、逆に領主の意向を酌んでいるとアピールする事も出来るはずだ。
「ええ、大丈夫だと思います。そうなると領主様寄りの商会が良いですね」
マーシャさんがそう呟いた。領主寄り、つまり派閥だ。
勿論、即反逆だの敵対だの、そういう話ではないが、リヴァーディアは領主がしっかりまとめているように見えても領主の派閥、有力貴族の派閥、というような柵はあるらしい。
貴族に派閥があるなら、その貴族と付き合う商会も、そういう柵と完全に無縁である事は難しいだろう。
「――中堅ですがタイ・ルミエラ商会が良いでしょうか。最近、跡を継がれた比較的若い商会長さんですが評判の良い人物ですから」
勿論、私たちは知識もコネもないのでマーシャさんのお勧め商会と交渉してみることにした。
マーシャさんも勧めた手前、交渉に立ち会ってくれると言う。私たちにそんなに肩入れして良いのか聞いてみると、担当している商会が儲ける事は商人ギルド職員としての手柄になるらしい。
なら遠慮はいらないのかな、と思ったら、マーシャさんが綺麗な笑顔で「お手柔らかに」と微妙に身体を引いた。――解せぬ。
ともかく急遽商人ギルド所有の馬車を仕立ててもらい、マーシャさんと共にタイ・ルミエラ商会の本拠地を目指し出発した。
「評判の良い人ということでしたけど――」
「ええ、お人柄も、商会経営の手腕のほうも評判の良い商会長さんです」
マーシャさんによれば元々は貧乏貴族だった先代が自ら貴族位を返上して平民落ちし、家族が食べていけるだけ稼げれば良いと小規模に商いを始めたらしい。
それが今では幅広い品目を売り買いする一方で魔法具や工作機械などを研究したり、依頼を受けて開発したりもしているらしい。
「――と言うと、魔法使いを雇ってるんですか?」
「いえ、詳しくは分かりませんが、設計図と魔石とその他の材料さえあれば魔法使いでなくても魔法具は作れるらしいです」
そして魔法具は貴族のステータスと言われるほどで、非常に高く売れる。とは言え、扱っている規模にもよるが、研究やら開発やらとなると金がかかってそうだ。依頼があるとは言っても儲けは出るのだろうか。それでも店が上手くいってるなら確かに腕が良いのだろう。
商人街は街の西側で北側と南側に少しずつ食い込んでおり、東側にも限られた大商人だけが出店出来る貴族御用達の商人街がある。いずれにせよ商人街に拠点を置くことが出来るのは基本的に裕福な商人のみ。
そして商人街自体は貴族街より狭いが、大商人の敷地は下手な貴族よりも広大だった。
そんな大商人たちをはじめ、様々なレベルの商人たちの拠点が並ぶ商人街では、商人同士の取引はあるが平民への売り買いはない。小売りは商人街の外縁部にある商店街か市場で行われているので、基本、普通の平民があまり入り込まないのは貴族街に似ていた。
馬車が目的の商会の敷地に到着したので、降りてみると、目の前に広がっているのは良くある貴族や大商人の美しい庭園ではなく、塀に囲まれた放牧場のようなだだっ広い草地だった。
その草地のあちこちに大小様々な建物が点在しており、何故か草地の所々に柱の様な物が立てられていて、それぞれの柱はその天辺に括りつけられた縄で繋がっていた。
「――あーあー、ゴホン。失礼だがどなたかな?」
その時、入口の近くに立っていた柱から誰かの声が聞こえた。
「うわっ!?」
ちょうど、どうやってここの家人に来訪を伝えたら良いのか?と考えていたのでビックリして、ちょっと肩が跳ねてしまった。思わず声も出た。
「商人ギルドのマーシャです。突然押しかけて申し訳ございません」
「ああ、マーシャさんですか。構いませんよ、どうぞお入りください」
マーシャさんは全く驚く様子も無く、柱と会話している。前にも来たことがあるらしい。声の人とも知り合いのようだ。
「――では行きましょう」
そんなマーシャさんに連れられ、私とロナは入口から見える中で少し大きめな建物に向って草地を真っすぐ横断した。
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